第22話 解ける謎、深まる謎

 ボクスルート山はどういう訳か年がら年中雪が降り積もっているため、そのいただきはいつも白く染められている。さらさらしている雪とは言えどもそのまま歩くと普通に面倒なので、密使たちはこの山を雪中行軍用の特殊装備で下ることとなった。早い話が、スノーボードを付けたのである。そして今、一つの人影が空中に舞い上がった。ファラリスだ。


「いやっほう!!」


 彼は慣れた様子で白銀の山肌に颯爽とスノーボードを滑らせて先を行く。そのあとにメイデンとギロチン、そしてクノナシが続き、隊列を組んで雪山を滑り降りていた。

 だが、どうもファラリスはそれなりにがあるらしく、ことあるごとにジャンプしては金メダル級の技を決めるのだった。


「いやあ、”温泉”の後にスノボだなんて最高だね!そーら、お次は三回転だよ!!」

「あんまり隊列を崩さない方がいいわよ、遭難したくなかったらね」

「サイボーグが遭難するわけないじゃん、ね?クノナシ」

「聞こえるわけないでしょ、彼は今、練習中なんだから・・・」


 一方、最後尾のクノナシはどうもこういうのは得意ではないらしく、ギロチンのサポートを受けてどうにか滑れているという状態であった。右へ、左へ、慌てふためきながら滑るその様は見ているだけで危なっかしい。


「うわわ、わっ!!あぶねっ、おわ!!」

「・・・クノナシ、バランスを取ろうとすると逆に不安定になるぞ・・・常に”安定”する姿勢を維持するんだ・・・」

「って言われたってぇ!!おっと、っと!!あわわ!」


 右往左往、をそのまま表したようなクノナシのスノボ音痴は隊列についていくだけでもやっとだった。そして彼は速度を落とすまいと必死だったので、雪で薄く隠れた岩の躓きに気が付いたときには、彼の体は躓いたショックで大きく前へと回転し、あられもない声を上げていた。


「うわぁーっ!!」

「・・・!!クノナシ!!」


 哀れクノナシ。なまじ高速域で転んだものだからゴロゴロと転がるうちに雪が彼の体に付着し、彼を核とした大きな雪玉が形成されてさらに速度を増し、しまいには先頭を滑っていたファラリスを追い抜いてしまった。


「どこ行くんだよクノナシ!!」

「うわぁーっ、ダメです、止まらない!!ああーっ!!」


 いよいよ暴走した雪玉は勢いが衰える様子もなく切断者たちを置き去りにして何処かへと転がり去っていった。後に残ったのは雪玉の跡と、舞い上げられた雪煙だけである。スノボ音痴もここまでくればもはや芸術の域に達する。一連の様子を密使たちは感心とも呆然ともつかぬ表情で見届けていた。


「いや、そうはならないでしょ・・・普通」


 みな、ファラリスと同じことを考えていた。


「・・・追うぞ」

「全く、世話が焼けるわね・・・」


 切断者たちは雪玉がつけた道筋をたどり、クノナシを探しに少々寄り道をすることになった。先頭はファラリスに代わってメイデンが取る。彼女はどこか真剣な表情であった。どこかで上手く木やら岩やらにぶつかって砕けてくれたら都合がいい。とにもかくにも、彼と離れるわけにはいかないのだ。彼に対する謎をすべて解き明かすまでは・・・


「メイデン、メイデンったら!!」

「!・・・あら、ごめんなさいファラリス。どうしたの?」

「メイデン、どうしちゃったのさ、そんなに考え込んで・・・龍を倒してからずっとそんな感じだよ?」

「ああ、うん。なんでもないのよ、何でも」

「本当?そうは見えないけど・・・」

「・・・」


 そうこうしながら進むうちに、段々と日が傾いてきた。雪山で野営するのは流石の半機械人間でも応えるので、密使たちは日が沈まぬうちにクノナシが見つかることを祈った。辺りの闇が深くなると同時に、スノーボードの速度も自然と速くなる。


「クノナシー!!クノナシー!!全くどこに行っちゃったんだよ・・・」

「・・・!ファラリス、見ろ」

「ん?・・・あっ!」


 ギロチンの疑似網膜はもともと暗殺部隊出身という事もあってみなより精度が良く、例えば暗闇の中の建物をはっきりと捉えることが出来る。彼が今捉えたのは、まさにそれであった。よく見えるように明かりを照らしてみると、コンクリートで打ちっぱなしの無機質な建造物がうっそうとした森の中で存在感を放っている。それは何かの入り口のようだった。


「この建物・・・まさか、発電所!?」

「そうは見えないわ。・・・これを見て。」


 メイデンは明かりをその建物の入り靴に張り付けられている銘板らしきものにかざした。看板には、「GBK気象管理センター」と記されている。少なくともここは発電所ではないようだ。その横には、何やら大きな雪の塊がぶつかったような跡が見受けられる。・・・そして、人型のくぼみも。そこから抜け出した何者かは足跡をつけて、そのまま建物の入口へと消えていた。


「クノナシだ!これはきっとクノナシだよ!彼はここにいるんだ!早く中に入ろうよ!」

「・・・どうやら、そうするしかなさそうね。人気もなさそうだし、彼を見つけ次第、今夜はここに泊まりましょう。」

「・・・」


 密使たちは気象管理センターの入り口をくぐった。センター内は明かりがついてはいないが、どこもかしこも何かしらのサーバーと配線で溢れており、等間隔で液晶画面が並んでいることを疑似網膜は教えてくれる。さらに進んでいくと、「気象制御室ウェザーコントロールルーム」と書かれている場所にたどり着いた。機械はすべて停止しており、不気味なほどに静寂が広がっている。


「なんだろう・・・ここ・・・気象操作って書いてあるけど・・・」

「気象制御・・・?おかしいわね、この星は惑星風邪プラネットヴィールスに感染して気象の自由は利かないはずだけど・・・」


「それが利いたんですよ。メイデンさん」


 はっ、と声がした方に皆が振り向くと、そこにはクノナシがいた。


「クノナシ!!無事だったんだね!」

「いやはや、毎度毎度ご迷惑かけてすみませんです。ぶつかった所が建物だったんで、体をあっためるついでに中へと入ったんですが・・・どうやらとんでもない場所に来たようですね・・・俺たち。」


 どうやら、クノナシは先にこの建物に入って、色々と調査していたらしい。メイデンがその調査結果を尋ねる。


「それで?何か分かったのかしら。」

「・・・ここはGBK《ゲービーケー》気象管理センター・・・というのは先の看板でも見ましたね。その通り読んで字のごとく、王国管轄の気象を管理する場所って意味です」


 この星は確かに惑星風邪に感染してはいたものの、どうにか自力でそれらをある程度制御する方法を編み出し、そしてその技術の粋を集めた施設をこの星のどこかに”二つほど”隠して天候の制御を行っていたらしい。とクノナシは言う。


「二つ?」

「ええ。その一つがここで、もう一つは海中に隠されているそうです。なんでも50年以上も前に建てられたとか・・・すべてこの建物のコンピューターから抜き取った情報です」

「・・・なるほど。とにかくここがこの星にとってかなり重要な施設だという事は分かったわ。ただ・・・なぜそこまでして、天候を制御する必要があったのかしら」


 それはとても単純なことです、とクノナシはすぐ横の椅子に座りながら言った。


「考えてみてくださいよ、この星の発電方法は、都(みやこ)の”あれ”と火力発電、そして実験中だった温度差発電以外は、全てがどこかしらこの星の天候に頼っていたんですよ?」


 この死にかけた星をどうにか延命させるためには電気が必要だ。だが、火力は石炭、もしくは石油などの燃料がないと動かないし、都(みやこ)の”あれ”は少々リスクが高すぎる。そのため多様な発電方式を採用して、電力供給のバランスを保たねばならないのだが・・・


「水力発電、太陽光発電、地熱発電、そして波浪発電。そうそう風力発電。これらは全てこの星の自然現象を利用して電気を生み出せるとても画期的な発電方法です。・・・でも逆にいえば、のご機嫌次第で発電効率が大きく左右されてしまうんですよね」

「つまり、天候に左右されずに効率よく発電するために、気象制御なんてことを始めた、ということかい?」

「兄貴、鋭い。その通りです。天気さえ操ることが出来れば、これらは殆ど思いのままに発電できるんです」

「へぇ・・・」

「・・・例えば、効率よくパネルに太陽光を当てるためにその上から雲を消したり・・・その雲をダム湖の上空に集めて、を降らせたり、はたまた山の上に建物ごとすっぽり覆うような雪を降らせたりとか」


 その言葉にギロチンははっとした。水力発電所村の村人を流した、都合の良すぎる集中豪雨。ジークタウンの収容所ののぞき窓から見た、明らかに太陽光都市を避けて通り過ぎる雲・・・今の言葉が仮に真実なら、これらすべての現象に説明がつく。これらは全て操作されていたのか。最初から・・・何もかも・・・。


「まあ、これらはあくまでも俺の仮説ですがね。おおっと、もうこんな時間だ。そろそろ寝ましょうや」


 ・・・


 今夜はここで夜を超すことになった密使たちは、そこらへんに転がっていた椅子を上手く並べて寝床の代わりにした。クノナシとファラリスはすでにぐっすりと眠っているが、メイデンとギロチンは眠れなかった。先のクノナシの言葉が気になるのだ。その時の彼の口調は、明らかにいつものドジなクノナシではなかった。


「まるで・・・何もかも知っているみたい・・・私たちの事や・・・この星の事も

 ・・・」

「・・・俺も同じだ。メイデン」


 クノナシは、明らかに自分たち以上に、この星についての何かを知っている。知ったうえでそれを密使たちにまるでそれらを一つずつ教えるかのように導いている。二人にはそう思えてならなかったのだ・・

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