第19話 龍との遭遇
ワイズ山を貫く一番大きな洞穴には、龍が潜むと言われている。
もしその洞穴にむやみに近づいて、龍の声を耳にしたものは帰り道を見失って生きては帰れない。
それがここら辺の発電所村の言い伝えであったが、既にそれらの村は党の昔に廃村になっているし、周りの太陽光都市に越した元村民にもその言い伝えの真偽のほどを知るものは誰一人としていなかった。
この星の人でさえ信用しなくなっているものを、科学と機械と申し訳程度の有機体で構成された身体を持つギロチンたち銀河連邦がもちろん信じるはずもない。いざ入ってみれば、その龍の声とやらは洞穴を吹き抜ける風が起こした自然現象だったし、帰り道を見失うというのは、その龍の声で冷静さを失ったものが洞窟のあちこちにある分岐点に間違って入ってしまう事を大げさに表していただけであったのだ。
「疑似網膜で簡単に調べてみたけど、これらの小さな分岐点はその先の殆どがすぐ行き止まりになっていて、冷静に引き返せば道を見失う事なんてまずありえないわ。まあ、言い伝えなんてそんなものよ」
メイデンは男3人を先導しつつ、淡々とこの洞穴と言い伝えの正体を看破した。
広いとはいえ道は人一人通れるかというくらいに狭く、所々崩れかかっている。また茶褐色の壁からは所々湧水が湧き出ており、その周りに生えているコケをなるべく触らないようにして進まなければならない。そうしないと・・・
ズルッ
ゴチン!
「いってぇ!!」
・・・このクノナシのように手を滑らせて盛大に転んでしまうからだ。
「あいててて・・・」
「大丈夫かいクノナシ?もうこれで3回目だよ?」
「いやあ、どうも面目ない・・・」
そんなこんなで暗闇を進むうちに、密使たちはようやく洞穴の中間点にたどり着いた。洞穴に入るまでが長かったのと、ここからクーゼン・タカタウンへは洞穴を含めても相当な距離があることから密使たちはこの場所で野営をすることになった。
少々湿気が多いがこれくらいなら電子除湿膜を張れば済む話だ。
「洞窟の中で寝るなんて、ハニカム星での任務を思い出すね。あの星いろんなところが六角形の穴だらけで、これがまた大変な任務だったなぁ・・・」
「ええ、どこかの誰かさんが六角形の一番大きな穴に入ってみようと勝手に先導して、よりによって一番目覚めさせてはいけないクインビー8をたたき起こして散々な目に遭わせてくれたものね」
「もうメイデンはまだそうやって・・・でもおかげで蜜月のクインビー団を探す手間がぐっと省けたんだから、むしろ感謝してほしいくらいだよ」
二人がああだこうだと議論している最中、ギロチンとクノナシはそこらへんで取れたキノコを焼いて食べていた。良く熱を通すと美味しく食べられるのだが、咀嚼すると少々ぱちぱちと破裂する感覚があるので、これらは一般にシビレダケ、とも言われているとクノナシは口の中で軽い破裂音を鳴らしながら説明した。
「・・・美味い・・・」
「でしょう?このぱちぱちがなかなか癖になるんですよ、そしてこれに”ショウユ”をかけて食べるともうたまりませんよ!」
あっという間にシビレダケを食いつくした二人の目線は、自然とファラリスとメイデンに向いていた。未だ例のハニカム星の件について、洞窟内に響くような声で激しい口論を重ねているようだ。不意に、ギロチンはらしくない質問をクノナシに問うた。
「・・・クノナシには、仲間はいなかったのか・・・?」
「俺ですか?・・・勿論いましたよ、といっても、今から遠い遠い昔、この星に流れ着く前に死別してしまいましたがね・・・」
洞窟の向こうよりもさらに奥の、どこか遠くを眺めるようなクノナシの悲しそうな視線をみてギロチンはそれ以上は聞かないことにした。少なくとも彼は嘘はついてるように見えなかったからだ。
が、その視線が一瞬メイデンに向けられた瞬間に呟いた言葉は聞き逃さなかった。
「本当に・・・そっくりだよ・・・」
・・・
さて、まさか反対側に切断者たちが野営しているとはつゆもしらず、たった今それに気づいて大慌てなのはリアス王の弟、フナート・O・リアス率いるクーゼン・タカタウンの都市警備隊特殊生物調査団だ。
切断者と鉢合わせした時のためにある程度の覚悟はしておけとフナートに命令されたものの、まさかここまで早く遭遇しようとは思わなかったので彼らは急いで「調査結果」をまとめて都市への待避を急いだ。
「いいか、者ども。予定よりだいぶ早く奴らと遭遇することになったが、お前達はその"研究成果"を俺の都市、そして兄者の都(みやこ)へと真っ直ぐ届けることだけ考えろ。まともに戦おうとするな、戦ったところでどのみちあいつらには太刀打ちできぬことは、クジナやカマイの件で嫌と言うほどわかっているはずだ」
フナートは緊急会議にて、これからの動きを簡潔に都市警備隊各部隊長に伝えた。
「了解しました、ですがフナート様は、どうなされるおつもりですか?」
「さっき都(みやこ)から急ぎで取ってこさせた"アレ"を使って、俺が切断者達を食い止める」
「では・・・やはりフナート様は、ここに残られるおつもりで・・・」
「どのみち俺は負ける。だがな、どうせ負けるなら少しでも時間を稼いだほうが甲斐があると言うものよ…全ては兄者の大義を果たすため…プロジェクト・デルタクロンを完遂するための糧になるのだ。消して無駄死にはせん」
そういって早々に会議を終わらせたフナートは背後を振り返り、自分たちの設営した前線基地を見下ろすようにそびえたつ”あるもの”に、自らの犠牲が無駄にならないようにと祈りを捧げ、心を決めた。
しばしの休息を経て、再び洞窟を進みだした銀河連邦の密使たちであったが、昨日の口論が白熱し過ぎたのかメイデンとファラリスは満足に休みを取れていなかったようだ。ふん、と鼻を鳴らしてファラリスがあくまでも自分の正当性を主張すれば、それをメイデンが皮肉で突っ返すというやり取りをまだ続けている。
「・・・僕は悪くないもん!」
「ええ、そうね。クインビーの蜜でべとべとになった私に、超熱伝導波を浴びせて2週間は落ちない焦げにしてくれたことさえなければね」
「別にあれはわざとじゃないもん!」
二人の口論を最初は面白がっていたギロチン、クノナシの男二人もいい加減飽きてきたのでもう耳を傾けずに列を先導する。相変わらずのぬるぬるとした壁に手を滑らせながらも、一行は確実に洞窟の出口へと進んでいた。
やがて、二人の口論もやんで洞窟の道のりもそろそろ終わりが見え始めた矢先、ファラリスはふとつぶやいた。
「龍が潜む、とか何とか言ってたけど、結局龍どころか動物一匹いなかったね」
「そうね。結局はただの伝承に過ぎなかったのよ、龍の存在は」
メイデンはわざとクノナシの耳に入るように言ったが、彼は彼女の言葉が聞こえないふりをしているのか、それとも本当に聞こえなかったのか顔色を曇らせてボソボソとつぶやいている。
「・・・おかしい、そろそろ遭遇しても良い頃なんだが・・・」
「クノナシ?」
「あ、はい!なんでしょう?」
「さっきから何をぶつぶつと・・・?」
ちょっとした独り言だ、とクノナシはとっさに誤魔化して、改めてメイデンが聞いたことに対して答えた。
「でもまぁ、いなかったらいなかったで、楽に洞窟を抜けられるから良かったですね、ちょっとした冒険気分にも浸れましたし」
「龍と言っても色々あるけど、この星はどんなタイプの龍が語られているんだい?」
「そうですなぁ、伝承によるとまあこんな感じで・・・」
そういうと、クノナシは伝承を基に作り上げた龍のホロイメージを密使たちの前で表示した。4本の角に爬虫類を思わせる顔と青い身体、そして大きな翼と4本脚とまあよくある龍のイメージ像である。
「この星の龍は4本脚なのね」
「ええ、まあ俺の好きな星の言葉でいうなれば、西洋竜、と言ったところですかな。旦那もどうです?」
列を先導していたギロチンにもクノナシはホロイメージを共有した。ギロチンはホロマップを食い入るように見つめた後、クノナシにある要求をした。
「・・・この龍の、骨格イメージはないのか」
「えっ?・・・骨格イメージは・・・ありますけど、見たところでどうするんです旦那?」
「・・・龍がいなくても龍の化石は見つかるかもしれん・・・疑似網膜で走査するときの参考にしたい・・・」
クノナシはまさか旦那がそんなことを言うとは思わなかったと驚きつつも、龍の骨格標本イメージデーターをギロチンと共有した。
「何をする気だいギロチン?まさかこの期に及んで龍はいる、なんて言わないよね?もう僕たち洞窟の殆どを通過したんだよ?道中にはせいぜいキノコが生えてたくらいで、何も見かけなかったじゃないか!」
「・・・」
ギロチンはファラリスに耳を貸さずに黙々とデーターをダウンロードし、疑似網膜の光学走査機能を使って付近一帯を調べ上げた。
[光学走査開始]
[対象:巨大爬虫類系動物存在痕跡]
「そんなことしても無駄だよギロチン、ここには龍は居ないんだって」
[走査範囲:拡大]
「拡大したって駄目さ、いくら疑似網膜とはいえいないものを走査なんて・・・」
[確認]
[確認]
[確認]
[存在予想位置:至近]
「・・・見つけた。」
「え?」
「・・・疑似網膜光学走査参照データーと酷似する物体がこの先にある。・・・こっちだ。」
ギロチンは疑似網膜が示す位置に従って洞窟の奥へと進んでいく。それを見て密使たちもあとからついて行った。そして、ある程度洞窟が開けてきた箇所でギロチンは上を見上げたまま止まった。
「ギロチン、どうしたの?」
「・・・明かりをつけてくれ。ファラリス」
「えっ・・・いいけど・・・」
それまで暗視機能がついていたので洞窟を照らす必要が無かったのだが、つけろというので密使たちはそれをいったん解除し、ファラリスの放った照明弾で辺りを照らした。照明弾の放った閃光は洞窟中に反射し、一瞬だが真昼のような明るさになった。だがその一瞬は、壁の中から白い巨体をのぞかせる巨大生物の化石らしきものを密使たちに見せつけるには十分だったのだ。
「う・・・うそ・・・」
「まさか本当に居るなんて・・・伝承は本当だったのね・・・」
まさしく、龍だった。正しくは、龍の化石だ。この龍潜洞を龍潜洞たらしめる存在は、実在したのだ。密使たちが自分たちがここへ来るのを太古の昔から待っていたように見下ろしている龍の化石に驚愕する中、ギロチンはクノナシに聞いた。
「・・・クノナシ」
「なんですか旦那?」
「・・・さっきの龍の骨格イメージデーターの件だが・・・」
ザッ、ザッ、ザッ・・・
「・・・!」
突然後ろから近づいてくる足音に気づき、ギロチンはとっさに後ろを振り向く。他の3人も合わせてギロチンの向く方へと注意を向けた。そこに立っていたのは・・・
「案外遅かったな、切断者共」
全身を都市警備隊のそれとは違う、どこかごつごつと有機的に感じられる鎧を着こんだ、リアス王の弟にしてクーゼン・タカタウンの君主、フナート・O・リアスその人であった。
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