第18話





「神殿長との謁見なら明日でもいいだろう!」


イライラとそう吐き捨てて、リュシオンは何度もテーブルに拳を叩き付けた。


 贈り物が間に合わなかったので、遅れる謝罪も兼ねてエディスに逢いに行くつもりだったのだ。


 なのに突然の神殿長の来訪である。


 なにもエディスの誕生日を狙って来ることもないだろうに。


 呪われているような錯覚に、リュシオンは目眩すら覚えた。


 蒼月の聖日だけは例年、スケジュールを半日空けていることは有名だ。


 神殿長ともあろう者が、それを知らぬはずはない。


 しかし謁見を求められても、神殿長が相手だとのらりくらりと躱すリュシオンである。


 神殿長にしてみれば、身柄の確保しやすい蒼月聖日以外に、リュシオンを捕まえる手立てはなかったのだ。


 神殿長の意図が読める秘書官には、責められても返す言葉がなかった。


 自業自得だとは思っても、せっかくの休日を潰されて、猛り狂うリュシオンに意見する勇気はない。


 人はそれを無謀と呼ぶのだ。


「何度逢わないと言ったら引き下がるんだ? 今日の午後からはどんな執務もしない。それは例年の慣例だろう?」


 すでに来訪を告げられ、謁見を求められて、一刻が過ぎている。


 来訪を聞いて謁見を求められたときに、リュシオンは即答で却下した。


 神殿への帰還を命じたのだ。


 後日出直すようにと注釈して。


 だが、神殿長は引き下がらなかった。


 目通りが叶うまではと頑張っている。


 お陰で宮廷を離れることができずにいた。


 用向きの検討はついている。


 だから、尚更気が進まない。


 エディスの誕生日に、彼女の問題で神殿と衝突したくなかった。


「どうせ神殿の用向きは、聖稀の引き渡しだろう? 俺は大事な姪姫を神殿などに引き渡す気はない。

逢うだけ無駄なんだ。一体何度言えば引き下がるんだ?」


 彼女が産まれてから何度も、聖稀を引き渡してほしいと、神殿からの申し出はあった。


 神殿は今頂点に立つべき存在を欲している。


 生まれ付き強烈な聖を身に宿す聖稀は、まさに格好の嵌まり役と言える。


 神殿にしてみれば頂点に立つべき姫として、喉から手が出るほど欲しいのだ。


 だから、何度断られても同じ要求を突き付ける。


 その度にリュシオンと衝突して、神帝の不興を買っても。


 リュシオンと神殿との不仲は、彼が皇太子、つまり世継ぎを名乗っていた頃から有名だった。


 神殿にしてみれば神帝の不興を買うことは覚悟の上なのだ。


 今更と言った感が強いのかもしれない。


 神殿との確執を招いたリュシオンにとって、それは不本意な結果かも知れないが。


「神殿長は何がなんでも謁見をと申しております。あの方も優しげに見えて、我の強い方ですから、陛下に御目通りが叶うまでは、おそらく‥‥‥」


 前言撤回はしないだろうと、秘書官は言葉尻を濁す。


 読み取ったリュシオンは苦々しい表情で、舌打ちをひとつ漏らした。


 これ以上の反抗は時間の無駄だと思い知って。


「逢えばいいんだろう。逢えば! その代わりどんな事態を招いても、俺は責任は取らないぞ」


 立ち上がって叩き付けた神帝の物騒な宣言を、秘書官が苦い表情で受け止める。


 黙認するしかなかったのだ。


 だが、付き従う秘書官の横顔には、隠しきれない不安があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る