第21話





「お待ち下さい、神帝陛下!」


 まだ怒りもさめやらぬかのように、早足に歩くリュシオンに、背後からそう声がかかった。


 駆け足で追いかけていたのは、幼馴染で秘書官のジェノールだった。


 振り向いて兄代わりの親友の顔が、少し青ざめているのを見てとって、リュシオンが不思議そうに首を傾げた。


「どうかしたのか? ジェル? 顔が青いぞ?」


 脚力からして常人とは違う皇族である。


 リュシオンにとっては早足でも、ジェノールにとっては走っているのと変わらなかった。


 追い付いたときには肩で息をしていたほどだった。


 いつもなら体力的な条件を考慮に入れて、少しゆったり歩くリュシオンである。


 平然として見えるが、いつも以上に腹に据えかねていたのだと、ジェノールは痛感した。


「先程のお言葉は一体どういう意味なのですか?」


「さっきの言葉って」


 言いかけて気付いた。


 激情のままに叩きつけたが、あの言葉はジェノールたちにとっても禁句なのだ。


 リュシオンの皇子時代を知るものは絶対に口にしない。


 ジェノールの前で脅しに使ったのは、リュシオンの失態だった。


「そのくらい怒っていただけだ。ジェルが怒るほど深い意味は込めていないんだ」


 苦い口調でそう返したが、どう聞いても言い逃れにしか聞こえないだろう。


 ジェノールもそう受け止めたのか。


 苦々しい表情でかぶりを振った。


「貴方は口に出された以上、神殿の行動次第で、実行に移されるでしょう。そのおつもりがなければ、貴方は絶対に仰らないはずです。違いますか?」


 リュシオンは典型的な有言実行型だった。


 その立場的にするつもりのないことは口に出さないし、口に出したときは絶対に守る。


 安易に嘘をつくことはない。


 皇子の頃からの彼の癖である。


 皇族として意味のない嘘は、それが例え駆け引きのためのハッタリであろうと吐かない。


 それは確かに神帝を継ぐ身として意識してきたことだ。


 だが、生来の気質として、リュシオンは嘘が不得手だった。


 政治上の駆け引きではなく、個人的なことになると、隠し事が大層苦手になるのだ。


 そういった背景もあって、リュシオンは典型的な有言実行型に育っていた。


「そんなに怒らなくてもいいだろう? あんな脅しを使いたくなるくらい、腹に据えかねていたんだ。

どうせ言ったところで、神殿には行動は起こせないさ。そうだろう? ジェノール?」


「だからと言って言っていいことと悪いことがございます! その程度の判断もできないのですか、貴方には!」


 頭から叱り付けられ、リュシオンはムスッとした顔で口を閉じた。


 悪質な脅しだったことは認めるが、本当にそのくらい腹を立てていたのだ。


 本音としては謝罪したくなかった。


 本当ならエディスに逢いに行っているはずの日なのに。


 泣き虫な彼女を寂しがり屋な彼女を、誕生日にひとりぼっちにしてしまった。


 八つ当たりを言いたくなっても仕方がないのだ。


 勿論そんな本音はジェノールにも言えなかったが。


「折角の休日を潰されて、本当に怒っていたんだ、俺は。もう許してくれないか? ジェル? 悪気があって言ったわけじゃないんだ」


 少なくとも神殿長以外を傷付けたくて、口に出した脅しではなかった。


 苦い口調の言い訳にジェノールは、まだ怒った顔のままで首肯する。


 これは暫く恨まれそうだと密かに嘆息した。

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