第16話





 その背中が遠ざかるのを待ってから、リュースが気の毒そうにレインラーシュを振り向いた。


 従姉が遠ざかるのを黙って眺めている。


「レインラーシュの気持ちって親父殿にまでバレてるみたいだな」


 複雑な面持ちでそう零すリュースに、アリステアは答えようがなくて、軽く肩を竦めてみせた。


 ひとつ年上の従姉に、彼が一途な想いを寄せていることは、周知の事実だったので。


 公然の秘密と言われるほど、あからさまな片想いなのだが、レティシアにだけ伝わっていないのが、レインラーシュの不幸なのかもしれない。


「レティは陛下がお好きなのかな?」


 ぼんやりそう呟いたレインラーシュに、答えを知るリュースは苦い表情で黙秘する。


 これは身内のリュースだけが気付いたことなのだが、レティシアは叔父であるリュシオンに片想いしている。


 声を掛けられたときに、満面の笑みになったのは、彼女がリュシオンに恋をしているからだ。


 叔父とはいえ外見的には、そう年齢差はないのだ。


 それどころか年若い少年と言っても通る外見をしている。


 息子であるリュースと並んでも、せいぜい歳の近い兄が関の山だ。


 外見が自我をも意味する皇家では、リュシオンとレティシアの年齢差などないのも同然である。


 常識的に恋愛対象になれるのだ。


 憧れの君とまで呼ばれる理想的な神帝である。


 少女なら誰もが恋するだろう。


 叔父とはいえレティシアに、冷静に観察しろと望むのは酷というものだ。


「憧れですよ、きっと」


 優しい声で慰めるようにそう言ったアリステアに、苦い同意しか返せないリュースだった。





「レティシアは最近お洒落になったな」


 私室に通し向かい合って席に着くなり、そう言えばレティシアが急に頬を赤く染めた。


 背後に控えた秘書官が、呆れたような目を向けるのを横顔に感じる。


 しかしこれは本心だった。


 下心のための前振りではなく。


「随分凝った髪型をするようになったし、少し逢わない間に装飾品の類も増えたんじゃないか? 少し前まで子供子供していたのに」


 幾ら相手は姪とはいえ、気持ちを知っているなら、この言葉はとても残酷である。


 しかしリュシオンは知らなかったので、ついそう言ってしまった。


 レティシアが急に唇を尖らせる。


 その仕草の意味すらも、リュシオンには伝わらなかった。


 呆れるほど疎い神帝に、姪姫の気持ちを知る秘書官は呆れ顔だ。


 この鈍さで憧れの君なんて異名をとっているのだから、現実は不可解である。


「こうしてみるとレティシアも、そろそろ年頃なんだな。申し込んでくる子息もいるんじゃないのか?」


 身内だけのときは、かなり砕けた言い方をするリュシオンだが、さすがにこういう問いを投げたことはない。


 驚きと些かの気まずさから、レティシアがそっと顔を伏せた。


「小さい頃と同じ感覚で誕生日の贈り物をしてきたが、もしかして最近は不満だったか?」


「そんなことは‥‥‥」


 レティシアは慌てて顔を上げ否定しようとしたが、それが却って図星だと教えていた。


 外れていたらこれほど焦る必要はない。


「子供だと思っていた俺が悪かったな」


半分本心、半分引っかかるつもりで言ってみれば、レティシアは困ったように俯いた。


 少しは良心が痛んだが、、背に腹は変えられないと割り切った。


「最近だとどんな物が贈られると嬉しいんだ? できればこれからの参考にしたいから、教えてほしいんだが」


 口に出した以上守るつもりではいるが、目的は別にある。


 そうとは知らないレティシアは、少しの驚きと戸惑いを瞳に浮かべ、ついで嬉しそうに笑った。


 手放しの笑顔にちくりと良心が痛む。


「最近ではそうですわね。やっぱり宝飾品が嬉しいですわ、叔父上」


「宝飾品?」


「ええ。髪飾りも素敵だし、額飾りも最近の流行で素敵な物が多いし。首飾りや耳飾りだって、とても素敵だと思いますわ」


 女の子というより、女性と会話している気分になってきた。


 これでは貴婦人たちと変わらない。


 そういう年頃なんだろうか?


「でも、どんな物であれ、気持ちの籠った贈り物が一番素敵ですけれど」


「‥‥‥」


 なんだか罪の意識を一突きされたようで答えが出なかった。


「上辺だけの贈り物より、素朴な花一輪でも、気持ちが籠っている方が、女の子は喜ぶものでしてよ。ご存じありませんでしたか?」


「‥‥‥気持ちの込めようもないな。女の子が喜びそうな物なんて、俺に想像できるものか」


 不貞腐れた顔になったのは、エディスに対する迷いからだった。


 なにを贈れば喜んでくれるのか、余計にわからなくなって。


「叔父上」


 急にきつい声で名を呼ばれて、なにかと思って顔を上げれば、レティシアが疑惑を顔に出し睨んでいた。


「わたくしをダシにして、誰か他の令嬢のことを考えていらっしゃいませんでした?」


 どうしてバレたんだろう?


 冷や汗を掻く気分で黙り込むと、レティシアは肯定と受け取ったのか、いきなり席を立った。


「レティシア?」


 慌てて名を呼んでも、気の強い姪姫は振り向かない。


「今日は失礼致しますわ。叔父上。そういったことはお目当ての方に直接お訊ね下さい」


 それだけの言葉を残し、あっという間に出て行った。


 追いかける余裕すらない。


 唖然とした顔付きで座り込んでいるリュシオンを、傍の秘書官が冷ややかに睨んだ。


「今のは陛下がお悪いですよ。レティシア様がご気分を害されるのも尤もです。一体どなたのことを考えていらっしゃったのです?」


「俺は別に」


「いいえ。間違いなく他の方のことを考えていらっしゃいました。レティシア様のお答えを聞きながら、上の空でしたから、陛下は。気が付いていらっしゃらなかったのですか?」


 気が付いていたら、怒らせるような真似はしない。


 そうは思っても図星だったので、言い返せないリュシオンであった。

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