第19話
謁見の間ならふたつある。
ひとつはリーン王国などの他国からの来訪者を迎えるための部屋と、臣下との謁見に使われる部屋だ。
他国といえるのはリーン王国だけだが、世界は広く神帝がひとりで統治するにも、自ずと限界は生じて来る。
本土と呼ばれる広大な大陸をリュシオンは、ひとりで治めているが、神帝が直接関われない地域には、代理や名代の貴族を送っていた。
独立国家ではないが貴族が名代を務めるウィンドミル公国や、縁戚の者が治めるシルフ領がそれである。
小民族が集まった幾つかの島々からなるエル諸島や、公国よりにあるアルス島など独自の文化を持つ種族もいる。
そういった外の人々の謁見と、直に神帝に仕える者たちとの謁見は明確に区別されるのだ。
従って賓客用の謁見の間が使用されることは少ない。
普段、リュシオンが頻繁に使用するのは、臣下のための謁見の間だった。
正式な謁見なら神帝の隣に皇妃の椅子があり、反対側の隣に世継ぎの君の席があるはずだった。
しかしリュシオンは迎えてすぐに正妃を亡くしているため、謁見には大抵ひとりで臨む。
世継ぎの君、セインリュース第一皇子の生母は、皇子を産んですぐに崩御していた。
死因は公表されなかったが。
皇子妃となってすぐの懐妊、そして皇子出産後の崩御。
普通に例えるならリュシオンは確かに妻帯者だが、伴侶を迎えた期間はあまりに短く、彼には自覚がなかった。
迎えた直後に懐妊したため、実は親しく会話した記憶すらない。
顔を合わせた回数を数えた方が早いくらいだ。
生まれたときに義務付けられた婚約者だから、恋愛感情など持っていなかった。
普通なら少しずつ触れ合って、夫婦としての感情を育てるのだろうが、迎えた直後に懐妊して近付くこともままならなかった。
そうして息子を産んで、すぐに息を引き取った。
リュシオンの聖誕祭を迎えて数日後の出来事だった。
つまり皇子が産まれて一月もしない間に、今度は妃が亡くなったのだ。
彼には夫になったという自覚が薄く、また妃を持つという感覚が理解できないのだ。
そのせいか異例の事態として、妃同伴の決まりのある謁見にもひとりで臨む。
世継ぎを名乗るセインリュースも、まだ記念の儀式(儀式年齢で10歳を意味する)を迎えていないため、謁見に参加する資格を持たない。
世継ぎが政に携わることを許されるのは、儀式年齢で10歳を迎えてからだった。
そういうリュシオンも儀式年齢で10歳は迎えていない。
儀式年齢でいうとリュシオンとリュースは、親子のくせして5歳しか離れていないのだ。
呆れたことにリュシオンも、政治に携わる年齢ではなかった。
実はリュースの生誕とリュシオンの父親の6代神帝の崩御は、ほぼ同時期に起きている。
リュシオンはすべての慣例を覆し、突然帝位を継いだ皇族の変わり種だった。
神帝となり父親となった今でも彼は未成年なのだ。
呆れる事実である。
そのせいか一人息子のリュースとも、親子というより年齢の近い兄弟みたいな会話になりがちだった。
元々が異例の事態ばかりを引き起こす聖皇子である。
妃を亡くしたリュシオンが、ひとりで謁見に臨むことに、違和感を覚えた臣下はほとんどいない。
それは唯一神帝の天敵と噂される神殿長にしでも同じこと。
彼は不機嫌さを隠しもしないで、姿を現した神帝にふと憂い顔になる。
その隣に並ぶ姫君の幻を見た気がして。
あの頃のまま時を止めた神帝の姿は、いつだって神殿長に現実の罪を認識させた。
本心を言うなら責められる知っていて、彼に逢いたくはなかった。
それはおそらく互いの確執を忘れたフリをしているリュシオンにしても同じだろう。
彼は原因を忘れたフリをしているだけで、神殿と不仲になった理由は、永遠に忘れないはずだ。
忘れないということは許さないということだ。
神帝が神殿を赦す日は永遠に来ない。
忘れていたい現実を突きつけられるから、本当は神帝の前に立つのが嫌だった。
神殿長の座に居なければ、神殿に身を置いていても、絶対に立候補しなかっただろう。
それは代理を頼みたくても、誰も引き受けないのが証明している。
リュシオンほど愛された皇子はいなかった。
それは神殿人だって同じなのに、一体どこで歯車が狂ったのだろう?
神殿の在り方に抗議されたことはあっても、こんな目を向けられたことはなかった。
在りし日のリュシオンを思うとき、神殿長はいつもため息が出る。
まだ年若い外見の神殿長を前にして、リュシオンは冷ややかな表情を崩さない。
それが一層神殿長の気持ちを暗くした。
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