第25話 全てはここから…

 ギロチンの策により、まぼろし姉妹に辛くも勝利した密使たちであったが、双子はただでは死なず、メイデンの頭脳回路にある置き土産を植え付けて双子は砂と消えたのだった。


「メイデン!!大丈夫!?」


 クノナシと、彼に応急処置を施されてどうにか傷を抑えたファラリスとギロチンの二人がメイデンに駆け寄った。どうやら命は助かったらしいが、彼女は息が荒くなり、けほけほと咳き込んでいる。介抱しようとファラリスが手を伸ばしたが、彼女はそれを拒否した。


「だめ・・・こな・・・いで・・・」

「メイデン・・・?」

「あいつらは・・・最後の最後で・・・私に・・・けほっ・・・けほっ・・・植え付けていったわ・・・」

「植え付けられたって・・・何を?」

「・・・惑星・・・風邪よ・・・」


 そういって、メイデンはがくりと頭を垂れて気を失ってしまった。額に触れるとひどく熱を帯びている。メイデンの頭脳回路は今必死になって免疫抗体プログラムを作り、自らを蝕む惑星風邪プラネットヴィールスと戦っているのだ。ちょうど、人間の体が風邪にかかったとき、免疫を活性化させて発熱を引き起こすように・・・



「・・・あの双子・・・最後の最後で・・・なんてことを・・・」

「これは・・・旦那、疑似網膜を見てください!・・・」

「・・・!・・・まさか・・・これは・・・!!」


 その昔、銀河中に猛威を振るってあわや破滅一歩手前の所まで陥れた惑星風邪。しかし、これらは最初から感染力が強かったわけでは無く、本物の細菌のように何度も感染と変異を繰り返した末に獲得したものであった。そして今、メイデンの体を蝕んでいるのは、そのすべての惑星風邪の変異元であり、惑星致死率が高すぎて滅ぼした星もろとも死滅したと思われていた、惑星風邪アルファー株そのものだったのだ。


「コード:00A!」


 ファラリスはとっさに緊急コードを発報した。コード00Aの内容は緊急覆面強制展開、即ち感染防止のマスクを展開する指令である。ファラリスは自らの頭脳回路とメイデンの頭脳回路を、感染抵抗防壁を挟んだうえで接続し、メイデンの内なる戦いを支援していたが・・・


「・・・ファラリス、メイデンを治療できるか・・・?」

「駄目だ、今メイデンに緊急免疫支援プログラムを打ち込んでるけど、殆どいたちごっこだ・・・やはり惑星風邪抗体ワクチン無いと、こいつらを完全に退治できないよ・・・せめて、抗体遺伝子さえあれば・・・!」


「抗体遺伝子なら、俺が持ってます!!」


 声を張り上げたのは、クノナシであった。


「俺、実は人工子宮世代なんです。」

「!!それじゃあ・・・!」

「ええ、デフォルトで抗体遺伝子が入っています。もっとも、これまで一度も使った事が無いんですが・・・」


 クノナシは自らの抗体遺伝子データーをファラリスと共有した。ギロチンたち遺伝子転写世代とは違い、クノナシのような人工子宮世代の半機械人間は、製造されたときから抗体遺伝子がインストールされている最後の世代であった。


「使えますか?」

「勿論さクノナシ、恩に着るよ!これ一つあるだけでだいぶ楽になる!!」


 ファラリスはクノナシの抗体遺伝子と、メイデンの基本遺伝子を掛け合わせて、一つの胚を作った。こうしてメイデンの基礎遺伝子に拒否反応なく抗体を植え付けて遺伝子を一時的に上書きし、遺伝子に結合しかけているアルファー株をワクチン代わりに駆逐するのだ。


「これをこうして・・・こうやって・・・よし、出来た!!ごめん二人とも、今からメイデンの遺伝子情報を一時的に書き換えるんだけど、アルファー株は思ったよりしぶとくて、僕だけではエネルギーが足りなさそうなんだ、少しだけ、エネルギーをもらえないかな?」

「・・・もちろんだ」

「遠慮なく使ってください兄貴!皆でメイデンさんを助けましょう!!」


 二人のエネルギーコードがファラリスに繋がれた。すべてはメイデンを助けるため、男3人は文字通り力を合わせたのだ。二人のエネルギーがファラリスに、そしてファラリスの作成した抗体持ちの胚が、今メイデンに送られていく・・・


「よし、いくよ・・・書換開始!!」

「(メイデンさん・・・必ず助けます・・・!)」


 ~~


 油断した私の体を乗っ取ってギロチンたちを苦しめた挙句、死に際に私に惑星風邪を、それもアルファー株を植え付けて倒れたその往生際の悪さは敵ながらあっぱれだった。だが、私も伊達に銀河連邦の諜報部隊のリーダーをやってはいない。私の体を好き放題している間に、私はひそかに双子の記憶領域に進入して、めぼしい情報を全てすっぱ抜いてやった。


 この星はいったいどうやって惑星風邪に侵された星の天候を制御できるようになったのか。また、何故この星はわざわざそこまでして延命したのか。GBKとXAKAIの制御AIである彼女たちの記憶をつなげて、私は全ての謎を解き明かそうとしたのだ。


 だが、彼女たちの記憶は、想定をはるかに上回る驚愕の事実を私に提示した。

 ・・・。惑星風邪を制御できるようになったのではなく、元々制御する方法はこの星から生まれたのだ。この制御方法は微小構成体を用いた高度な技術が用いられており、上手く扱えば天候を自在に操ることが出来るが、少しでも操作を誤ればすぐに暴走し、惑星を蝕む「ウイルス」となる。


 当然この星はこの高度な技術を、あわよくば銀河中を支配する絶好の手段として、明確な悪意を持って、星間ネットワークを利用し密かに銀河中の星々へとばらまいた。最初から善意なんてかけらほどもなかったのだ。そして銀河中に惑星風邪禍が広がる中、原因特定を防ぐためにウイルスをこの星でも暴走させて滅亡寸前に追い込むことで、発生源を血眼で探していた銀河連邦の目をも欺いた。


 だが、ご存知の通り惑星風邪は連邦の努力の甲斐あってどうにか収束し、目論見は失敗に終わったかに思えた。だが銀河制服の野望を諦めきれない一部の者たちは、潔く連邦へ逃げ延びる同胞と袂を分かち、惑星風邪をより強力な物とする為にこの星に残って研究を続けた。”望郷の気持ち”などといういかにもそれらしい大義名分を付けて。そしてその成果は、50年前の海面上昇で証明された通りだ。そしてその完成体デルタクロンを、リアス王が手中に収めている…!


 一体どういう因果だというのだろうか。最後の感染惑星だと思っていたこの星こそが、全ての始まりの地であったなんて・・・電気によって動かされるこの星の延命装置が惑星風邪に栄養を与えていると前に私は言ったが、それはあながち間違いでもなかった。むしろそれ自体がこの都市発電ネットワークの本当の存在意義なのだろうと、今なら確信をもって言える。


 全ての情報を整理し終えると同時に、私は頭脳回路に抗体遺伝子入りの「胚」が送られてきたことを確認した。私たち遺伝子転写世代はそれらを持ち合わせていない。だが、人工子宮世代のクノナシなら可能だろう。・・・ふふ、私も演技が上手くなったものだ。アルファー株を植え付けられた時、とっさにこの作戦を思いつき、あえて予めインストールされていた抗体を作動させなかったのだ。


 送られてきた胚が、私の遺伝子を一時的に上書きする。

 この瞬間を待っていた。一時的に上書きされている今なら、彼の遺伝子領域にアクセスしても拒否反応が起きることもない。とうとう尻尾をつかんだ。


 私は胚の中にあるクノナシの遺伝子に全ての意識を傾けて、記憶領域へと堂々と侵入する。これでようやく彼の謎が解ける。さあ、教えなさい。あなたはいったい何者なのか・・・


 ・・・


 記憶領域に入ったまではよかった。だが、彼は私の想像よりも一枚や二枚も上手で、記憶のドアは殆ど頑丈なロックがかけられていた。ガチャガチャとドアを押しても引いても全く開く様子を見せず、どうやらこの胚だけではドアを開けるのに不十分らしいとわかるまで相当の時間を費やした。


 私の知りたい情報は、すべてこのドアの向こう側にある。しかし、ドアは開かない。開けられない。だが私にだって意地がある。ここまで来て諦めるわけにはいかないと、周りを見渡してどうにかこのドアの向こうへ行く方法を探った。


 ふと、私の目に一つの写真が目に入った。小さな写真だが、立派な額縁に入れている所を見るに彼にとって大事な思い出の一つなのだろう。その写真を私は手に取ってみた。そして・・・自分の目を疑った。


 その写真では、彼と一人の女性が笑顔で並んで写っていた。なにより、私はその女性に見覚えがあった。なぜなら彼女は、クノナシと出会うまで最後の人工子宮世代だと思っていた、”あの人”。私にとって大切な存在の、”あの人”、生き別れとなった初恋の人をされるその直前まで待ち続けた、”あの人”・・・


 私の母、エーデ・ライティアの若いころの姿が、そこに写っていた。

 そして私は、自分自身が感じていたわずかな可能性を認めざるを得なかった。

 それと同時に、私の意識は再び途切れたのだ・・・


 ~~

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