第14話

「木彫りの人形なんて年齢じゃないかな、もう」


 蒼月が近付いてエディスの誕生日が間近に来ていた。


 出逢ってからは神帝としてだけではなく、顔見知りの「兄さま」として個人的な贈り物をしてきた。


 神帝として贈る儀礼的なものではなく、本心から贈りたいものを。


 ただエディスとの意思の疎通が難しくて、いつの頃からか手作りを贈るようになっていたが。


 生粋の皇族であるリュシオンは、一般と価値観が違うらしい。


 価値観だけではなく金銭感覚(そんなものがあるのかと問われたら、自分でも悩むが)も違うらしく、リュシオンが贈る物は常識外れな品物ばかりだという。


 何度目かの誕生日が過ぎて、明くる年の誕生日に、エディスに「これ以上高価な物は貰えない」と辞退された。


 エディスにも金銭感覚や価値観はないはずだが、さすがに宮廷育ちのリュシオンとも違うのか。


 神帝が所有する物を贈っていたのだが、とうやらかなり恐縮していたらしい。


 物の価値を知らないエディスから見ても、恐縮するような品ばかり贈ったと言われたのだ。


 そう言われても自覚なんてなかったから、首を捻るしかなかったが。


 リュシオンが神帝だとエディスは知らない。


 それでも意志の疎通の難しさに、普通の境遇ではないと悟ったらしかった。


 正面から言わない限り気づかないと知って、エディスは直接辞退したのだ。


 それ以来彼女の誕生日や、なにか贈りたいときには、手作りを贈るようになっていた。


 そのときの年齢に応じて、興味を持ちそうな物を選んで。


 去年の誕生日には手作りのオルゴールを贈った。


 エディスはとても喜んでくれて、今度も古風な細工物にしようと思い、木彫りを始めようとしたのだが。


「さすがにもう人形で遊ぶ年齢じゃないな。今の彼女は」


 つい苦い口調になった。


 近頃のエディスは美しくなった。


 子供扱いしようとしても、時折躊躇うほどに。


 もう人形を貰って喜ぶ年齢ではないだろう。


「しかしオルゴールは贈った後だし、小物入れとか、そういったものも贈ったしな。人形がダメだとすると後はなにがあるんだ?」


 女の子が好みそうな物なんて、正直に言えばよく知らない。


 いつも迷って悩んで決めているのだが、彼女の成長と共に悩みが深くなった。


 あの年頃の少女は、一体なにを貰うと喜んでくれるだろう?


「それとなくレティシアにでも聞いてみようか?」


 レティシアというのはエディスの生母、クローディアの長女である。


 つまりリュシオンのもうひとりの姪姫だ。


 エディスにとっては面意志こそないが実の姉姫である。


 リュシオンにはふたり姉がいて、次女のクローディアが皇家の皇女を名乗る。


 つまり長女は分家に降っているのだ。


 これはふたりの母親が第二妃だからだ。


 正妃の子供以外は分家に降るのが慣例で、クローディアの方が異例なのだ。


 クローディアが皇家に引き取らた原因は、リュシオンが年齢の離れた未子であるという現実を思えば、誰にでも想像はつくだろう。


 例外的に皇女を名乗ったクローディアだが、現在では名門エルシオン侯爵家に降嫁している。


 一番上の姉は分家の長だ。


 皇家では珍しくないが、リュシオンは複雑な家庭環境の元で育っていた。


 そんなことを徒然と思い出しながら、手にした彫刻刀を置いて、リュシオンは深々とため息をついた。





 不思議な一致だが、リュシオンと世継ぎの君の誕生日は、半月違いの同じ月だった。


 蒼月の聖日つまり丁度月の変わり目がエディスの誕生日だが、その半月後の瑠璃月の皇日が、世継ぎの君、セインリュースの誕生日だった。


 リュースの誕生日は瑠璃月の丁度中間にある。


 その半月後の瑠璃月の最後の日が、リュシオンの誕生日だった。


 こちらは瑠璃月の暁日である。


 瑠璃月暁日が過ぎて、翌月に入ると本格的な夏が始まる。


 暦の上で瑠璃月は初夏を意味する夏の始まりである。


 エディスが産まれた頃は、丁度春の盛りだった。


 色取り取りな花が綺麗な季節でもあり、リュシオンの象徴花、蒼月華が一番美しい盛りを迎える時期だ。


 その年、最も美しい蒼月華が満開を迎えた日、伝説の聖女はこの世に生を受けた。


 彼女の誕生日を祝福するかのように、一斉に咲き誇る蒼月華が綺麗だった。


 あの年以来、一番美しい蒼月華は、必ず蒼月の聖日に咲く。


 幻の花とも言われる珍しい花なのだが、王宮ではよく目にすることができる。


 なにしろリュシオンの象徴花(それぞれの神帝には、必ず象徴花が決められるのだ)だから、王宮から蒼月華の花が消えることはない。


 幼少の頃よりリュシオン自身が、最も愛でた花なのだが、最近はこの花を見る度にエディスの顔が浮かぶ。


 蒼月華の儚げでいて凛とした潔さを秘めた美は、エディスの美しさに似ている。


 透き通るような蒼い色も彼女の瞳を彷彿とさせる。


 埒もないことばり考えている自分に気付き、苦笑する今日この頃だった。

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