第22話





 蒼月の聖日を過ぎると、宮廷の忙しさに拍車がかかる。


 何故かというと誕生日が不明の祖王の聖証祭は、常に瑠璃月の初日に行われるのだ。


 エディスの誕生日である蒼月聖日の翌日である。


 はっきりいえばこの時期のリュシオンが、エディスに逢いに行くというのは、かなり無理をしていることを意味する。


 実際、半日休暇を臣下に認めさせるために、彼はかなりの無理をしたのだ。


 ただエディスを泣かせたくなくて。


 おまけに瑠璃月に生まれたリュースやリュシオンの聖証察も控えている。


 瑠璃月はいつの頃からか、恐怖のお祭り月間と呼ばれていた。


 政台の中板に位置する者たちは、毎年のことだがその多忙さに、そんな標語ができたのである。


 それにリュースの誕生日は、祖王の聖誕祭の半月後。単にその半月後がリュシオン。


 この時期の宮廷のサイクルは当事者には、死んでくれと言わんばかりの殺人的スケジュールであった。


 スケジュールが滞ることは、以後の行事に差し支えるため、みな必死になって働く。


 無駄口を叩く余裕すらない日常で。


 日程を動かせないだけに、この時期の王宮の多忙さは殺人的である。


 リュシオンの聖誕祭を終えると、すぐに半期に一度の無階会の準備に入る。


 こちらも政治的なものなので、大きな行事が四つ控えているのだ。


 エディスの誕生日に動けないと、リュシオンは身柄を拘束されて、自由に動けなくなる。


 エディスに逢いに行きたくても、時間が自由にならないから。


 だから、神職長との調見で我を忘れるほど逆上したのだ。


 彼女を泣かせたまま動けない現状を招いてくれた現実に。


 実は今年の聖誕祭はある事情があって、祖王の聖誕祭が大幅に遅れていた。


 その理由を知っている者は、それほご多くないが。


 理由も明らかにならないまま、祖王の聖誕祭が遅れているのである。


 そこへ持ってきてリュシオンが

問題を起こしたのだ。


 噂にならないはずがなかった。


 あの日にリュシオンが投げた波紋は、すぐに王宮全体に広がっていった。


 リュシオンが聖稀の問題で、神帝の暗殺を条件とした返答を返した事実だけが、殊更に噂されて。


 世級ぎの星子が父親の問題発言を知ったのは、事件が起きた四日後のことだった。


 リュースの耳に事件のあらましを教えてくれたのは、まだ初恋の痛手から立ち直れない従姉のレティシア候爵令嬢だった。


「叔父上にとってわたくしは姪でしかないけれど、エディスターシャは違うのかしら」


突然、来訪してきた従姉が落ち込んだ顔でそういったとき、事件を知らないリュースは、ただ困惑していた。


 いつにない憂い面と、落ち込んだ様子にに驚いて。


 アリステアといつも通り、じゃれあっているときの、突然の訪れだった。


 部屋には彼女に想いを寄せるレインラーシュの姿もあり、従姉の神帝への想いを隠し切れない姿に、傷ついた表情で見ていた。


「なにかあったのか、レティ?」


 他に問うべき言葉を見つけられなかったのだが、レティシアは自嘲の笑みを返した。


 らしくない従姉の姿に、知らずリュースの眉が寄る。


「叔父上はエディスターシャのために。ご自身の命を懸けられたそうよ、セインリュース皇子」


 貴族は例外なく、皇子には敬意を払い、尊称をつけて呼ぶ。


 それは従姉のレティシアや、分家の伯母の従兄たちにしても、例外ではなかった。


 リュシオンからの説明によると、古くからの習わしなのだという。


 身内からも皇子と呼ばれるリュースは、第屈さも感じている。


 だが、このときはレティシアから聞いた内容が信じられず、ぎょっとしたまま二の旬が継げなかった。


「神殿との口論で妹の引き渡しを望むなら、叔父上を暗殺する覚悟を決めてからにするようにと、厳命されたのですって。叔父上にとってあの娘は、姪ではないのかしら。噂を耳にしたときには、一緒にいた姫君たちが何人もショックを受けて泣いていたわ」


 それはおそらくレティシア自身の気持ちでもあるのだろう。


 彼女もきっと泣きたかったのだ。


 そのことはリュースにもわかった。


 立場上泣けなかっただけで、レティシアだって同じくらいの衝撃を受けている。


 苦い表情で唇を噛んだリュースは、同じ顔をしたァリステアと顔を見合わせた。

 苦い表情で唇を噛んだリュースは、同じ顔をしたァリステアと顔を見合わせた。


「アリステアはジェノールからそういう話を聞いてたか?」


 アリステアは秘書官、ジェノールの嫡男である。


 秘書官という役職そのものは指名制度を取っていて、あまり親子関係に意味はない。


 しかし親子であれば耳に入ってくる内情というものもあるはずだ。


 元々秘書官という役職は、時の神帝の片腕という電味合いと、親友という意味合いを兼ねるのだから。


 リュースが無二の親友だと思うアリステアは、その立場的に次期、秘書官にもっとも近い位置にいた。


 ふたりの友情が変わらなければ、リュースが即位するときに、アリステアを指名するのは確実なので。


 尤もリュースの即位については今の段階では、なんの取り決めもされていない。


 それどころか本当に即立があるのかどうかすら謎だ。


 リュシオンが死ぬことはない。


 先帝の崩御が即位の絶対条件だから、不老不死として生まれたリュシオンが神帝の座にある今、リュースの即位がどうなるのかと言うことは、全くの謎であった。


 かくいうリュースも不老不死なのだが。


 秘書官はそれほど甘い人物ではない。


 特に世継ぎには厳しい。


 だが、アリステアはジェノールの息子である。


 次期、秘書官と黙される人物でもあるし、親子であればこそ耳に入る情報というものむあるのだ。


 無二の親友と認めているアリステアが秘書官の息子だという事実は、時折、リュースに意外な内情を教えてくれることもあった。


 秘書官しか知らないようなことでも、彼は知っていたりするので。

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