第30話
基本的な意味は理解できなくても、それがなにを意味する非人道的な行いかは、リュースも理解できた。
少年として汚い現実に嫌悪感を感じるのは隠せない。
答えられずに俯くだけのリュースに、リュシオンは大体のことを悟ったが、瞳を見つめてもう一度だけ皇子に問いかけた。
「もう一度だけ訊く。理解できたか?」
逃げを救さない問いに、リュースは小さく声を噛む。
「それが具体的になにを意味するかはわからなくても、どういう意味かはわかるよ。人を金で買うなんて確かに罰せられるべきことだよな」
「そうじゃない。なにも奴隷にするために買うわけじゃないんだ」
言った途端に即座に言い返されて、リュースが驚いて眼を丸くして、リュシオンを振り向いた。
苦いため息をつき、リュシオンは落ち込んだ素振りで前髪を掻きあげる。
僅かな苛立ちがその仕種から感じ取れ、リュースは唇を噛んだ。
「露骨な言い方をすれば、寝台の相手をさせるために、その相手を金で買うんだ。雇うと使えてもいい。契約が過ぎれば自由だからな。金で交わされる愛人契約に近いものがあるな。一晩だけの関わりだから」
「それって」
言いかけて、でも言えないまま赤くなり黙り込んだリュースに、リュシオンは柔らかいを浮かべた。
皇子の背後ではアリステアも、思いがけない説明に、うっすらと頬を染めている。
どちらも純情な反応である。
「売春行為そのものは、初代のころから禁止された禁じられた商売なんだ」
「だよな。そんなのを認めたら、すべての秩序が狂ってしまうだろうし」
頭に片手を当て、考え深げな眼をして、リュースが皇子らしい冷静さを取り戻しはじめ、リュシオンはさっきと同じ笑みを浮かべ、ゆっくりと組んだ両手を机に下ろした。
「最近では悪辣になってきていてな。売春をするために、薬を使うらしい」
「薬?」
さすがに話題が深刻になってきたせいか、リュースも戸惑っている余裕がなくなってきて、青ざめて父親を凝視している。
「比較的、若い世代が身体を売ると言っただろう?」
問うとリュースが頷くのが見えた。
リュシオンはそれを確認し、ゆっくりと言を継いだ。
「若い世代はそれだけで、そういう価値があるらしいんだ。男が買うにしろ、女性が買うにしろ、若い者を好むらしい。だが、若い者にはそれに対する抵抗や、行為に馴染まない者もいて、どうしても満足に仕事をこなせないらしい。売春する以外に方法がなくて、身を落とした者や、割り切ってその世界に踏み込んだ者でも、若い故の経験不足や反感は、もうどうしようもないんだ。それを封じ慣れさせるために刻印を肌に刻むようだ。烙印には媚薬の類が混ぜられていて、刺激を受ければいやでも身体が慣れるという仕組みた。それが最近の商法らしい」
淡々となんでもないことのように説明を口にするリュシオンを、リュースもアリステアも信じられないといった顔で凝視している。
まさかそんな現実があるなんて想像したこともなかった。
リュシオンの統治は完璧だと疑いもなく信じていた。
それなのに。
「言っておくが、俺の統治は言われているほど完璧じゃない。どんなに完璧なものでも、抜け道を探すことはできる。そこに霊要と供給があるかぎり」
「つまり、そんな汚い真似が必要とされてるってことか? 親父殿が治めていても」
積りを隠せない震える問いかけに、リュシオンは小さく首肯を返した。
「確かに俺はできるだけのことをしているつもりた。現存する政策ではほ民が生きてい、基盤は保証されている。ただ生きていくだけなら、な」
「どういう意味なんだ?」
「おまえはいつか俺の後を継ぐ。それは決定された未来だが、普通は自分の将来は自分で決めるんだ。家を継ぐにしろ、違う仕事につくにしろ、俺にはそれを強制する権利はないし、生きていく基盤を完成させていても。当人がそれだけでは足りないと主張して、そういうものに踏み入れることもあるんだ。
金て買った相手でもいいと買う者がいれば、罪を犯してでも必要なお金を得たい者もいる。完全な悪循環だ。需要と供給。それが維持されるかぎり撲滅は不可能なんだ」
リュースの知らない世界の情報が多く、理解しづらい内容だったが、なんとなく想像す
とはできた。
おそらく年齢的な幼さも気遣って、大雑把な説明にしたのだろう。
それてもリュシオンが神帝と
して、なにを言いたいのかは飲み込めてきた。
意外そうな顔を実の父に向けて絶句している。
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