第2話




 ―――初代神帝は伝説の英雄。





 その祖王の血を受け継ぎ、代々の皇族は世界を統治してきた。


 祖王は伝説色の強い神話の主人公。


 彼は不老不死であったと伝えられている。


 不老不死の終わらない生命を捨て、存在しない伴侶を創造した英雄王。


 その伝説が事実なのか、代々の皇族はすべて長命であった。


 不死に近い寿命を持ち死ぬまで若々しい外見を維持する皇家。


 精神年齢や自我までが特殊な皇家は個人差でその年齢が決まる。


 皇子が父親を越え、大人へと成長することも常識だった。


 ほとんどの者が大人になる前に成長を終えるものの、子供だからといって親より年少で終えるとは限らないのだ。


 だからこそ、皇家は特殊な状況下におかれ、その扱いや年齢の数え方にしても異端であった。


 少年のような覇王を戴く世界。


 祖王の名残を残す覇王の家系。


 しかし永い歴史を積み重ねてきた皇家も、祖王を除き5人の代替わりがあったが、そのあいだ祖王の特質を受け継いだ皇子も皇女も存在しなかった。


 祝福の黄金色の髪を持ち、ただひとりと言われた神格の蒼い瞳を持っていた美の化身。


 不死の寿命を抱く祖王。


 彼を思い出させる皇族はひとりとして誕生しなかったのである。


 不死に近い5人の神帝が代替わりする悠久の時が流れても。


 そうして6代神帝が覇王の座に即位し、ひとりの皇子が生誕する。


 後に祖王の寵児と呼ばれ、再来とまで呼ばれることになる聖皇子。


 ただひとり祖王と同じ色の髪と瞳を持って産まれ、正真正銘の不老不死として生誕した世継ぎの君。


 彼こそが後に名君と呼ばれる、7代を継ぐべき聖皇子リュシオンである。





 窓辺に佇み見るともなしに外を眺めているのは、黄金色の髪に蒼い瞳を持つひとりの少年。


 通った鼻筋にすこし大きめの瞳。


 華奢な首筋を更に細く見せる少年らしい肩幅。


 憂いを帯びた横顔は、筆舌にしがたいほど美しい。


 紛れもない美少年。


 年の頃は16、7といったところだろうか。


 身長はすこし高いが(178といったところか)どちらかといえば、童顔に近い顔立ちのせいで、あまり年齢を感じさせない。


 不思議な美貌の持ち主である。


 しかし両腕を組んで外を眺める横顔には、幼い少年には決してできない大人びた憂いがあった。


 それが更に彼の年齢を不明にさせる。


 落ち着いた色を浮かべる蒼い瞳も、年齢に似合わぬ成熟さを併せ持つ。


 華奢なと言い換えても差し障りのない細身の肉体を持っているが、全体的なバランスは整っていた。


 均整の取れた肉体を所持していて、少年らしい美としては最高と思われた。


 少年期にしか持てない美。


 彼はまさに至高の美を与えられた少年であった。


「陛下」


 遠慮がちな声がして、ふっと彼が振り向いた。


 扉のところに立つ彼より7つは年上に見える青年は、気心の知れた幼なじみだった。


「すっかりその呼び方が定着したみたいだな、ジェル」


 苦笑気味の柔らかい声が、彼の主人から発される。


 ジェルと呼ばれた青年は困ったような美苦笑を返した。


「そろそろ謁見のお時間です。お出まし願えますか、神帝陛下」


 名を呼ばれ彼は……現神帝は目を伏せる。


 望んで得た帝位ではない。


 それでも受け入れたのは紛れもなく自分。


 あのとき、現実を受け入れることができずに、屈することを選んだのも自分なら、父親が自決したときに帝位を継ぐことを受け入れたのもまた自分。


 避けられない運命の流れなら、受け入れて耐えるしかない。


 この髪と瞳の色を持って産まれた以上、呪縛される自分の運命から、帝王という生き方から、逃れることなどできはしないのだから。


 生きるしかない。


 生きていくしかない。


 臣下たちが望むように神帝として。


 祖王の血を受け継いだ、それが俺の報い。


 恋人を捨てることを受け入れたそのときから、俺の罪は始まっている。


 逃げられはしない。


 どれほどの罪でこの手が汚れても。


 ゆっくりと顔をあげる。


 7代神帝を名乗る前の世継ぎの君、リュシオン。


 父親の自決により、彼は史上最年少で神帝の位を受け継いだ。


 逃れられない運命の渦の中で、彼はまだ幼い少年でありながら帝位を継ぎ、現在では世継ぎをも得た未成年の父親でもあった。


 兄弟程度しか年齢の離れていない親子。


 しかし産まれたばかりの皇子にすでに母親はない。


 婚礼をあげ皇子が生誕した直後に崩御したのだ。


 こうして7代神帝リュシオンは、帝位を継いだ直後に皇子を得たが、同時に正妃は失ってしまった。


 未だ幼い神帝リュシオン。


 後に彼は知るだろう。


 己の運命の行く先に待つ、ただひとりの運命の女性を。


 ―――因果応報。


 その言葉の重みを身をもって知るだろう。


 祖王の再来と呼ばれ、その宿業を生まれながらに背負った7代神帝は。


 運命は彼の誕生と共に動き出していたのだから……。


 振り返ってはならない思い出がある。


 考えてはならない現実も。


 あの日の出来事をリュシオンは二度と考えるまいと誓った。


 あの瞳に囚われた瞬間の運命に似た出逢いを。

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