3話 春ヶ瀬さんと電車に乗る話
「こんにちは、よく来たね夕陽くん。」
「なんで居るんですか…。」
「夕陽くんこそ。屋上、気に入ったの?」
「まあ、今日は晴れてるなって思ったんで。」
「うそばっかりー、私に会いたかった?」
「違います。辞めてください。」
「夕陽くんって結構冷たいよね。」
「否定はできませんね。」
たしかに今日はよく晴れているが、ひとり虚しく昼食を摂るよりも誰かと話したかったのかもしれない。何気にこの時間を気に入り始めている自分に驚きが隠しきれなかった。
「今日は電車に乗って帰ろうよ。」
「電車、ですか。」
「うん。私乗ったことないんだ。」
「僕の家ここら辺なので、電車に乗るとむしろ家から遠ざかるんですよね。」
「じゃあ寄り道って事で。」
「ずっと憧れだったんだー、友達と一緒に電車に乗るの。」
にやりとした顔でこちらを見てくる。
僕のことを友達、だと言いたいんだろう。
いやに含みのある言い方は少し気になるが、予定も無いのに断るのは申し訳ない。
「いいですよ。」
「やったー、じゃあ楽しみにしてるね。」
電車に乗るのはかなり久しぶりだ。
遠い昔に母とどこかへ出かけた以来だと思う。
「春ヶ瀬さん、どこまで乗るんですか。」
「適当。1番名前が好きな駅。」
「…はあ。」
「夕陽くんもそれでいいよね?」
「なんでも。春ヶ瀬さんに着いていきます。」
「だよね。いっそ世界の果てまで行こうよ。」
「電車には終点があります。」
「現実的だね。いいじゃん、やっぱり終点まで行こう。」
日が傾き出したあたりでやっと終点に着いた。
オレンジの光が眩しい。
降りてきたのは僕達以外に誰もいないようだった。
「うわー、誰もいない。」
「無人駅ですか。」
だだっ広いホームに2人だけというのもなかなか気まずい状況だ。
できれば早く人がいる所に行きたい。
「降りましょう。」
「うーん、ちょっと待って。」
ふいに腕の辺りをぎゅっと掴まれる。
「夕陽くんは死ぬならどこがいい?」
「人に迷惑をかけない場所がいいですね。」
「そっか。」
「急にどうしたんですか。あと腕を掴むのは…、」
「恥ずかしいの?誰も見てないのに。」
「いや、慣れてないので。」
「ウブだね。いじりがいがある。」
「やめてほしいです。」
なんだかはぐらかされたようだ。
特に関係無いからいいのだが。
「夕暮れの空の下、誰もいない駅で2人きり、結構ロマンチックだと思わない?」
「考えもしませんでした。」
「じゃあ今日から学ぼう、ロマン。」
「まずは、ロマンチックな場所ではロマンチックな事する。」
「どういう意味ですか。」
「そのまんまだよ。早速実践タイムだ。」
両手を広げてじっとこちらを見つめてきている。
春ヶ瀬さんの長い髪が風に揺れて光に照らされて輝いている。
「そういうの分からないんで。」
「ウブな上に鈍い奴なのか、君。」
やれやれといった様子で、でも満足気で本当によく分からない人だ。
「じゃあ今度こそお家に帰ろう。」
「はい。そうしましょう。」
そして後ろを向いて歩きだした。
光を増した夕日がまた春ヶ瀬さんの髪を照らす。
思わず先程の事を思い出した。なぜかやたらと頬が熱くなった。
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