第5話




 7代神帝は所謂先祖返りした異端児であった。


 リュシオンの父親は6代神帝。母親はその正妃であり、紛れもない嫡流筋の皇族である。


 6代神帝には正妃と第二妃がいたが、正妃にはリュシオン以外に子供はいない。


 それはなにも6代神帝に限ったことではなく、祖父である5代神帝もそうだ。


 4代の世継ぎ時代から解消不可能な婚約制度が始まっていて、世継ぎの皇子はだれを愛しても報われない。


 そのため、本当に愛した女性を第二妃に迎える慣習があった。


 つまり正妃は形だけの妃であり、第二妃こそが時の寵姫を意味する。


 そのせいか正妃が産むのは常に世継ぎの君ひとりだが、第二妃が産む皇族は複数存在した。


 寵愛が偏ってしまうのは避けられない事態であるが、王位継承に関してはそうも言っていられない。


 正妃の子供しか皇子や皇女を名乗ることは許されず、第二妃の産んだ子供たちは必然的に分家扱いを受ける。


 継承権を持てるのも正妃の子供だけと定められていた。


 逆に言えばそんな掟でも定めなければ、神帝の寵愛は第二妃の子供たちの方に偏るという現実をも意味する。


 リュシオンのときも同じで彼は正妃の息子であるが、第二妃に当たる女性には他にふたりの姉君がいた。


 世継ぎの誕生が絶望視されていたせいで、そのふたりの姉妹の内のひとりが、皇家に迎えられている。


 つまりリュシオンにとっては、ふたりとも片親の違う姉であった。


 ふたりの姉は姉の方が母親似で、皇家に引き取られた妹の方は父親似であった。


 父親と同じ蜜色の髪に藍色の瞳を持つ美少女だ。


 そのため姉の方ではなく彼女が引き取られる結果になっていた。


 6代神帝は蜜色の髪に藍色の瞳。


 その正妃は亜麻色の髪に緑の瞳をしている。


 つまりリュシオンはどちらにも似ていないのだ。


 幼い頃、彼は自分のことを「鬼子」と呼んだものである。


 血の繋がりを全く意識させない外見。


 両親になにひとつ似ていない自分。


 それでも間違いなく皇族だと主張するものを彼は生まれながらに持っていた。


 祖王から受け継いだ初めての黄金色の髪と神格の蒼い瞳という揺るぎない現実を。


 始祖たる祖王を絶対的な位置に据えた皇家では、これ以上の証はなかった。


 ましてリュシオンは美の化身と伝えられる祖王に匹敵する美貌を持っている。


 すこし大きめの蒼い瞳が印象的な甘い顔立ち。


 その美貌は意識する前に視線が止まってしまうほど艶やかで、実に華やかなものだった。


 瞳に浮かべる色は優しく、とても柔らかい印象の強い美貌の持ち主だ。


 全体的に華やかで優しい印象の強い美少年である。


 身長だけは高いが少年としては華奢な肢体。


 筋肉なんてついているようには見えない腕と長い脚。


 首筋の細さが肩幅の広さを強調するアンバランスな魅力。


 長身で少年としてはかなりの細身に属するが、プロポーションなどは同性が羨むほど完璧だった。


 16、7で成長の止まった若々しさも、彼の美貌を引き立てている。


 少女なら一度は憧れる。


 理想の少年を体現する、それがリュシオンであった。


 おまけに剣技も素晴らしく、普通の男性よりも男らしい一面を持つとなれば、異性に人気の出ないはずもない。


 呆れることだが「憧れの君」または「同性の敵」との異名を7代神帝は持っていた。


 王宮に訪れることのできる異性に訊ねれば、百人中百人ともが初恋はリュシオンだと答えるほどである。


 本人は誘っているつもりもなく、普通に振る舞っているだけだから、頑として認めないが周囲には「たらし」で通っていた。


 なにもしていなくても、これだけ異性に好かれれば、そう言いたくなるのが人情というものであろう。


 リュシオンにしてみれば「失礼な」と、愚痴のひとつでも言いたいことではあったが。


 本人は異性を口説いているつもりもなければ、そう仕向けているつもりもない。


 ただ普通に振る舞っていて、そんな結果を招くだけだから、そういう言い方をされるのは不本意なことだった。


 しかしながらこれだけ異性に人気のある神帝なのである。


 正妃を亡くしたからといって候補に困るわけもない。


 名乗りを上げる女性には不自由しない境遇のせいで、とにかく次の妃をとせっつかれる。


 例外的に不老不死で生まれたのも悪かった。


 永久に若い少年の姿で、また自我も少年のままで止まっているのだ。


 その気になれば何人の妃を迎えても不都合はない。


 おかげで断っても断っても厄介事は後を絶たず、リュシオンも辟易している。


 別に純愛を捧げているつもりもないし、潔癖すぎて異性を苦手としているわけでもない。


 寝台でのことをきらっているわけでもなく、正直に言えば断る理由は思い浮かばない。


 肉体的に答えるなら、リュシオンも16、7の少年なのだ。


 健全な少年なら、そういったことに興味のないはずもない。


 人並みに異性に興味を持つことはあるし、綺麗な女性を見ればそれなりに目を奪われもする。


 しかしそこから先に感情が進まないのだ。


 これはだれにも言えない理由だ。


 その気になれない事情というものに本人は心当たりがあるし、秘書官や姉の夫である義兄の侯爵などは、はっきり悟ってもいるだろう。


 リュシオンにはそういう問題でトラウマがあった。


 今のリュシオンには、どんな令嬢でも同じに見える。


 全員が同じに見えるから、魅力などは感じないのだ。


 どんなに望まれてもだれも愛せない。


 心に残る面影を忘れられないかぎり。

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