第35話
「俺自身は、それでもよかったよ。別に新しい母上なんていなくてもよかったし、親父殿が嫌だって言うなら、それでいいとも思ってる。でも、恋人すらいらないなんて態度を、徹底してると不自然なんだよ。母上に義理立てしてると解釈もできるけど、それも徹底されると不自然で、却って不安になるんだ。親父殿が誰にも靡かないことで、どんな噂になってるか俺も知ってるよ。子供の頃は不思議だとも思わなかったよ。勧める奴が悪者に見えたくらいだし。小さかったから、あの頃はわからなかったんだ。それが人としては不自然だってことが。俺はまだまだ子供で、そういう感情は知らないけどさ、持っていて当たり前の感情だってことは、もう理解できる年齢になったんだ。
でも、親父殿はは誰も見てない。誰にも意識を奪われない。親父際の眼はどこを見てるんだ? どうして誰も視界に入らないんだ? 俺は基本的に理解できないけど、同性として不自然だと思うよ。俺だってもうすこし大きくなったら、やっぱり好きな姫くらい欲しくなろうし。それが普通なんじゃないかって、もうわかる年齢になったんだよ」
純粋すぎる問いだった。
同性としての不自然さの目立つリュシオンに、リュースはリュースで不安を感じていた。
特にそういう知識を理解しはじめると、その不自然さの意味が、どれほど深刻かががわかってくる。
楽観するには不安すぎて、リュースもこのところ気に病んでいたのだ。
新しい母上など欲しくない。
だから、聞こうかやめようか、何度も悩んだ。
でも、すこし知識を得てリュシオンが見せる一面の深刻さが理解できて、こうして面と向かって訊ねる決心をしたのだった。
子供だからこその心で、親を気遣う純粋な質問であった。
まっすぐに見据えてくる皇子の逃げることを放さない職を見据え、リュシオンは苦い笑みをみせる。
確かに事情を知らないリュースには、リュシオンの態度は不自然すぎた。
不安になるのも仕方のないことだ。
「そんなに心配することはない。俺だって普通の男だ。年齢的にもおまえと変わらないし、なに変わらない」
「でも」
「正直に言う。今の俺は、そういう相手が欲しくないんだ」
「親父殿」
「俺だって普通の男だ。そういう意味なら、好みだってあるし、誰でも感じることは感じる。綺麗な姫君はやはり綺麗だと思うし。だが、今の俺が感じるのはそこまでなんだ。それ以上の調味は持てないし、別に手に入れたいとも思わない。心が動かない以上、そういうつもりにはなれないんだ。誰にでも、その気になれない時期というのはあると思うぞ。俺が特別なわけじゃなく」
平然と口に出されると、却って不安になった。
あまりに淡白すぎて。
心が動かないということは、全く異味が持てないということだ。
いつも冷めた気持ちで周囲を見ているから、全く感路を受けない。
心配するなと言われても、それは不可能な事実だった。
心が凍てついているとしか思えない告白に。
「好みの姫君は周囲にはひとりもいないのか? 別に心が動かなくても。今までの好みに近い相手は」
「口が悪いとわかっていても答えるが、いないな。口説かれるほど鬱陶しくなる相手しか
「すごい言い方だな」
「わかってるさ。失礼な言い方だというのは。だが、どうにも魅力を感じないんだ。はっきり言えば全員が同じに見える」
「あのなぁ」
呆れ返って口が利けなくなる主張だった。
リュースも珍しく本心から呆れて、父親の端正な顔を眺めている。
それはアリステアにしても同じだった。
神帝の意外な一面を見たと、絶句して硬直している。
そんなふたりの困惑する様子に、リュシオンは声を出して笑った。
「本当に同じに見えるんだ。外見じゃなく、その人の持つ資質が。誰を選んでも大差ないようにしか思えないんだ。眼を向けるほどの惹きつける〈なにか〉を感じる相手はいない。それでは俺の心は勤かないんだ」
「じゃあさ、どんな相手なら気になるんだ?」
「さあな。俺にもわからないとしか言えないな」
「暖味だなあ」
「自分で自覚して惚れる男なんているものか。そういうものは、ある日突然気づくんだ。理由なんて問われても、普通は答えられないと思うぞ。感情は理屈じゃないからな」
笑いながら言われると、やはりリュシオンにもそれなりの経験はあるのだとわかった。
リュースは自分で振った話題のくせに、不満げに唇を失らせている。
「じゃあ親父殿が意識を向けるとしたら?」
「いやに俺の好みに拘るな、お前は」
「だって人に訊かれたとき、俺わからなかったから」
父親の好みを聞かれて、息子のリュースにもわからないことに気づいて、かなり衝撃を受けたことがあるのだ。
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