第26話 その名はクロハ

 ケセンナ・サカリナの二人の主を失ったXAKAIは空気の層を維持できなくなり、崩壊し始めたので、3人はメイデンを抱えて、今度こそ本当の意味で海の底へ沈みゆく海底遺跡都市を後にした。そして・・・


「・・・う、ん・・・」

「メイデン!気が付いたんだね・・・!よかった・・・」

「ファラリス・・・ギロチン・・・」


 メイデンが目覚めた時には、密使たちは既に地上へ出ており、XAKAIと送電線で結ばれていた波浪発電所が、美しい夕日と共に水平線の彼方へ沈んでゆく最中であった。


「・・・すでに重光線は放たれた」

「みたいね・・・みんな、ごめんなさい。私が油断したばっかりに・・・怪我まで負わせてしまって」


 二人はメイデンのせいではない、と彼女をいたわった。そして、彼女は双子の微小構成体から盗み出した、この星と惑星風邪の真実を二人に共有した。二人とも驚きの表情を隠せなかった。


「なんてこった・・・じゃあ、この星の発電ネットワークはそのために・・・」

「ええ、あれほどの物を動かすんですもの、到底都(みやこ)の発電所と太陽光都市だけでは賄えないわ。そりゃあもらう量より払う量の方が多くなる訳ね・・・」


 だが、そのネットワークも今や水泡に帰した。この星に残っている発電所は今や浜辺のはるか向こうに映る都の発電所のみ。そして、全てを知った今、密使たちにこの星の王、リアスを倒すという新たな目標が生まれた。彼はこの星の王だ。この星から始まった惑星風邪の情報を当然知っているはず。すなわち彼を倒さない限り、惑星風邪の滅亡は成しえないのだ。だが・・・


「でも・・・奴は確か、ギロチンのどう考えても避け切れるはずがなかった一撃を避けたんだよね?」


 そうなのだ。リアス王は一度切断者たちと相まみえて、ギロチンの攻撃を難なくかわしているのだ。苦い思い出を反芻したギロチンは、自分の得物をぐっと強く握って悔しさをにじませている。


「・・・今度は、外さない・・・」

「ギロチンだって見たはずだよ、あいつが変な時計みたいなのを使って、まるで瞬間移動するように避けたのを!」


 密使たちの中で攻撃速度が速いギロチンがダメなら、どうやってもかないっこないよとファラリスは落ち込んだ。彼のいう事は正しかった。しかし、それでもやらなければならない。


「ええ、私たち”だけ”なら勝てないかもしれないけど・・・私たちには、強力な切り札があるわ。そうでしょ?」

「切り札って・・・まさか!?」


 密使たちの目線は全て、その切り札たる人物に向けられた。彼は今浜辺で密使たちの夕飯ーー別に毎日食べる必要はないのだが、彼の作る料理は美味な為つい食べてしまうーーの為に浜釣りをしていたところ、大きな蛸を釣り上げてしまい、墨をぶっかけられている所であった。


「わーっ!!やりやがったなこのタコ野郎!!」


 ・・・


 空を埋め尽くすほどの満天の星空の下、密使たちは海辺でおそらくこの星で最後となるであろう野営と夕食を楽しんだ。釣った蛸を穀物の粉を溶いたものにくるめて球体状に焼き、”ショウユ”とはまた違う調味料を付けて食べるクノナシ特製の”タコヤキ”という料理は密使たちから絶賛され、すぐに食べつくされてしまった。


「あんなグロテスクな生物からこんなうまいものを作るなんて、クノナシはいったいどこでこんな特技を覚えたんだい?」

「いやあ、俺が前までいた星の、ニホンという列島地域の住人なら皆簡単に作れる料理なんですよ」

「相当グルメな土地なんだねえ、ニホンって。この任務終わったら行ってみたいなぁ・・・」


 浜辺の野営地で二人が談笑している所へ、メイデンがやってきた。彼女はクノナシに何か言いたげな目をしていた。


「クノナシ、ちょっといいかしら・・・」

「・・・どうしたの、メイデン?」

「ごめんねファラリス、二人だけで話したいの」


 二人はギロチンとファラリスから十分距離を取った位置までやってきた。

 だがすぐには話そうとはせずに、しばらくの間、二人の間には星空を映しとる波のさざめきを見つめていた。先に口を開いたのは、クノナシであった。


「一時はどうなるかと思いましたが、助かって本当に良かったです。」

「あなたが抗体遺伝子を提供してくれたこと、心から感謝しているわ。」

「いえ、僕はただやるべきことをしただけですから」

「・・・そして、私は貴方に謝らなければならないわ」


 メイデンはクノナシの方に向き直って、深々と頭を下げた。それを見てクノナシは慌てふためいている。


「ど、どうしたんですかメイデンさん!頭を上げてください!・・・別に、敵のスパイじゃないかと疑われてたことは最初から気にして・・・」

「違うわ。私はあの時、嘘をついたのよ。持っていた惑星風邪抗体ワクチンを、あえて作動させなかったの」

「・・・えっ、それって・・・?」

「とっさに思い付いた作戦だったけど、そうするほかなかった。そうでもしなきゃ、貴方の記憶を覗くことが出来ないでしょう?」

「き、記憶を覗くって・・・」


 クノナシは何を言っているんだ、とでも言いたげな顔であったが、メイデンは続けた。


「クノナシが人工子宮世代であることは、とっくに見抜いていたわ。それを見越して、貴方の抗体遺伝子と私の遺伝子を掛け合わせた、胚を作らせた。そしてそれを鍵として、私は貴方の遺伝子に刻まれた記憶領域へと、侵入したのよ・・・」

「・・・」

「でも、まさか貴方がそこまで”プライベート”主義だとは思わなかったわ、記憶領域にあんなに頑丈なロックをかける人、初めて見たわよ。」


 メイデンは微笑を浮かべていたが、クノナシはただ黙って聞いているだけだった。


「結局、は分からなかったけど、記憶領域で唯一アクセスできた部分が私のある知識と合致したおかげで、は分かったわ。」

「・・・」

「もうお互い嘘をつくのはやめましょう。クノナシ・・・いや、これは”偽名”だったわね、ごめんなさい。」

「ぎ、偽名って・・・俺はクノナシ、運悪く仲間とはぐれた、ただのクノナシですよ・・・」


 メイデンはかぶりを振った。彼女は知っている。彼の本当の名前を。彼が嘘をつくときに右手の親指を強く握りこむことを。それらは全て、彼女の母が教えてくれたのだ。


「・・・母が、よくあなたの事を話してくれたわ。かつて母は、同期の貴方に危ない所を何度も助けられたって。いつもそのことばかり話すものだから、たまに父はむくれてたわ。そう、父も貴方の同期だったみたいね。」

「・・・」

「でも、貴方はあるとき、どうしようもないほど強い相手と対峙した。貴方は仲間であった父と母を逃がし、たった一人で立ち向かった。そして・・・そいつと刺し違えて・・・それっきりだって」

「・・・い、いやだなあ、さっきから何のこと言ってるんだか・・・」

「父はもう死んだものと思っていたけど、母は・・・エーデ・ライティアはずっと信じていたわ。あの人はどこかで必ず生きている。きっとそのうちひょっこりと顔を表すだろうって・・・されるその瞬間まで。貴方の本名を呼び続けるほどにね。」

「メイデンさん、いい加減に・・・」

「今、会えなかった母の代わりに、私があなたの名前を呼んであげる。母もきっと・・・そうするだろうから。・・・あなたの本当の名前は・・・」


 クロハ。


 その名前が彼女の口から出た時、二人の間に再び沈黙と、波のさざめきがこだました。クロハと呼ばれた男は、その名を呼んだ彼女に、かつて自分が命懸けで守り通した女性の姿を重ねて、思わずつぶやいた・・・


「・・・全く、本当に・・・そっくりだ・・・」


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