第24話 まぼろし姉妹ケセンナ・サカリナ

 ケセンナ、サカリナの双子の正体はGBK、XAKAIの制御AIであり、本来は電子の世界の住人であるが、微小構成体ナノマシンを依り代として現実世界に干渉することが出来る。だが、彼女たちはその特殊な体質故、そのままでは戦闘すらままならない。そのため彼女たちは戦闘時、誰かの体に乗り移って戦う戦法を得意としていた。


「「ふふ・・・ふふふふ・・・」」


 この間借り戦法の恐ろしい所は、例えば敵軍の一人にとりついて味方同士で殺し合いをさせる、いわゆる同士討ちを引き起こすことが出来る事だ。もし憑依先がやられたとしても、また別の人物に乗り移って殺し合いを継続させ、あらかた事が済んだら憑依先を自死に至らしめ、自分たちは全く手を汚すことなくという寸法だ。


「「一度使ってみたかったのよね・・・この造換鋼鉄針・・・」」


 そして不幸にも我らがメイデンが、その憑依先に選ばれてしまったのだ。


「・・・メイデンから・・・離れろ!!」

「くそう、メイデンを人質にするなんて・・・」


 いくらギロチンの高熱度振動剣と言えど、いくらファラリスの超熱伝導波と言えど、彼女の体は切り裂けない。彼女の体は熱せない。彼女はこれまで何度も死線をくぐり抜けて来た仲間であり、よき友だ。その友が今、敵の操り人形になって、切断者たちに襲い掛かってくる!


 ジャギン!!


「・・・ッ!!」


 メイデンはふらふらと動いたかと思うと、鋼鉄針をギロチンめがけて容赦なく繰り出してきた。間一髪で片方の手を振動剣の刃先で受け止めるも、間髪入れずにもう片方の手で彼を突き刺そうとする。


「ギロチン!危ない!!」


 ファラリスはとっさにメイデンの針を横からして押さえつけ、そのまま後ろ手にして動きを抑えた。ギロチンも既に両手でメイデンを拘束している。


「「ふふ・・・何をするのかしら・・・??」」


 しかし彼女は不気味なほど余裕だった。


「クノナシ!!早くフラッシュコンバーターを使うんだ!!君のその装置なら、二人を追い出せるだろう!?」

「で、でも兄貴・・・!」

「僕たちの普通の攻撃では奴らにダメージを与えることが出来ない!!でも君のそれなら・・・!」


 しかし、クノナシはなぜかその装置を使うのを渋っている。そんなじれったいクノナシにファラリスは思わず怒号を飛ばす。


「どうしたんだクノナシ!!早く!!」

「「ほうら、仲間が使えって言ってるわよ・・・そのフラッシュコンバーターとやらを使ったらどう・・・?」」


 確かに今、メイデンを操る二人を倒すにはクノナシの装置が最も効果的であったが、同時にこれは大きな賭けでもあった。クノナシはとりあえず装置を胸ポケットから抜いてメイデンに向けるものの、その手は震えていた。


「「もしも、忘却の光が放たれた瞬間に、私たちがこの小娘から抜け出したら・・・

 もしも、私たちにはその光が通じなかったら・・・うふふ、考えてることはそんな所かしら?」」

「・・・ちっ、何でもお見通しってわけか・・・」


 フラッシュコンバーターが放つ忘却の光は相手の記憶を消すことが出来る。だが相手が敵に憑依されているとなると話は別だ。彼女らを構成する微小構成体の記憶領域にうまく作用すればいいが、本当に作用するかどうかの確証はない、ただやみくもにそれを放てば、やられ損になるのはメイデンだけだった。


「「あなたは私を撃てない・・・誰も私を倒せない・・・誰も彼女を救えない・・・ふふふ・・・ぐっ!!」」


 突然、双子が苦しみ始めたかと思うと、メイデンの目が黒色に戻った。二人の意識束縛から必死に抗い続けて、メイデン本来の意識がようやく主導権を奪い返し、クノナシに命懸けで自分を攻撃せよと命令する。


「クノ・・・ナシ・・・私の事は・・・いいから・・・フラッシュ・・・コンバーターを・・・使いなさい・・・」

「め、メイデンさん!!」

「早く・・・私が・・・私でなくなる前に・・・ぐぅっ・・・ああああ!!」


 メイデンは再び苦しみ始めた。双子の意識に乗っ取られまいと、今彼女の頭脳回路ブレインサーキットの中では激しい攻防戦が繰り広げられていたのだ。

 そしてその内なる戦いの末、彼女は二人に押さえつけられたまま、前かがみにぐったりと倒れこんだ。


「メイデン!!」

「・・・メイデン!!」


 二人は倒れた彼女の顔を覗き込む。が、それを待ってたと言わんばかりに彼女はかっと目を見開く。目の色は・・・赤と青だ!


 ジャギン!!


「・・・ッ!」

「ぐあっ!!」


 不意打ちの鋼鉄針。とっさに突き放したおかげでどうにか急所は免れたものの、二人はそれを避け切ることは出来なかった。超硬度合成樹脂の体に穿たれた穴からは血の代わりに青白い冷却循環水がぽたぽたと流れ落ちている。それを見たクノナシは居てもたってもいられなくなった。


「「全く・・・しぶとい女。でもそのほうが乗っ取りがいがあるわ」」

「旦那!!・・・兄貴!!くっそーー!!!」


 クノナシはやけくそ同然でメイデンに突進して押し倒し、その眼前にフラッシュコンバーターを突き付けようとしたが、すんでのところでメイデンに振り向きざまに蹴り飛ばされ、彼はすぐ後ろのこの施設で一番大きいメインサーバーへと吹っ飛ばされ大音を立てて衝突した。


 バゴン!!


「ぐあぁっ・・・」

「・・・く・・・クノナシ・・・」


 クノナシが吹っ飛ばされる様をただ見ているほか無かったギロチンだが、彼の疑似網膜はメイデンに起きたある変化も捉えていた。


「「無駄よ・・・もう諦めなザザッさい・・・あなたたちはザザッここで敗北する運命なのよ・・・」」


 彼女を操る双子の声に、少々だがノイズが混じり始めた。

 さっきクノナシがあのサーバーにぶつかってからだが・・・まさか!


「(・・・クノナシ・・・クノナシ・・・)」


 ギロチンは思念通信テレパシーでクノナシに呼びかけた。もし自分の考えていることが当たっていれば、この状況を打開できるかもしれない・・・


「(だ・・・旦那・・・)」

「(・・・フラッシュコンバーターを・・・後ろのサーバーに接続できるか?)」

「(旦那!?・・・いったい何を・・・?)」

「(・・・奴らはこのセンターの制御AI・・・即ち、奴らの本体は・・・)」

「(・・・!!そうか、そういう事ですね!)」

「(・・・俺が時間を稼ぐ・・・クノナシはサーバーとそれをつないで・・・起動するんだ!!)」

「(了解!!)」


 ギロチンはむくりと立ち上がって、メイデンに切りかかった。


「・・・メイデン!!」


 ガキィン、とギロチンの振動剣をメイデンの鋼鉄針が受け止める。ギリギリと音を立てて、両者一歩も譲らない。


「「あらあら、そんなに早死にしたいのかしら。ふふふ」」

「・・・生き延びたいさ。そのために俺は・・・お前たちを斬る!!」

「「ふふふ・・・まあ、このまま終わるのも物足りないものね・・・はぁっ!!」」


 ジャギジャギジャギン!!


 ブゥン!ブゥン!ブゥン!ブゥン!


 ギロチンとメイデンの戦いは熾烈さを極めた。その隙に、クノナシはフラッシュコンバーターとメインサーバーとの接続作業を急ピッチで進めていた。


「構造が比較的単純で助かるぜ・・・よし、あとはこの万能変換端子バリアブルプラグケーブルをコンバーターに接続すれば・・・」


 カチッ・・・


「よし!!」


 クノナシはとうとうフラッシュコンバーターとXAKAIメインサーバーを接続させることに成功した。だがそれと同時に、双子は自分たちの「本体」に別のメディアが接続されたことを察知した。


「「な・・・なにこの違和感・・・サカリナ、何かが私たちの本体に・・・」ああっ、お姉さま、あれを、あの装置が・・・メインサーバーに!!」


 メイデンが振り向いた先では、クノナシが勝ち誇った顔でフラッシュコンバーターを握りしめていた。後はスイッチさえ押してしまえば、サーバーの記憶領域は吹っ飛ぶ。


「まぼろし姉妹のお二方・・・もう遊びはおしまいだ。この勝負俺たちの勝ちだぜ!!」

「「させない!!」」


 メイデンはクノナシにとびかかろうとしたが、あわやもう少しの所でギロチンに押さえつけられて前のめりに倒れた。


「・・・お前の相手はこの俺だ!!・・・クノナシ、早く!!」


 しかし、倒れたメイデンから双子の微小構成体が血相を変えて飛び出してきた


「「やめろぉぉぉぉ!!」」

「くたばれっ!!コード:005!!」


 チャキッ・・・


 バシュゥゥゥゥゥゥゥ!!


 忘却の光は、海底の奥深くで再び放たれた。真昼の太陽もかくやと言わんばかりのその光は、XAKAIの機能と、記録されていたデーター、そして、それを制御するAIをもろとも全て・・・消し去ったのである。


「お・・・のれ・・・て・・・敵ながら・・・み・・・見事・・・切断者・・・」

「お・・・お姉・・・さま・・・」


 ケセンナとサカリナを構成する微小構成体は機能を停止し、双子はまるで砂のように消滅した。断末魔に意味深な言葉を切断者たちに残して・・・


「ただでは死なぬ・・・私たちは消えても・・・この女は・・・苦しむ・・・」

「なぜなら私たちは・・・の・・・複製・・・」

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