第34話

 苦い口調で呟いたリュースに、リュシオンが意外そうな目を向ける。


 自の前にいる皇子は、なにか考え事に意識を奪われているらしかった。


 遠い眼をして唇を噛んでいる。


「リュース」


 名を呼はれ、何気なくリュシオンを振り向いた彼は、そこに優しい父親の眼を見て、やりきれない笑みを浮かべた。


「一方的に正しい事柄はない。どんなものにでも各々の正義があれば、各々の都合もある。矛盾がこの世からえることはまずないだろう。それでも導いていくための支柱は必要な事で、それが大々的な正義で、一部の少数派には疎まれていても、すべての都合に合わせて叶えるなど不可能だ。どこかで妥協していくしかない。その中でどれほど理想的な解決を選べるかの結果に貴族として、統治者としての資質が表れるんだ。なぜならそれは絶対に忘れてはならない真理だからな」


 治世者としての譲れない一線。


 それを理解しているリュシオンの言葉に、リュースは何度も頷いた。


 父から受け継ぐ大切な真理を聞いて。


「わかるよ。すべてに認められる方法なんてないってことは。たぶんその娘のような事情を優先させても苦情は出る。それぞれに正義を抱えていて、それぞれに正しいことを主張することを主張する都合がある以上、円高な解決策なんて理想論なんだよな。

でも、すべてに認められることが不可能に近いからと、なにもしないで諦めることは逃げでしかない。責任から逃げることは、治世者である俺たちには許されない。だから、どんなに難しく無理だと思えることでも、その中から理想的な形を築くべきだと、親父が俺に言いたかったってことは」


 まっすぐに瞳を見返してくるリュースに、リュシオンは柔らかい笑みを返す。


 皇子としての揺るぎない眼差しに。


「無責任と妥協は違う。無責任と強要は違うと。だれにでも都合の良い政策は不可能だが、独裁も許されない。望まれる形はとても厳しいが、だからといって周囲に流されてもいけない。

 神帝たるもの自分自身の意見を持ち、信念を持たなければならない。意見には耳を傾けても流されるわけにはいかないんだ。周囲の言いなりになるなら、神帝や世継ぎでいる意味がないからな。常に人の意見を聞き、それぞれの意見を纏めて妥協協しながらも、正しいと信じた道を行く。それ以外に統治して行く道はない」


 きっぱりと言い切るリュシオンに、リュースは感嘆の吐息を漏らす。


 神帝としての父の信条に、その器を垣間見て。


「難しいけどわかるよ。俺がなにも知らない子供だったってことも。親父殿も楽に統治してるわけじゃないんだよなあ。矛盾を承知した上で、対立するする意見も受容して練めて、今の状態を築き上げてるんた。考えたこともなかったな、今までは」


「なら、今から考えて動けばいい。自分の意見を押しつけるだけでは、良き統治はできない。それだけは忘れてはいけない。いいな?」


 短く確認され、リュースは無言で、でも、しっかりと頷いた。


 この言業を最後に重苦しい空気が消える。


 肩に申しかかる重圧も消えて、アリステアはほっと安堵した。


 思った以上に人の上に立つことは難しいのだと知って、父親や神帝の毅さを見せつけら気がした。


 今のアリステアにはこれほどの覚悟で、すべてを纏めていく自信はない。 


 やはり凄いと思った。


 名君と讃えられるリュシオンも、そして彼を支えている実の父も。


 そして幼いながらも、その重圧から逃げすに、まっすぐに立ち向かおうとするリュースもまた覇王の皇子なのだと思い知る。


 こんな星子だから、ついていきたいのだと、アリステアは改めてそう思った。






 執務室から出て行こうとしたとき、不意に振り向いたリュースが、どこか不安そうに父親を呼んだ。


 仕事に戻りかけていたリュシオンは、何気なく顔を上げ、扉のところに立ち尽くしている皇子顔を見る。


 意味を尋ねるように小首を傾げる。


 何か躊躇うような素振りを見せたリュースは、ややあって覚悟を決めたように、小

は息を飲み下した。


「母上がにくなって、もう随分になるけど、親父殿は、そういう相手を欲しいって思ことはないのか? そういう噂も聞いたことないけど」


 躊躇いがちなな問いかけを受けた舞間、リュシオンはそれはそれは苦い表情をした。


 一体幾つ苦虫を噛みつぶせば、こんな顔ができるのかと悩むほどだ。


 リュースは困ったように父親を見ていたが、秘書官親子は、とんでもない質問をする皇子に青ざめていた。


「おまえのような子供が口にする問いじゃないと思うぞ、俺は。幾らなんでも非識だ

インリュース」


 直球すぎる声にリュースはふてくされるように呆れた声を出す。


 その答えに不満を態度で示す星子に、リュシオンはがっくりと肩を落とした。


「俺が何が言いたいのは、そういう露骨なな感味じゃなくて、別に普通の恋人でもいいんだよ。親父殿はあんまりにも、そういう噂がなさすぎるんだ。臣下に夜伽を勧められても、断ってるのは知ってるよ。真夜中に接室に行っても、親父はいつもひとりでいるし」


「あのな」


 言い返す力も失い、リュシオンは呆れたように息子の顔を凝視した。


 こいつは子供のくせに、一体なにを見てるんだ、と、彼の呆れた表情が言っている。


「別に勧めてるわけじゃないけど、俺が不自然さを感じてないと思ってた?」


 たった一言の問いに、リュシオンは苦い表情になり、故意に返答を避けた。

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