龍潜洞(りゅうせんどう)編

第18話 龍の潜む洞

 温度差発電所の窮地を乗り越えた銀河連邦の密使たちは、幸運にもリアス王とすれ違う形でカーマインタウン入りし、これを制圧した。既に衛星兵器は攻撃態勢に入り、あとはこの都市を去るだけであった・・・


「・・・それで、その白い棒みたいな記憶消去装置が、逆転の切り札になった・な・・という訳?」

「ええ、全くその通りで。」


 メイデンは正直クノナシの話を信用できなかったが、緊急コードで視覚を遮られるまですべてを見ていたファラリスが何よりの証人であった。

 ギロチンがその記憶消去装置、通称フラッシュコンバーターを興味ぶかそうに眺めまわしている。この手のひらに収まるサイズの棒の中に発光装置があるというのは疑似網膜でも認められたが、これらがどのようにして記憶を消すのかはどうしても理解できなかった。おまけに何度もスイッチを押しても作動しない。


「・・・本当にこれが・・・俺たちを救ったのか・・・?」

「何度押しても無駄ですよ旦那、それは俺でないと作動しないように安全装置がかけられてるんです。そうやすやすと作動させるものではないんでね。」


 クノナシはギロチンから自分の得物を返してもらうと、己が着込む旧式バトルスーツの中にしまい込んだ。


「そんな強力な兵器があるなら、最初から使えばよかったのに・・・」

「駄目ですよファラリスの兄貴、これは本当に困ったときにしか使えないものなんですから。それにこれは兵器ではありません。あくまでも装置ですよ。」

「装置ねぇ・・・まあなんにしても助かったよ、有難う。」

「いやあ、俺は出来ることをしただけです。」


 男3人が談笑している所へ、メイデンがそろそろ重光線発射10分前になったから都市を離れよう、と持ち出してきた。次なる目的地は、クーゼン・タカタウンだ。


「次のタウンへの行き方だけれど、さっき都市図書館でみた地図にいいルートがあったわ。これを見て。」


 メイデンが持ってきた地図には、カーマインタウンとクーゼン・タカタウンが映っている。両都市の間にはワイズ山という大きな山がそびえたっており、ここを迂回するのがメインルートであるが、かなり大回りを強いられることになる。だが、このワイズ山の地下にはいくつもの洞窟が張り巡らされており、その中の一つである龍潜洞を通れば次の目的地へとショートカットできる、というのがメイデンの考えであった。

 それを聞いたクノナシは驚いた。


「ええっ!?龍潜洞を通るんですか・・・?」

「ええ、そのつもりだけど・・・何かあるのかしら?」

「い、いえ・・・ただ、その洞窟は名前にもある通り、龍が潜んでいるんじゃないかともっぱらの噂で・・・」

「クノナシ、まさかそんな非科学的なことを本気で信じてるの?」

「い、いえそういう訳では・・・ただ、ワイズ山の洞窟はこの星に住む人たちも良く通るんですが、この龍潜洞だけはなぜか避けて通るんです。それに何より、龍の声を聴いたって噂が後を絶たなくて・・・」


 仮にも銀河連邦のサイボーグだというのに龍の伝説を信じるとは、なんて人間臭いのだろう。メイデンは目の前のクノナシに対してそう思わずにはいられなかった。


「例え龍がいようといまいと、私たちはこの道を進むわ。二人とも、それでいいわね?」

「・・・もちろんだ。」


 当然、ギロチンとファラリスは了承した。それを見て戸惑いがちだったクノナシも、俺もいきます、と答えたのであった。怖がってるようにも見えた彼をファラリスが勇気づける。


「大丈夫だよクノナシ、僕らはついさっき龍よりも危険な場面を潜り抜けたばかりじゃないか。きっと大丈夫だって。」

「いや、もちろんそれはそうなんですが・・・今はまだ、ちょっと早いかなあ・・・」

「早い?何が?」

「あっ、いえ、何でもありません!いやはや、俺としたことがちょっとビビり過ぎていましたね。申し訳ない。」


 では時間も押しているので行きましょう、道案内しますよ。とクノナシはさっきのおじけづいた態度が嘘のように密使たちを先導した。メイデンはギロチンと独自回線での思念伝達通信を行い、彼の注視を怠らないようにと伝えた。


「(・・・メイデン。まだ彼を怪しいと・・・?)」

「(ええ、まだぬぐい切れない所がいくつかあるわ。ただ、少なくとも私たちの味方、ってことだけは確実なようね・・・それにしても、彼はいったい何の目的をもって私たちに近づいたのか・・・)」

「(・・・一つ、メイデンに知らせておきたいことがある。)」

「(何?)」

「(・・・彼は、人工子宮世代だ。)」

「(!!)」

「(・・・彼の装置を調べるふりをして疑似網膜で簡易走査をかけてみたんだが、やはりそうだった。)」

「(人工子宮世代は、てっきり”あの人”が最後だと思っていたのに・・・)」


 その後も二人は秘匿会話を続けたかったが、いよいよ重光線発射まで1分を切っていたため、一旦仕切り直してカーマインタウンを後にした。どこからかっぱらってきたのだろうか、クノナシは自分用の浮上二輪にまたがって密使たちを案内する。龍の潜む洞へと・・・そして、次の瞬間。




 ギィィィン!!




「・・・番組の途中ですが、緊急速報です。先ほど切断者に襲撃されたカーマインタウン陥落に伴い行われた都市君主緊急会議において、リアス王は緊急事態レベルを引き上げるとともに、非常事態宣言を発令すると発表がありました。」


 今、三大陸中のテレビに映る色々な番組は言葉こそ違えども同じような速報を淡々と伝えていた。テレビだけではない。ラジオ、新聞、その他さまざまな情報媒体がでかでかとその事実を嫌というほど見せつけていた。

 しかし、それらに移るリアス王の顔はどの角度から見ても笑みをたたえた顔つきだ、流石慈愛王と呼ばれてるだけの事はある。なんて不敵な王だなどと都市の住人は思っているようだが、これらの情報媒体は全て王立報道管理局の検閲を受けているので当然まやかしである。

 実際の所、リアス王はひどく焦燥し、ひどく怒っていた。太陽光都市を二つもやられた挙句、向こう見ずだがかわいい妹を一人失ったのだ、無理はない。そしてもう一人の兄弟、カマイは命こそ取られなかったものの、ある意味では死よりむごい末路を迎えた・・・


 カマイに訪れた不幸に一番涙を流したのは以外にもフナートであった。いつもいつもカマイとは喧嘩が絶えない彼であったが、それでも彼は彼なりに弟を愛していたのだ。都市の君主に正式に任命されたときや、温度差発電の開発の主任に選ばれたとき、に誰よりも弟を祝ってあげたし、父や母にあたる先代の王や王妃が死んだときも、わんわん泣き叫ぶ弟をそっと慰めてやった。


「確かにアイツは口が悪くて、で、なよなよしたところもあったさ、それでも・・・かわいい弟には違いなかった。少なくとも生意気なクジナよりは・・・それを・・・それを・・・よくもこんな目に・・・切断者め・・・!!」


 フナートはホロ会議で周りを気にせず泣き崩れた。だがリアス王をはじめだれも止めようとする者はいなかった。顔には出さなくても、心ではフナートと同じ心情だったからだ。


「涙を流すのはそれくらいにしておけ、フナート。我々は一刻も早くカマイやクジナの仇を討たねばならない。・・・余は奴らを見くびり過ぎた。」


 リアス王は都市警備隊が集めた切断者たちのデーターをホロ会議で共有した。青白い3Dディスプレイにギロチン、メイデン、ファラリス、そしてクノナシが映し出される。切断者たちはいつの間にか人数が増えていたことを知ると、ミャコナは眉をひそめた。


「このクノナシという男も、やはり銀河連邦の・・・?」

「どうやらそうらしい。だが、記録によればこの3人よりも先にこの星に来ていたようだ。それより問題なのは・・・」


 次に画面に映し出されたのは、温度差発電所から発せられた謎の閃光の写真だった。


「切断者たちはそれぞれ高熱度振動波、造換鋼鉄針、超熱伝導波という能力を使うことが確認されたが、この謎の閃光は今回初めて確認されたものだ。おそらくこの男が関わっていることは間違いないだろう。」


 憎々しげにクノナシを睨むリアス王に、ケセンナとサカリナが改めて問う。


「そしてこの光が・・・カマイお兄様からすべての記憶を奪ったのですね?」

「カマイお兄様の頭の中にあった、超低温微小構成体フリーズナノマシンの情報も、私たちとの思い出もまるごと・・・」


 そうだ、とリアス王は無言でうなずいた。秘匿性を高めるため、カマイの頭脳だけに情報を集中させたのが帰って仇になった。あと一歩のところで完成に近づいていた温度差発電やその計画の要でもある超低温技術は今全てが忘却の彼方、振出しに戻ったのだ。だがもう一から研究をやり直すほど、悠長にしては居られない。事は急を要するのだ。


「これ以上奴らに発電所を破壊される前に、一刻も早くデルタクロン計画を進めなければならない。少々急ぎ足になるが、都(みやこ)にたどり着く前にを完成させれば奴らより優位に立てる。いや・・・奴らだけではない、銀河連邦や、宇宙全体にもな・・・各都市君主は自己に課せられた任を着実に進めるように!」


 こうして、緊急会議はひとまず終わりを告げたが、リアス王はフナートだけ独自回線で会議を続けた。


「フナート、龍潜洞のほうはどうだ。うまくいったのか。」

「ああ、例の件ならどうにかなりそうだ。サンプルを取ってみたが、どれもなかなかの耐久性で、都市警備隊の外装強化には申し分ない出来だぜ。」

「よし、では早急に事を進めよ。切断者の攻撃に耐えうる物質は今の所あれしかないのだからな。・・・それと、念を押しておくが、切断者は思ったよりもできる連中だ。もし遭遇した場合は、あくまでも任務を優先するのだ。いいな?」


 分かってるよ兄者、とフナートは会釈したが、リアス王は心配だった。兄弟で一番血気盛んのフナートの事だ。もし切断者たちと相まみえたらカマイの敵としていの一番に飛び込んでくるかもしれない・・・と。

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