第40話
「着飾らなくてもエディスは綺麗だと思うよ。でも、俺はエディスにはいつも最高の装いをしてほしい」
「‥‥‥」
どういう意味に受け取るべきか、悩むような言い回しだった。
深く受け取れば告白のようにも取れる。
「素地はいいんだから、もっと自分に自を持ってほしいんだ。華美なものがきらいだとなら、俺がエディスの好みに合うものを作るよ。エディスがもっと美しくなるところを見たいんだ。エディスに自信をもってもらいたいんだ。俺にできることならなんでもするよ。だから、もう自分を卑下しないでほしい」
根本的にエディスには自信がないのだ。
すぐに相手の好意を疑ってしまうのも、裏返せば人付き合いに慣れていないだけではな相手の好意を信じきれないほど、自分に自信を持てない現実を意味する。
好意を寄せられるほど自分に魅力があると、エディスは自信を持てずにいるのだ。
それがエディスをこれほど脆くしているなら、なんとかしてやりたかった。
傍にいることで自信を持てるなら、ずっと傍にいてやりたかった。
エディスが泣かずにいられるように。
「でも、着飾ってもだれも見てくれないわ。だれも壊めてくれないわ。虚しいじゃない。ひとりでお酒落しても」
「俺のために着飾るのはいやか?」
唐突に切り出され、エディスが絶句した。
かなり微妙な雰囲気になってきているが、ふたりとも自覚はなかった。
「エディスが綺麗だと俺は嬉しいよ。手放して壊めたたえて、だれかに見せびらかした気分になるんだ。お洒落をしたエディスを俺が見ているよ。綺麗になれば嬉しいと喜ぶよ。それだけでは物足りないか?」
口説いている自覚はリュシオンにはなかったが、これでは口説き文句を通り越して殺し文句である。
心持ち類を染めたエディスは、ためらいながらもかぶりを振った。
「そうだな。手始めに館を抜け出さないか、エディス?」
「え」
意味を解するまでにしばらく時間を要した。
念を押したのは、エディスには故意に皇族の情報を封じて養育しているからである。
従って彼女は神帯や世継ぎの誕生月が、同じ月だとは知らない。
だが、祖王の聖誕祭は歴史的な事実なので習っているはずだった。
リュシオンの真意には気づかなかったが、エディスターシャは無言で首育した。
「実はまた内密なんだが、今年の聖誕祭では神帝ではなく、世継ぎの君が主役を努めるんだ」
「主役ってあの祖王の行進の?」
さすがにどういったお祭りなのかはエディスも知っていたらしい。
目を丸くされて、リュシオンは笑いながら頷いた。
「神帝の思惑は知らないが、どうやら祖王の聖誕祭を利用して、世継ぎの全面的な進出を目論んでいるらしい。今度の祖王の行進が、世継ぎの君にとって初めての公務なんだ」
「民家の前に初めて世継ぎの君が、間近に姿を現すのね?」
「そうなんだ。だが、それには色々と問題もあってな」
「問題?」
「民衆は神帝が祖王役を演るものと、決めてかかっているんだ。世継ぎ時代からの公式行事だからな。今年もそうだと思い込んでいるようだ」
「では世継ぎの君が姿をみせたら、とても落胆するでしょうね」
さすがに聖稀として問題点をすぐ理解できるのか、エディスの声には固い緊張があった。
そして僅かにリュースに対する憐憫の情も。
「それは世継ぎの君の問題さ。そのくらいの試練を乗り越えられないなら、世継ぎを名乗る資格はないだろう?」
「手厳しいのね」
「そのくらいのことができなくて、神帝を名乗るなどおこがましいからな。同情しても世継ぎの君のためにならない。これは世継ぎである以上、いつかは乗り越えなければならない壁なん
だし」
理路整然とした反論だったが、エディスは素直に頷けなかった。
すこし世能ぎの皇子に対して厳しすぎる気がして。
勿論彼の言葉が正論だと認めてはいるのだが。
「世継ぎの君への同情は、この際、脇へ置いてくれないか?」
「え?」
「本題からずれてる。俺が言いたいのは、世継ぎの君が不遇だ、なんてことではないんだ」
この言葉でやっと本題が違うことを思い出した。
確か屋敷を抜け出さないかという誘いから、この説明に移ったはずだった。
うっかりしていたけれど。
「華やかなパレードだからな。一見の価値はあるだろう。世ぎの君が民衆をどう丸め込むかも趣味があるし。よかったら一緒に見物に行かないか?」
「王都に?」
「当たり前だろう? 聖域の森でパレードはしないからな」
苦笑するリュシオンに、エディスはすぐには返事を返せなかった。
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