第30話 この星を滅ぼすために

 ~~


 サビスナドケイ。・・・時の流れを錆び付かるから、サビスナドケイ。この星の微小構成体ナノマシン技術は、何者かがこの星に持ち込んだその謎の砂時計の砂を調べるところから全てが始まったのだと、俺が幼いころに父・・・先代三陸王から何度も聞かされた。結局何故その装置が時空の流れを止めることが出来るのかは分からなかったが、その過程で得られた恩恵は、この星にとてつもない利益をもたらしたのだ。


 それはこの星の気象を司り、あるいは龍をも絶滅に追い込み、そして・・・銀河を支配しかけるほどの力を我々に与えた。まさに神のごとき所業だった。その手に余る力に陶酔し、銀河支配の夢を諦めきれぬ一部の者たちが、星と運命を共にする者たちに紛れてこの”見えざる兵器”の研究をつづけた。その時の研究者団をまとめ上げた人物が、俺の直系の先祖に当たるのだという事も、父から教わった。そして代々の王に倣って、父が死ぬときにこの時計を渡された。必ずあれを完成させるのだぞという遺言と共に・・・そして俺は、この星の王を継いだ鎖につながれた


 俺は王になってからこの装置を早く完成させるため、納電量を上げて、研究に目いっぱい電気が使えるようにした。少々上げ過ぎたかとも思ったが、その時にとっておいた余剰電力は直下原発稼働停止を民にも切断者たちにも気づかせないために大いに役に立ったので無駄ではなかった。少々電圧が足りなくなって停電ブラックアウトもたびたび起こしたが、ここまでくればもう何も心配は要らない・・・”デルタクロン”はすでに完成したのだからな。


 この星の運命など、この星に選んで残った民の事など、もう考えなくてよい。もとからこれっぽっちも考えていなかった気がするが・・・すべては俺をこの星に縛り付けたを解き放つため・・・そして、ようやく・・・俺は自由になれる・・・!


 ~~


 王宮の様子はまるきり変わっていた。ぱっくりと二つに割れた王宮の中からは、天に向かって旅立ちの時を今か今かと待っているロケットがその図体を大きく見せつけていた。そのロケットへの搭乗口へと、宇宙に出るというのに全くの軽装でとぼとぼと歩いていく人影こそ、この三大陸を統べる王リアスなのだ。


 エアロックまでの搭乗レーンは屋根がなかった。彼が生まれるずっと前から王宮の地下に眠っていたロケットを使うときはどのみちこの星が滅びる時、というのでわざわざつける必要もなかったからだ。制御を失い、もとの姿に戻らんとしている空を見上げていたリアス王は、ふと、後ろに気配を感じた。


「・・・」

「ほう、どうやら間に合ったらしいな。切断者。」


 振り向けばそこには、切断者ギロチンが一人、リアスを睨んで立っていた。リアスから大分離れてい入るが、手には高熱度振動剣の他に開封済みの赤い袋がだらりと垂れさがっているのが見える。


「言っておくが、お前は余を斬れぬ。そのことは既に承知の上で、余に挑むのか?」

「・・・この星は、滅びなければならない・・・お前もだ。リアス・・・いや、デルタクロン」

「ふっ、余がその体を究極の惑星風邪に遺伝子書換アップデートしたという事を知っておきながら、余に挑むというのなら貴様は愚かだ」

「・・・」


 ギロチンは、高熱度振動剣を構えた。あくまでもリアスを斬るつもりという意思表示だ。それを認めたリアスは、にやりと口角を上げて、腕を天高く上げたかと思うと、その直上に雷雲、雨雲、雪雲を呼び寄せた。


「どうしても戦うというのなら、存分に相手してやる!己の愚かさを身をもって思い知るがいい!!」

「・・・斬るッ!」


 ギロチンはゆっくりと、しかし確実に倒すべき敵の方へと足を進めた。リアスは己の体を形作る微小構成体ナノマシンを使って天候を操り、ギロチンに向かってありとあらゆる気象攻撃を食らわせた。


 雷鳴。稲光がギロチンに向かって降り注ぐが、高熱度振動剣で受け流されて火花となって周りに飛び散り、王宮の装飾に引火した。やがてそれはごうごうと燃える炎となりて切断者の行く手を阻むが、それでも彼は歩みを止めなかった。


 豪雨。先ほどの豪炎を消し去るほどの、天から降り注ぐ水の機銃掃射は濁流となって切断者を押し流さんとしたが、ギロチンはその流れを手刀で断ち切った。そして、また一歩一歩確実にリアス王に迫った。


 吹雪。氷点下の結晶がずぶぬれのギロチンの体にまとわりついて彼を封じようとするが、あれから凍結対策を皆と共にその体に施した彼の動きをやはり止めることは出来なかった。そして、とうとうリアスを斬れる十分な位置で彼は高熱度振動剣を起動した。


 キュイイイイ・・・


「ふっ、つくづく貴様は愚かだ・・・忘れたのか、余にはこれがあるという事を・・・」


 リアス王は、サビスナドケイをギロチンの目の前で掲げた。もちろん、彼はその装置がどういうものなのか知っていた。それを教えてくれたのは、”彼”が与えた赤い袋だった。そして、彼は高熱度振動剣のエネルギーを、限界までその刀身に溜めた。


[振動剣:禁圧解除オーバーロード

[非推奨]

[非推奨]

[非推奨]


 エネルギー負荷がとうとう限界点を越えるか超えないかという所で、ギロチンは大地を強く蹴り、大空へと飛び上がった。そして・・・リアスに向かって、火花を散らして赤い光をさらに強めた自分の得物を大きく振り下ろした!


 ヴヴン!!


 ギロチンの放った渾身のエネルギー切断波は、リアス王めがけて真っ逆さまに放たれた。リアス王はそれを一瞥すると、けだるそうな顔でサビスナドケイを起動した。


 カチッ・・・


 あの時と同じく、リアス王は悠々とギロチンの攻撃を避けようとした。二番煎じ、と心の中で文字が浮かんだが、それはまるで愚痴のようなつぶやきに変換された。


「結局、こうなるのだ。余を斬れるものはこの世にはおらん・・・」


 ヴヴヴ・・・


「ん?」


 音がする。何の音だ?リアスは音の方向を見上げた。上には振りかぶったまま静止しているギロチンの姿と、彼が放った渾身の一撃が・・・動いていた。


「なん・・・だと!?」


 この時空停止空間はこのサビスナドケイを作動させたものしか動けないはず・・・これを放った当の本人は静止したままだが、そのエネルギー波は確かに動いていた。時空を停止させる前から速度を全く落とさず、リアスへと向かってきていたのだ。まるでこの空間を、時空停止という障壁を切り裂きながら・・・


「そんな・・・有り得ぬ・・・!!」


 ジジジ・・・バチン!!


 時空停止が解除されたとき、ギロチンは地面に降り立っていた。高熱度振動剣は先の禁圧解除でダメージを負って、故障してしまった。だが・・・彼は、とうとう成し遂げた。かろうじて息があるものの、胴体を真っ二つに切られて仰向けに倒れ、微小構成体の組成が崩壊しかけているリアス王が、その何よりの証左であった・・・


 ・・・


 謁見の間では、メイデンとミャコナの死闘が続いていた。メイデンはいま、王宮が変形した影響で崩れた柱の陰に隠れてミャコナの目を欺いていた。状況はややミャコナに傾きかけていた。


「姿を隠しても無駄ですわ、。隠れていても獣は臭いで分かりますのよ」


 ミャコナがメイデンにゆさぶりをかけるも、彼女は動じない。動くことが出来ない。彼女は今、己の武器を使うことが出来なかったのだ。ミャコナは自分の鋼鉄針が、空気中の鉄分を利用して造換することを知っており、自らの微小構成体を操って大気中から鉄分をまるごと除去してしまったのだ。鉄分が無ければ、いくら体毛があったところで鋼鉄針を造換することが出来ない。


「くっ・・・どうしたものかしら・・・」

「おとなしく降伏したほうが貴方の為ですわよ。しょせんあなたはのネズミ。同じ戦士なら潔く、腹をくくりなさい!」

「・・・袋・・・!!」


 ミャコナの一言で、メイデンは自分が”彼”からもらった青い袋の存在を思い出した。

 すぐさまそれを取り出して中身を開封してみると、中から二つの小袋と、小さな手紙が出てきた。小袋の片方には、赤い砂のようなもの、もう片方には・・・「毛」が入っていた。


『鉄分補給は大事です。特にメイデンさんなんかは、一時も欠かせませんよね。赤い砂は砂鉄です、針一本分くらいなら造換できると思います。それともう一つの袋の毛は・・・本当にごめんなさい。龍潜洞の時の”あの毛”です。隙を見て勝手に抜き取ったことをどうか許してください・・・』


「龍潜洞・・・ふふっ、そういう事ね。」


 メイデンは微笑すると、なんとその袋の中身を口の中へと含んだ。


「(おそらく、あの女の鎧も龍の鱗・・・確実に討つためには・・・やはり内部から・・・!)」

「いい加減姿を現しなさい!貴方は鋼鉄針を造換できない以上、どのみち敗北するしかないのですよ!」

「・・・ここよ、私はここよ」


 そういうと、メイデンは何を思ったかミャコナの前に姿を現し、両手を上げて進み出てきた。ここまで来ておとなしく降伏するというのだろうか?


「どうやら、私の負けのようね。このとおり素直に降参するわ」


 そういって出てきたメイデンに対し、ミャコナは最初から素直に降伏しておけばよかったものを・・・とため息交じりに呟いたが、剣は納めず、むしろその刀身にエネルギーを充填した。


 ヴィム!


「いよいよ踏ん切りがついたみたいですね、針千本。・・・ご安心なさい。潔く降伏を受け入れた褒美として、なるべく一発で仕留めて差し上げます」

「それは有難いわね。・・・何ならついでに、一つ質問に答えて貰えないかしら」

「・・・良いでしょう。冥途の土産になんでも答えてさしあげます」

「あなた・・・ファーストキスはしたことある?」

「・・・は?」


 ミャコナは、あまりにも唐突で場違いな質問に一瞬目が点になった。


「・・・意味がよく分かりませんが・・・」

「はいかいいえで答えて。・・・したの?」

「・・・いいえ」


 ミャコナは、時々リアスと”そういうこと”をするものの、なぜかキスだけはしたことが無かった。それを聞いたメイデンは、なぜか・・・笑みを浮かべていた。


「そう・・・じゃあ、これが最初で最後、という訳ね・・・」

「・・・え?」


 メイデンは彼女が答える隙も与えず、とっさにミャコナを突き飛ばし、その上に覆いかぶさった。そして・・・なんと、唇を重ねたのだ。


「・・・!!」


 ミャコナはあまりにも突然の出来事に、自分の口内に入ってくるメイデンの舌と、それに押されてはいってくる砂の塊のようなものの侵入を止めることが出来ないほど動転し、そしてそれをごくんと嚥下してしまった。彼女はメイデンを突き飛ばしたが、もはや手遅れだった・・・!


「ぷはぁっ・・・な、何を・・・!!」

「ふふ、今私があなたに口移ししたものの味、どんな味だったかしら?」

「どんな味って・・・鉄のような味・・・ま、まさか!!」

「もう遅いわ!!」


 ジャキン!!


「ぐぅえっ!?・・・ば、馬鹿な・・・」


 砂の塊は砂鉄。そしてその中には、彼女の・・・”あの毛”が入っており、メイデンはそれを彼女が嚥下したのを認めたと同時に鋼鉄針へと造換し、ミャコナの体を龍泉洞の時の龍と同じく内側から貫いたのであった。その針は、見事に心と脳髄を同一直線状で貫いた。


「私の”はじめて”をあなたの妹たちに奪われた、お返しよ」

「ぐっ・・・ごぼっ・・・」


 ミャコナは、大きく血反吐を吐き出すと、そのまま倒れこんで動かなくなってしまった。同時に、彼女の剣を構成していた微小構成体は、さらさらと砂に帰したのである・・・


 ・・・


「だめだぁっ!!どうしても冷却循環装置のプログラムが作動しない!!」


 王都直下原発の制御室に一人残ったファラリスは、目の前の原子炉のメルトダウンを防ぐためにどうにか奮戦していたが、状況はよくなるどころか、悪くなる一方であった。あの急激な熱量上昇の原因が、微小構成体によるものであることは突き止めたものの、そこから先は二進も三進もいかず、まさしく八方ふさがりの状況だったのである。ファラリスは頭を抱えていた。


「あぁ・・・どうしよう・・・せめてあのナノマシンさえ止められたら・・・でもその手立てがない・・・」


 もはやここまでなのか。今頃、メイデンとギロチンは自分を信じて戦っているというのに、自分はメルトダウンを防げそうにない。・・・あんなにかっこつけてここへ残ったのに、このざまとはなんて情けない・・・ファラリスは天を仰いだ。制御盤は燃料棒の熱量上昇を警戒する黄色い信号をずっと出し続けている・・・


「・・・ん?黄色・・・そうだ!!」


 ファラリスは、決戦の前に”彼”が残していった、黄色い袋を取り出した。藁にも縋る思い出、彼が中から取り出したのは、何やら白い粉が入った小袋と、”彼”からのメッセージであった。


『実は、この星のナノマシンは基本のプログラムはほぼ一緒なんです。でも、俺たちが初めて会った時に使われた、温度差発電用の微小構成体はどうも特別製だったようです。これらは俺の腕についてた”残りもの”です。何かの役に立つでしょうか?』


「温度差発電・・・そうか、高温を低温に変換さえできれば・・・!」


 ファラリスは、小袋の中身を疑似網膜で走査し、微小構成体の高温冷却変換の仕組みをすべて解読した。そして、その構造データーを自らの体に転写インプットした。かなり特殊な構造であったが、熱を知るということは即ち冷も知ることと心得ていた彼にとってはそれは造作もないことであった。


 彼は急いで制御室を離れて、原子炉の目の前までやってきた。燃料棒がメルトダウンを開始するまで、もう時間がない。彼は原子炉に向かって小袋の中身をぶちまけた。既に彼の指令系統と同期していた微小構成体は、白いもやのようになってそのまま宙にとどまっている。

 ファラリスは、両手から発生させた赤外線を球状に編み上げて赤色電磁集積球レッドスパークを形成し、一か八か、その球を思いっきり投げ飛ばした!


「うまくいけばこれで・・・いっけぇぇぇぇ!!」


 ビシュッ!


 球は微小構成体を巻き込むと、すぐさま熱を吸われて超低温状態となり、そのままの勢いで原子炉へとぶつかった。それはまるで砂を詰めたガラス球を割るようにガシャンと飛散し、原子炉中に広がって周りの熱を一気に吸収していく。これこそがファラリスのねらいであった。


「やった!!上手くいったぞ!!」


 生ける氷はすぐさま原子炉を包み込み、燃料棒に熱を与える微小構成体の倍の速度で熱を吸収していくので、たちまち原子炉は美しい氷の彫刻へと姿を変えるのにさほど時間はかからなかった。万事うまくいった。すべてを見届けたファラリスは力なくへたり込んだ。


「はぁぁぁぁ・・・やった・・・僕はやったんだ・・・」


 メルトダウンは、間一髪で防がれたのである。だが、休んでいる暇はない。メイデンとギロチンのもとへ急がねば、とファラリスは立ち上がると、2人の待つ地上へと向かうため、原発を後にした。一目散に走り抜けていく最中に、どこからか声がしたような気がしたが、それを気にするほど彼に余裕はなかった。


「・・・お見事でした。ファラリスの兄貴。・・・さて、この星もここらで潮時かな・・・」


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