第11話
リュースがその話を聞いたのは3日後のことだった。
ジェノールが秘書官としてリオンクール公爵をはじめとする三大実力者たちと会議を重ねた結果、当事者に話が通されたのだ。
祖王の聖誕祭まで後1週間後に迫ったある日の夕暮れ。
まさにそれは青天の霹靂だった。
「ちょっと待ってくれよっ!! 俺が祖王役を演るっ!? 冗談だろっ!?」
思わず立ち上がり悲鳴をあげたリュースに秘書官は軽く首を横に振る。
それだけでリュースはスッと青ざめた。
傍らの秘書官の嫡子にしてリュースの親友、アリステアが不安そうに皇子を見守っている。
ふたりとも例年通りリュシオンが演るものと信じて疑っていなかったのだ。
「皇子はまだ公式行事に御出座しになったことがございません。民は聖誕祭の折りのご挨拶でしか、皇子のお姿をお見かけしたこともないのです」
「それはそうだけど」
記念の儀式(儀式年齢で10歳を意味する)を迎えていないのだ。
それまでは半人前扱いだから、大事な行事からは外される。
それは当然の結果ではないのか?
儀式を迎える前に帝位を継いだリュシオンの方が異例なのだ。
感想が顔に出ていたのか、珍しくジェノールが柔らかな笑みを見せた。
「陛下はそろそろ良い時期だと申されました。皇子が民の前に御出座しになるに相応しい時期だと」
「……でも、いきなりこれはないよ。皆親父殿が演るものだと思って期待してるんだ。俺が演ったら絶対に失望されるよ。無理だって」
この際リュシオン以外のだれがやっても同じなのだ。
皆リュシオンが祖王に扮して行進することそのものを待ち望んでいるのだから。
無理だと全身で主張する皇子にジェノールはちょっと意地の悪い笑みを投げた。
「おや。民を納得させる自信がないのですか? 世継ぎの君ともあろう御方が」
嘲笑を含んでいるような挑戦的な問いだった。
一瞬鋭い視線を投げたリュースに、ジェノールはわざと不敵な笑みを浮かべる。
「陛下は民を納得させるのも、皇子の手腕であると仰せでした。それもまたあなたの裁量ひとつで決まると。陛下が祖王陛下を演じられない。ただそれだけの事実を民に納得させる自信もお持ちになれないとは、世継ぎの君として情けないとは思われませんか?」
「ジェノール。いくら秘書官だからって言い過ぎだろう。それは。俺をだれだと思ってるんだ?」
舐めるなと普段は高い声を低くして恫喝するリュースにジェノールは素知らぬ顔だ。
父親がわざとリュースを挑発していることに気付き、その度胸の良さにアリステアは密かに感心する。
さすがは秘書官だ。
「聖誕祭の成否はすべて皇子の手腕に掛かっているのです。自信が持てないようでしたら、ご自分でお父上にご辞退ください。その判断は陛下が直接下されるでしょう」
耳に痛い科白だった。
辞退したときリュシオンが世継ぎとしてのリュースに失望することまで暗示してある。
息子を信じて任せた大役をやる前に逃げ出したとあっては、寄せられた期待を裏切るも同じ。
そのときはどんな言い訳も通用しないだろう。
失った信頼を回復するのは用意ではあるまい。
大好きな父親に失望され、信頼されなくなるのは絶対に嫌だった。
そんなことはリュースの自尊心が許さない。
リュシオンはできると信じたから、リュースに祖王役を回したのだ。
寄せられた信頼を裏切ることはできなかった。
「演るよ、演ればいいんだろうっ!!」
自棄になったように怒鳴り乱暴に椅子に腰掛けたリュースを見てジェノールが声を殺して笑う。
そこで初めてリュースは嵌められたことに気付いた。
唖然とした顔を秘書官に向ける。
「ではそのように陛下にご報告申し上げます。詳しい打ち合わせは後程」
言いたいことだけ言って、さっさと踵を返した秘書官に、リュースは呆れた声を投げた。
「ジェルはいっつもその手で親父殿を丸め込んでるわけか?」
扉に手を掛けて半開きのまま振り向いたジェノールが苦笑した。
「人聞きが悪いですよ、皇子。これは正式な駆け引きです。それをお忘れなきよう。政治とは狐と狸の化かし合いなのですから」
面と向かってそんなふうに言われると、リュースにも返す言葉がなかった。
肩を震わせて笑いだしたリュースに軽く一礼すると、今度こそジェノールは扉の向こうに消えた。
笑い転げる皇子を眺めつつ、アリステアは父親の手腕に感心していた。
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