1話 春ヶ瀬さんの話相手になる話

「ごめんね、夕陽。私、あの人の事は裏切れないの。」

そう言って母があの人と一緒に家を出て行ってからもう11年も経った。

唯一の頼れる人であった母を失い、自分から全てが消えてどこかへ行ってしまうようなしまうような気がして。

思えば僕はあの日から、死というものを意識し始めたのかもしれない。



春ヶ瀬さんは、僕の事が気になるらしい。

嘘か本当かわからないけどそんな事を耳にしたのは、数日前の昼休みだった。


「なあ、お前知ってる?春ヶ瀬って夕陽の事が気になってるらしい。」

「え、まじ?あの夕陽?」

「ぼそぼそ喋るしいつも1人だし、あいつの事気になるとか春ヶ瀬も大概変な奴だな。」


本当にその通りだ。

春ヶ瀬さんといえば、まあ僕とは全く縁が無いような明るくて優しくて、人に好かれるタイプの人だと思っていた。

めんどくさい事には巻き込まれたくない。きっとろくな事がない気がした。

まあ、どうせそんなのもただの噂に過ぎないと思い、特に深く考えずにそのまま流していた。


でもある日、彼女は本当に僕のもとへやって来た。


「こんにちは、夕陽くんですか。」

「…そうですけど。なにかありましたか?」

「いいえ。特に何もありませんが。」

「じゃあ何をしにきたんですか。」

「君に聞いてほしい話があるの。」

「…よし、今日は学校さぼるぞ!」

「え、いや、ちょっと、春ヶ瀬さん!?」

「いいからいいから、ちょっと来てよ。」


そう言うがままに春ヶ瀬さんは僕の手を引いていつもの通学路へと連れてきた。

車が走る音、周りの大人の声、まだ昼だからかいつもの帰り道よりも騒がしいように感じる。


「ねえ、夕陽くん。死ぬ前に私の話を聞いてよ。」

「まあというのも、夕陽くん、きみはどうやら死にたいとかどうとかこうとか言ってるらしいじゃないですか。」

「…」

「黙ってないでなにか話してよ。」

「…なんでそんなこと知ってるんですか?」

「さあね、わかんない。」

「風の噂ってやつかな。」

「なんですか、それ。」

「君はこんな年になっても死にたがっている。」

「でも死ぬ方法も考えられず幼い頃から死にたいという願望だけをかかえて生きている。」

「死にたいなら今すぐにでも其処らへんの坂から転がり落ちればいいじゃん、最近スピード違反がよく起きているあそこの道路にでもとびだせばいいじゃん。」

「身近に死ぬ方法なんて信じられないぐらい無数にある。でも夕陽くんはそれをしてこなかった、なぜなのかな。」

「それは夕陽くんが心のどこかで誰かに止めてほしい、とか思ってる証拠なんだよ。」

「ということで、ここは心優しい私が夕陽くんが死ぬのを引き留めてあげようと思います!」

「今日からきみは私の話を聞く係に任命しましょう。あ、もちろん拒否権はないので。」

「私は夕陽くん、君に話したいことがたくさんあるの。」

「いつも一人でいるし、放課後もすぐ家に帰ってしまうし。話しかけるタイミングも見つからず、君と話すということをなんとなく諦めてた。でも、君はもうすぐ高校2年生になるというこんな季節になっても死ねずにこの世に残り続けていて。」

「もうこれは話す絶好のチャンスだと思ったわけです。」

「私と話していたらきっと私の話が面白くて続きが気になりすぎて、きっと途中で死ぬなんてできなくなっちゃうと思う。だからさ。」

「毎日ひとつずつだけでもいい。私の話を聞いて。」

「私は君に話したいことが完全になくなったらもう死んでもらっても何でもいい。」

「そこらへんは夕陽くんの自由だよ。」

「…それだけですか?」

「うん、それだけ。」


この日を境に、春ヶ瀬さんと僕の奇妙な関係が始まった。

騒がしい周りの音が殆ど聞こえなくなった。

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