第17話 逆転のフラッシュ・コンバーター

 砲身はいよいよクノナシとファラリスに向けられた。今二人はこの砲弾をよけきる力は持ってはいない。今撃たれたら・・・おしまいだ。


「このナノマシンは僕が脳髄から直接送る指令で動くんだ、即ち僕が凍結解除の命令を出すか、死なない限り永遠に解凍できない。それを知らずに一生懸命溶かそうとしている君たちの姿は、とても面白かったよ。」


 恨めしそうに見つめる二人から照準を外さずに、カマイは冷酷な笑みを浮かべながら話しかける。この引き金を引けば二人とも一発で仕留められるが、どうせ引くなら二人がもっと恐怖にこわばった表情の時に固めないと面白くない。


「大丈夫、完全に殺しはしないよ。君たちをその無様な恰好のまま都市に展示して、三陸王にたてついた間抜けな切断者の氷像、として永遠に笑いものにするだけだから。ふふふ・・・」


 いよいよ迫る最後の時を前にして、とうとう観念したのかファラリスはクノナシに詫びた。


「ごめんよクノナシ・・・君を銀河連邦に連れ帰る前に・・・こんなことになるなんて・・・」


 だが、クノナシは逆に不敵な笑みを浮かべていた。


「ファラリスの兄貴、まだ諦めちゃいけませんぜ、あいつはよりによって自分の口から俺たちに打開の機会を与えた・・・」

「えっ・・・?それってどういう意味・・・?」

「説明している時間はないです、兄貴。・・・」


 そういうとクノナシは力を振り絞って、左腕でバトルスーツの胸ポケットから白くて細長い、ペンライトのようなものを取り出した。先端には発光機関らしきものがのぞいている。それをカマイに向けて構えたクノナシは、相手に意図を悟られないように心の声でファラリスにささやいた。


「(兄貴、一瞬だけ・・・一瞬だけでいいんです。左腕の氷を溶かしてください・・・)」

「(クノナシ!?いったい何を・・・)」

「(いちかばちか、を使います!早く!!)」


 チャキ・・・


「(・・・くそう、もうどうにでもなれ!!)」


 やけになったファラリスはクノナシの腕に向かって超熱伝導波を放った。一瞬だが自由になったクノナシの左腕はバシャッと音を立てて態勢を整える。そして・・・


「いっけぇぇ!!」


 バン、という爆裂音と同時に、何とクノナシは左拳をカマイに向けて射出した。その左手には先ほどのペンライトもどきがエンピツのごとく握られている。最後にどんな手を使ってあがくかと思えば、まさか手だけが自分めがけてまっすぐ飛んでくるとはさすがのカマイも想像できなかった。


「え・・・?」


 カマイがあっけにとられている隙に、クノナシはファラリスを含めた全員に緊急命令信号エマージェンシーコードを送った。


「(コード:005!!)」


 銀河連邦軍の半機械人間に必ずプログラムされる緊急命令信号。この信号を受信したものは直ちにその命令内容が実行される。コード005の内容は、「視覚機能一時停止」である。完全に凍結されて行動不能となっているギロチンやメイデン、そしてファラリスやコードを発したクノナシも含めて視覚機能が停止された。そしてそれと時を同じくして、発電所一帯はまばゆい光に包まれた。


 バシュウゥゥゥゥ・・・


 光源はクノナシの左拳が握っていたペンライトもどきである。カマイの眼前にまで来た時にスイッチを押して作動するようにあらかじめプログラムされていたのだ。これこそがクノナシが最後の最後まで取っておいた奥の手だった。そのまばゆい光は発電所から離れたカーマインタウンからもはっきりと目視出来るくらいの輝きだった。


「あの光は・・・なんだ・・・?」


 当然、カーマインタウンで一休みしていたリアス王の目にも良く見えた。真昼間だというのに太陽よりもまぶしい光がはるか遠くの森から、それも例の温度差発電所の方向で輝いている。弟が切断者を仕留めたのだろうか。いや、弟は切断者たちを氷漬けにしたのだ、爆発はあり得ない。何より、爆発の光にしては明るすぎる・・・


「・・・まさか・・・」


 一抹の不安を覚えたリアス王はすぐにカーマインタウンの都市警備隊を緊急招集し、例の発電所へと急行するように命令した。リアス自身も弟の安否を確かめに急いで身支度を整える。

 一方、当のカマイの方はというと・・・


「・・・・・・」


 クノナシの左拳に握られた装置から放たれたまばゆい光をもろに喰らったカマイは、放射凍結銃を力なく手放し、うつろな目でただ呆然と立ち尽くしていた。そして、不思議なことに切断者たちの自由を奪っていた生ける氷は、段々と解け始めていく。クノナシの賭けは、見事に成功したのである。


「ふぅ・・・あぶなかった・・・またに助けられるとは・・・」


 クノナシは全身の力が抜けると同時に地面に大の字に寝転がった。隣のファラリスは視覚機能を回復し、体の自由もいくらかきくようになったものの、未だ何が起こったかが分からない。


「氷が・・・解けている!!でも、なんで・・・?」


 しばらくして、ほぼ0距離で氷の呪縛を食らったギロチンもようやく解放され、しばらく突っ伏した後にゆっくりと立ち上がった。


「・・・俺は・・・いったい・・・?」


 仁王立ちのまま氷漬けにされていたメイデンも一旦はよろめいたものの、すぐに態勢を立て直して状況を把握した。


「一体、どうなっているというの・・・そうだ、あいつを・・・!!」ジャキン!!


 メイデンは呆然と立ち尽くす無防備なカマイに向かって、さっそくお返しだと言わんばかりに高速鉄針弾を放とうとするも、クノナシにやんわりと制止された。


「メイデンさん、あいつの事なら心配いりません。万事、うまくいきました。奴はもう氷を操れませんし、この発電所も二度と動くことはありません」

「うまくいったって・・・ファラリス、私が凍っている間に一体クノナシは何をしたというの?」


 ファラリスは全てを見ていたが、全てを理解したわけでは無かった。僕も知りたいところだよ、とでも言いたげに肩をすくめる。


「僕にも分からないんだ、一体何が起こったのか。肝心なところは緊急命令信号で隠されて見れなかったんだよ。クノナシ、あいつをどうやって無力化したんだい?」

「なあに、簡単なことです。奴だけが知っているナノマシンの制御方法を、こいつで頭の中まるごときれいさっぱりしただけですよ・・・」


 そうしてクノナシは戻ってきた左拳と、握られている白いペンライトもどきの装置を密使たちに見せた。




「この、フラッシュ・コンバーターでね」




 リアス王の予感は、なんとも悪い形で的中した。

 発電所を去るときは、切断者があと一歩のところまで追い詰められていたはずなのに、戻ってみると切断者たちにはとっくに逃げられており、ただ呆然と一人立ち尽くすカマイの姿しかなかった。


「カマイ、大丈夫か!!」


 リアス王はうつろな弟に駆け寄り、とりあえず生きていることが分かると安堵した。

 発電所はすでに動きを止めている。おそらくは切断者にやられたのだろう。呼びかけてもなぜか気付かない弟を、リアス王は肩をつかんで必死に揺さぶる。


「切断者はどうした?倒したのか?それとも・・・」

「・・・あ・・・」


 カマイは実の兄をうつろな瞳のまま、じっと見つめている。そして次に放った一言で、リアス王はかわいい弟の身に何が起きたのかを思い知らされることになる。




「ここって・・・どこですか?・・・僕は、誰ですか?そしてあなたは・・・・どちら様ですか?」




 クノナシが持っていた、たった一つの切り札、フラッシュ・コンバーター。

 この装置から放たれる光は、全てをかき消す忘却の光。

 カマイの全ての記憶は、この光がすべて消し去ってしまったのだ。






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