第15話
いつものように秘書官を引き連れて、回廊を移動しているとお目当ての令嬢の姿を見かけた。
最近の流行であるローブ風のドレスを身に纏い、これまた流行のひとつに編んだ髪を肩を垂らす髪型をしている。
一緒にいるのさ世継ぎのセインリュースと、秘書官の嫡男のアリステア。
それにどうやら彼女の従弟のレインラーシュも一緒にいるようだ。
幼馴染みばかりが集まって、悪巧みでもしているのだろうか。
「珍しいな。レティシアの姿を王宮で見かけるなんて」
そう声を投げればレティシアが満面の笑みを浮かべて振り向いた。
第一声で息子ではなく姪に声を投げたリュシオンに、リュースが恨めしそうに睨んだ。
呆れるほど父親似の皇子だった。
リュシオンの幼少期をそのままに再現したような姿である。
リュースが産まれた時にリュシオンがデザインし贈呈した、皇位継承権第一位を意味する皇家の紋章のイヤリングを両耳にしている。
これはリュースが独身だから当然だ。
利き腕も同じ左だし、違うところを探すのが難しいくらい似ている。
完全に父親似だった。
肖像画だけで知る母には、まるで似ていない。
ただリュシオンが甘さの目立つ、柔らかい顔立ちなのと比較して、リュースはどこかきつさを感じさせる、凛々しい面差しをしていたが。
少年らしい勝ち気な瞳が、更にその印象を強くする。
外見はそっくりだが、性格は真逆な親子と噂されていた。
「ご機嫌よう。叔父上。いえ。神帝陛下」
ここが私室ではなく人通りのある回廊だと思い出したのか、慣れ親しんだ呼び名をレティシアは、堅苦しい他所行きの呼び方に変えた。
こちらも母親であるクローディアによく似た顔立ちの娘だった。
髪の色は父親譲りだが、瞳の色はクローディア譲りの藍色をしている。
「回廊でもいつも通りで構わないさ。丁度レティシアに逢いたいと思っていたし」
珍しい発言にその場にいた者が、全員呆気に取られた顔になる。
視線が集中してリュシオンは困ったように笑った。
「そんなに意外か? 久し振りに姪とゆっくり話したいと思っていただけなのに」
下心付きなのだが、それを封じてそう言えば、遠慮知らずの皇子が割って入った。
「意外だよ。親父殿はいつも忙しいって口癖みたいにそう言って、息子の俺とだって長話はしないじゃないか」
親父殿とはリュースとリュシオンが、初めて対面した時、緊張していたリュースが、悔し紛れに呼んだ呼び名である。
呼ばれたときは仰け反って驚いたリュシオンだが、咎める気にもなれずなし崩しに受け入れていた。
皇子としては問題のある呼び名なのだが、周囲の抗議はリュシオンの手によって処理され、リュースの耳に入ることはなかった。
だから、大きくなってきた今でも、そう呼べるのである。
リュシオンは昔から多忙を極める身だ。
長話をする暇などないのが日常だが、本心と違っていることくらい察してもよさそうなものだ。
相変わらず鈍い皇子である。
「お前みたいにひねた息子と誰が長話をしたいと思うんだ?」
「親父殿! あのなぁ!」
「悔しかったらもう少し素直になれ。お前と話していると大抵この調子だろう。これで長話をしろと言われても無理だ」
確かに親子で話していると、何故か半分ケンカ越しになってしまう。
リュースの気の強さも一因だが、リュシオンの似合わない口の悪さも、きっちり原因になっていた。
優しげな外見と穏やかな語り口に似合わず、リュシオンは結構口が悪いのだ。
気の強いリュースとしょっちゅうケンカになるほど。
責任を一方的に押し付けられたリュースは、思わず絶句して黙り込んだ。
こういうのを厚顔無恥と言わずになんと言おうか。
「お前とは毎日顔を合わせているが、レティシア初めてまり宮廷に顔を出さないからな。たまに姪の顔が見たいと思ってどこが悪いんだ?」
白々しい文句を言うリュシオンに、言い返す気力も抜けたリュースであった。
その顔に「なにか企んでるぞ、親父殿」と書いている。
正直な皇子である。
「レインラーシュ。済まないが少しレティシアを借りるぞ」
周囲を白けさせながらも、きっちり嫌味で釘を刺すことも忘れないリュシオンであった。
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