第13話
「なんのことかわからないな。わたしの臣下がなにか無礼な真似でも?」
惚けているのか違うのか、今のリオンにはわからなかった。
またそのどちらでもよかった。
知らないでは済まない。
それが王という立場であることくらい、レオンも重々承知しているだろうから。
「わからないならいい。父さまがどう思おうとぼくは言い逃れなどさせない。敗者を蔑む真似はしたくないが、あなた方のやり方はあまりに汚い。そちらがその気ならこちらも迎え撃つまで。兄さんが大人しく振る舞っているからといって付け上がらないことだ、レオン王。足下を掬われないためにも」
リオンは怒らせないようにしよう。
こっそり誓うディオンであった。
普段は大人しい弟が、一度キレるとこれほど容赦がないとは思わなかった。
ディオンは父親の祝いの日だから、表立ってやり合う気はなかったのだ。
リオンにはそういった遠慮さえなかったらしいが。
「……やはりあなたも陛下のお子だ。フィル・リオン皇子」
なにを思ったのか、そう言って笑ったレオンにディオンは複雑な顔を向ける。
背後に父親の姿を見つけたのは、その直後だった。
「レオン? 来てくれたのか?」
親しい友人でも見付けたような声音に、レオンが苦笑して振り向くのが見える。
ディアスは好意を隠そうともしない。
自分に正直な彼らしい態度だが、レオンにとって少しばかり苦手な反応かもしれない。
なんとなくそんな気がした。
「この日ばかりは着飾るのが苦手なディアス殿も避けられないと見えるな」
派手な格好をしたディアスを見てレオンは苦笑する。
「そんなに笑うなよ。らしくないのは俺が1番自覚してるんだから。それより」
子供たちふたりを見比べて、ディアスはすこし瞳を陰らせた。
「子供たちとなにかあったのか? 深刻そうな雰囲気だったけど」
「いや……別に。お祝いを述べていただけだ」
「レオンが? 気味が悪いな」
「酷いな」
遠慮のないディアスの言葉にレオンがまた苦笑する。
口許に浮かんだ笑みが本物に変わるのをディオンは不思議な気持ちで見ていた。
「まあいいや。まだ時間があるから久し振りに部屋に来ないか? ゆっくり話したいしさ」
「今日の主役がのんびりしていて構わないのか?」
「構わないさ。いつものことだから」
呑気とも大胆とも取れる発言にレオンは絶句する。
そんな彼の肩を抱いてディアスは踵を返した。
立ち去るそのときに片手をヒラリと振ったのをディオンは見逃さなかった。
中庭でガサッと草を踏む音。
取り落とされる弓矢。
周囲の葉を濡らした血飛沫にディオンは呆気に取られて父親を振り向いた。
そのときにはもう背中も見えなくなっていたけれど。
「あれはぼくらの会話が聞こえていたね、父さまは」
呆れたようにそう言ったのはリオンだ。
すべてのやり取りを見ていて毒気の抜けた顔をしている。
「わかっていてレオン王を連れ出したんだ。なにも知らない顔をして。そしてたぶんレオン王も気付かなかった刺客を始末していった」
「父上がそう振る舞ったってことは、刺客の件にレオン殿は絡んでいないということか」
「はじめから妙だとは思っていたけどね。暗殺はレオン王のお家芸じゃないと思う。むしろ正面から宣戦布告を掛けるような人だと思うよ」
「でも、奴らはリーン国民だ。オレが仕留めた刺客の中にはレオン殿の側近もいたんだ」
小さい頃から何度となく刺客に狙われていたディオンである。
まだ戦闘すら知らない頃から、何度も生命を狙われて自然と戦い方が身に付いた。
負けず嫌いな性格も手伝って狙われたときには3倍返しを鉄則としている。
それに……何故だろう?
初めて襲われたとき、ディオンはほんの子供だった。
たまたま城下町にお忍びに出ていて、もののついでとばかりに少し遠出したときのことだ。
いきなり5人の男たちに襲われた。
そのとき興味本位から剣を持ち出していたことが幸いした。
ディオンはとっさに柄に手をかけ、生まれて初めて剣を扱ったのだ。
なのに……ディオンは戦い方を知っていた。
考える前に身体が動いたのだ。
敵の攻撃に対してどう動くべきなのか、どう反撃するべきなのか、考える前に身体が動いてくれていた。
幼さを理由に剣の稽古もまだ始まっていなかった頃の話である。
どう考えても奇妙だ。
これを知っていたのかどうか知らないが、ディアスはこれ以後ディオンに本格的に戦闘指南を始めた。
まあ泣き寝入りするタイプじゃないし、やられたらやり返せという性格な上に3倍返しが鉄則だったから、実は父親に打ち明けたことがなかった。
神帝の威光を借りるみたいで嫌だった。
どうやらディアスはすべて知っていて黙認してくれていたようだが。
いや。
むしろレオン王ですら抑えきれない一部の臣下たちをディアス自身が牽制しているのかもしれない。
ディアスの目が行き届いている場面では、一度も狙われたことがない。
その事実が証明しているような気がする。
さっきの刺客にしても、主人についでディアスまで現れたせいで、行動に移せなかったようだし。
「それにしても未だに生命のやり取りをしている相手に、よくああも無防備に好意を示せるよね。父さまの器の大きさには参るよ、ほんと」
それだけの力を持っているからだと、ひねた解釈をするのは簡単だが、偏にあれはディアスの性格だ。
戦場での殺し合いは殺し合いとして受け止めて、個人的感情までは縛らない。
怨恨を残さない。
だからこそ彼についていく人々がいる。
受け止めて許容することを知る人だからこそ。
「オレはむしろ息子が狙われていることを知っていて、その黒幕に好意を寄せる父上の厚顔さに呆れるね」
「あれ? 父さまが庇ってくれなかったから怒ってるの?」
一瞬とても複雑な顔をしたディオンは無言で踵を返した。
弟を見捨てて歩く背中に押し殺した笑い声が響く。
しかし激情型の世継ぎの皇子は絶対に振り向かなかった。
すべては時の彼方の伝説の一幕。
英雄王が君臨していた時代に人々は確かに生きていた。
それは神話ではなく現実なのだ。
英雄王が残した足跡もまた。
実名さえ残っていない祖王の御名をディーン・ディアスといった。
その嫡男の名をエル・ディオン。
後の2代神帝であり苛烈王の異名で知られる少年だ。
そして年齢の離れた弟皇子の名をフィル・リオンといった。
フィル・リオンはリオンクール公爵家の間接的な始祖となる運命を背負っている。
この時代にはエルシオン侯爵は実在していたが、リオンクール公爵家は実在していなかった。
だから、リオンが間接的な始祖なのである。
彼の婚姻がリオンクール公爵家の登場に繋がる。
そして彼らの末の妹姫、英雄王が最後に得る子供の名をリーズ・ロヴィンという。
彼女は後に臣下に降下してエルシオン侯爵の侯妃となる。
父親の永い在位の後にようやく即位したエル・ディオンは、代替わりした直後にリーン王国と開戦する。
後世に名高い「ディオンの戦」の開幕である。
あまりに突然の開戦劇とその容赦のない攻勢で、苛烈王の異名を取った少年は父親に勝るとも劣らない名君として名を馳せる。
苛烈王の傍らには名補佐役と呼ばれた弟皇子、フィル・リオンの姿があったという。
伝説はそんな彼らの真実寝姿を伝えないが、受け継がれていくものは実在する。
それは目には見えず形にならないものかもしれない。
しかし祖王が残したものは現在にまで受け継がれているのだ。
それはディアスの面影を色濃く宿す7代神帝リュシオンの存在であったり、鎖国を徹底するリーン王国であったりするが。
時が流れすべてがうつろい、なにもかもが変わっても変わらないものがあるのだろうか。
語られない伝説の向こう側に……。
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