第28話 リアスの罠

 原子力発電所は、その構造上どうしても他の発電方法よりも大きな冷却設備を必要とする。だが、近くに海などの大きな水場があればそこからパイプで冷却水を取水し、ある程度は代替することが出来る。流石に都の発電所というだけあって正面や通用口などは絶対に入れないほど都市警備隊の警備が厳重であったが、流石に取水設備から侵入してくる可能性までは考えられなかったようだ。


 吸い上げられる水の流れ――この水は全て原子炉へ直通する――に身を任せて、銀河連邦の密使たちは容易に王都直下原発へと進入した。取水フィルターの手前でパイプが狭くなるので、密使たちはパイプに穴をぶち抜いて大量の水と共に外へ出ることになった。


「一応、パイプをふさいでおきなさいファラリス。さもないと・・・」

「燃料棒の冷却がまともに出来なくなって危険な状態になる、でしょ。流石に知ってるよ」


 発電所を含め、原子力エネルギーはすでに銀河連邦では博物館入りするほどの”お古”となっており、よっぽどの物好きでもなければそれら過去の遺産について知ろうとはしない。しかし、熱エネルギーを”おたく”と言われるまで、自らもそれを発生出来るようになるまで極めたファラリスはすでにその知識を頭に収めていた。


「原子力発電ってものすごい効率がいいのは確かだけど、ものすごいリスキーな発電方法なんだよ?地下とはいえそれをよりによって都市の、しかも王都直下に置くなんて僕が王様なら絶対認めないね・・・」

「・・・少なくとも津波や地震、そして人的ミスはこれまでなかったようね。遠い噂で聞いたのだけれど、それらの要因が重なった結果、少なくとも二回ほど原発で痛い思いをした星があるって聞いたわ」

「まあ、微小構成体ナノマシンで天気操ることに比べたら、原発の管理くらいどうってことないんだろうね・・・」


 そうこうするうちに、密使たちは大きな原子炉をこれまた巨大なスクリーンに映し出す原発の制御室へとやってきた。後はここへ重光線ビーコンを置くだけなのだが・・・


「・・・手薄すぎる」

「私も同じことを考えてたわ」


 決戦は目の前に迫っているというのに、どうもここまで物事が上手くいきすぎている。思えば、仮にも王都直下発電所だというのに都市警備隊が一人もいないというのはいったいどういう事だろうか。たとえ出入り口や資材搬入口、通用口を固めているとはいえ、数人程度は所内を巡回させておくのが自然だ。


「表さえ固めておけば、別に中まで警備する必要はなくなる・・・なんて、あのリアス王がそんな単純なわけないよね・・・」

「ええ。なるべく早く終わらせましょう。どうも嫌な予感がするわ・・・」


 制御室の中に収めらている機械はまだ動いているらしく、無機質なランプをそれぞれ点灯させて己の仕事を黙々とこなしている。3人だけではやけに広く感じるその室内の中央部にファラリスは重光線ビーコンを設置した。これさえ終われば、あとは地上に出てリアスを討つだけだが、どうもファラリスはこの発電所全体の不自然な静けさに違和感を捨てきれなかった。


「やっぱりおかしいよ、計画停電中とはいえ、いくら何でも静かすぎるんだ。」

「静かすぎる?」

「そもそも、原発は昨日今日停電するって言ってすぐに停止できるような仕組みじゃないし、何ならその間も燃料棒を完全に冷却し終わるまで、ずっとどこかしらの機械が動いてなきゃならない。それなのにここときたら、まるで何日も前から動いていないかのように静かなんだ・・・」


 ファラリスはそういうと制御盤を操作して、燃料棒の熱量を調べた。もし昨日の計画停電宣言が本当なら、まだこの燃料棒はそれほど熱量を失っていないはずだ。しかし、制御盤が表示した熱量は彼の予想をはるかに下回っていた。というより、この数値になっているという事は・・・


「ま、まさか・・・」

「どうしたのファラリス?」

「メイデン、この発電所・・・ずっと前から停止してる!!この熱量が明らかに昨日今日の停電で到達できる数値じゃないよ!!」

「ずっと前からって・・・じゃあなんで、今更計画停電なんて・・・」


「それ自体が、貴様らをおびき寄せる罠だったからだよ」


 突然後ろからが何者かの声が聞こえてきた。3人が素早く振り向くと、そこには・・・


「やあ、切断者諸君。カーマインの件以来だったな。」

「・・・リアス!!」キュイイイ・・・


 ギロチンはとっさに高熱度振動剣を起動するが、目の前のリアスは無駄だ、とたしなめた。


「今貴様らの目の前にいる余は立体映像だ。どんなに攻撃したところで当たらん。最も実際に対面した所で、当たる保証もないのは、先の件で知っておろうはずだがな」

「今丁度ビーコンの設置が終わって、貴方に会いに行くつもりだったのだけれど、そちらからわざわざ来るとは、よっぽど私たちの顔をみたかったのかしら?」

「ああそうさ、見たくてたまらなかったさ・・・貴様らの・・・悔しがる顔をな」


 リアスはそういうと、何やら通信装置のようなものを取り出して、装置の向こう側にいる何者かに命令した。


「作戦を第二段階に移せ。冷却循環装置を停止せよ」


 リアスがそう言った次の瞬間、ファラリスが表示していた燃料棒の熱量が再び上がり始めた。しかも、驚異的な速さで…


「何をしたの!?」

「なに、大したことではない。この発電所を君達を都ごと葬る巨大な時限爆弾にしたまでさ・・・」

「時限爆弾?一体何を・・・」

「原発というものは効率はいいがとても手のかかるものでね。一に冷却二に冷却、三四がなくて・・・といった具合に、とにかく冷却が大事なのだよ。それを停めて、燃料棒の熱が上がり始めたら・・・どうなると思う?」


 それを聞いたファラリスの顔は青ざめた。


「ま、まさか・・・炉心溶融(メルトダウン)させるつもりか!!」

「御名答。ひとたびメルトダウンが起こって核燃料が溶け始めれば、良くて水蒸気爆発、悪くて・・・核爆発でこの都は愚かな住民ごと吹っ飛ぶだろう。まぁその頃には余は既に宇宙へと飛び去っているだろうがな」


 そういうとリアスは高笑いをして、切断者たちを嘲った。


「さあどうする切断者・・・余をとるか?民を取るか?・・・どちらにせよ、貴様らはここへ来た時点で、敗北したのだよ。この私に。すべての努力が無駄になったな。ははは・・・」


 立体映像はそこで途切れた。既に今頃はリアスは逃亡の最後の準備を整えているころだろう。リアスを逃がしてしまえば、惑星風邪が再び世に放たれてしまう、しかし、このままここを離れたら、原発は爆発して都の罪なき人々に犠牲が出てしまう・・・


「くっ・・・どうすれば・・・!」

「・・・メイデン。俺は構わない・・・今はリアスを止める方が先決だ・・・多くの星々が救えるなら・・・多少の犠牲はやむを得ない・・・」

「ギロチン・・・」


 いつの間にかメイデンも、ギロチンと同じく”お人好し”になってしまっていた。出来れば皆救いたかった。だが、両方選択できるほどの余裕はもう残されてはいない。二つに一つだった。メイデンはためらったが・・・彼女は決断した。


「ギロチン、有難う。そして・・・ごめんなさい。ここを離れて、リアスを追うわ」

「・・・メイデン・・・」

「さあ、二人とも、急いで!」


 そういってメイデンはドアをけ破り、制御室から3人は勢いよく飛び出した・・・はずだったが・・・


「・・・」

「何をしてるのファラリス!早くここから・・・」

「・・・命令違反をお許しください。班長」


 そういうと、ファラリスは制御室内に戻って扉を閉めてしまった。急いで開けようとするも、どうやら内側から鍵をかけたらしく、全く開かない。


「ファラリス!?なんのつもり!?」

「僕がここに残って、どうにかメルトダウンを防ぐ!メイデンたちは早く地上へ行くんだ!」

「ファラリス・・・!」

「僕の事はいいから、早く!」


 ファラリスの突然の行動に動揺し、無理やりドアをこじ開けようとするメイデンを、ギロチンがやんわりと引き止めた。


「・・・メイデン。ファラリスを信じよう・・・彼ならきっとできるはず・・・俺たちは、先へ進もう・・・!」

「ギロチン・・・分かったわ。その前に、一つだけ」




「ファラリス。第415班班長として、貴方に命令するわ・・・絶対に、生きて帰るのよ」

「・・・了解です。班長!」


 そうファラリスに言い残して、二人は王都直下原発を走り抜け、地上へと急いだのだった・・・









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