最終章:王都直下原子力発電所編

第27話 決戦前夜

 ・・・密使たちが朝を迎えた時、彼の姿はどこにもなかった。代わりに浜辺には、前時代的アナログチックな置手紙と、赤、青、黄色とそれぞれ色のついた、三つの小袋が置いてあった。


『面と向かって、さよならと言えなくて申し訳ありません。誠に勝手な理由で、皆さんと行動を共にできなくなりました。・・・俺の秘密がばれてしまったからです。本当ならこの任務が終わるときまで隠しておきたかったんですけど、まさかあんな方法で暴き出すなんて・・・メイデン隊長にはかないませんね』


『ただ、何も残さないで別れるのも嫌なので、これまでのお礼も兼ねて皆さんに置き土産を残しておきます。赤い袋はギロチンの旦那に。青い袋はメイデン隊長に。黄色い袋はファラリスの兄貴にそれぞれ持たせて、何か危機的状況に陥ったときに、この袋を開けてください。この袋の中身はきっと皆さんを助けてくれるでしょう・・・それでは』


 この手紙を読んだ後、メイデンはクノナシ・・・いや、クロハについて知っていることを二人に全て打ち明けた。ギロチンはうすうす感づいていたようだったが、ファラリスは開いた口が塞がらなかった。


「ま・・・まさかクノナシ、いやクロハが・・・でも、なんで?」

「それだけが分からないのよ。あの後、彼は何も言わなくなったわ・・・でも、その名を呼んだ時の彼の目は・・・とても、懐かしそうだった。それだけは確かよ」

「彼にとっちゃ、僕たちは後輩なのに、なんであんなにへりくだってたんだろう・・・」

「・・・私の勝手な想像に過ぎないんだけど、自分の恋人だった人の娘である私やその同期に、変に上目遣いさせないように彼なりに配慮したんじゃないかしら。だからわざわざクノナシ、という偽名を名乗ったのよ」

「そして仲間に入れてもらって、偶然を装って僕たちを導き、この星と、惑星風邪の真実について教えた・・・ってこと?」


 メイデンはうなずいた。そして、彼の目論見通りかは知らないが、私たちにリアス王を倒させる事を決意させるまで至った。それまではよかったが、それはクロハという”切り札”があってこその話だ、肝心な人物が抜けてしまっては、リアス討伐は困難を極める。ファラリスが彼の捜索を提案した。


「今からでも遅くない、クロハがどこにいるか探しに行こうよ!」

「いいえ、彼の捜索は行わないわ。私たちが最優先すべき任務は、この星の安楽死任務よ。」

「でも彼は、今まで僕たちの窮地を何度も救ってくれた・・・今度も彼の助けがいるんでしょ!?」


 ファラリスの反論を、ギロチンがやんわりと止めた。


「・・・クロハはおそらく、メイデンと同じことを言うだろう・・・」

「でも、ギロチン!」

「・・・見ろ、ファラリス。・・・もう俺たちに残されている時間は、あまりない・・・この星が、あるべき姿に戻ろうとしている・・・」


 ギロチンは、曇天模様の空の下でしける海の方へ目線を向けた。

 この星の延命装置たるGBKとXAKAIの停止に伴い、昨日の夜まで満天の星空をたたえるほどの晴れ空だったのが嘘のように、今、密使たちのいるゴ=ストーン・ビーチの天候は荒れていた。押し寄せる波もどこか荒々しく、銀河連邦の密使たちはなるべく陸地側を歩いて、都(みやこ)へと向かわなければならなかった。


 ・・・


 都(みやこ)は空にも民心にも、暗雲が立ち込めていた。だが、それでもリアス王への信頼は崩れなかった。納電量維持のために応急措置で建設した、山岳太陽光パネルが山津波で流れる様をTVにて見せつけられても。発電ネットワークが壊滅して、週に一回は”ブラックアウト”するようになっても。ブラックアウト回避のため、度重なる節電を押し付けられても。・・・それくらいリアス王の統治は完璧だったのだ。


 そして今、そのリアス王が生中継でテレビに映っている。彼はもう民の事などは考えてはいなかったが、決してそれを表情に出すことはなかった。最後までこの男は「慈愛王」として、この星の住民を欺いたのだ。そして彼は、国民に対する形だけの謝罪と、切断者対策のより一層の強化というここ最近の決まり文句を言い終えた後に、都市の住人に対して重大発表を行った。


『・・・昨今の電力逼迫を原因とするブラックアウトへの対策を講じる為に、苦しい決断ではございましたが、明日いっぱい、を行うことになりました。その間に、この都の地下に眠る発電所と納電管理局の強化を行います。二度とブラックアウトは起こさないようにします。そのために、どうか、明日一日、明日一日だけご辛抱ください。ご協力のほど、よろしくお願いいたします・・・』


 リアス王が頭を下げたと同時に、生中継は途切れた。その瞬間、王は本性を現した。


「・・・まあ、嘘ではないな。二度とブラックアウトすることもないが・・・二度と明かりがつくこともない・・・ふふ」

「リアス王、すべての準備は整いました」

「・・・そうか。」


 リアス王の兄妹の中でたった一人"まともに"生き残ったミャコナが王の部屋に入ってきた。彼女は既に全身をどこか有機的に感じられる鎧で固めており、切断者たちといつでも戦えるように臨戦態勢を整えていた。


「・・・とうとうまともな形で生き残ったのは、貴方だけになってしまった・・・姉さん。」

「リアス・・・いくらあなたの部屋とはいえ、ここは公の場です。この場ではあなたは王、私はただの都市君主です」

「・・・余は、俺は王なんかじゃない。生まれながらにして運命のろいを背負わされた、哀れな男さ・・・」


 そういうと、リアスは実の姉であるミャコナを押し倒して抱いた。兄妹同士でこういうことをするのは禁忌に当たるが、もう誰にも遠慮する事は無い。遠慮する相手は、みな死んだからだ。そして今や、彼女の一糸まとわぬきめ細やかな肌に宿る優しいぬくもりを感じとる自分自身の体も、・・・


「リアス・・・怖いの?」

「・・・うん・・・」

「・・・おいで、リアス・・・」


 リアスは姉の胸の中で、自分のベッドの上で、王から人の子へと戻り、何もかもをぶちまけた。

 国民を欺き、重納電を課していたのも、この星の王が代々続けてきたことをしただけだった。自分の代で、ようやく完成しそうだった。惑星風邪を使って銀河を支配したいという一族の悲願をかなえる為だった。自分をこの惑星に縛り付けた呪縛を解くためだった。・・・全部、あいつらがぶった切ったんだ・・・ミャコナはリアスの思いのたけを全て受け止めた。彼女はただ、彼をやさしく抱きしめた。


「・・・リアス」

「・・・姉さん・・・」

「あなたは・・・よくやったわ」

「・・・姉さん・・・姉さん・・・!」


 王と都市君主は、弟と姉へ、そして・・・男と女に一晩だけ身を堕とし、互いを激しく求めた。それが最初で最後だった。


 ・・・


 夜通し歩き続けた密使たちはついに都(みやこ)にたどり着いた。今までの太陽光都市と感じは似ているが、納電管理局に当たる建物・・・即ち王宮は、王宮というよりは要塞と言ったほうが正しいくらい物々しかった。曇り空でもその灰色の要塞はよく目立つ。びゅうびゅうと吹く風に紙をなびかせながら、メイデンはつぶやいた。


「いよいよここまで来たわね・・・もう、後には引けないわよ」

「・・・あれが・・・都・・・」


 ギロチンたちは昨日のTVの電波を拾って、今日一日計画停電が行われることを知りえていた。それによる混乱に乗じて都に進入し、この星最後の発電所に重光線のビーコンを設置し、その後にリアスを討ってから破壊するというのが、今回の作戦であった。


「ビーコンをおいて、そのまま重光線を発射すればリアスもろとも発電所を破壊できるのに、なんでわざわざタイミングをずらすのさ?」

「・・・それ程のことをしなければいけないくらい、都の発電所はデリケートなのよ。なにぶん、都の発電方法は・・・」


「原子力発電だからね。」


 いよいよ、銀河連邦対リアス王国の最後の戦いの幕が開けようとしていた・・・!

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