第16話 危し銀河連邦

 少し時をさかのぼること半日。


「思った通りやられたか、め。やはり都市を任せるには幼すぎた」


 死んだ妹の育て方を誤ったことを後悔しているこの男こそ、この三大陸を統べる三陸王リアスその人である。今彼は、城郭都市カーマインタウンにて開発中の新しい発電方法、温度差発電の進捗について視察しに来たのだが、この都市に到着して早々、クジナの訃報が入り込んできたために緊急で自らの兄妹でもある都市君主との会議を開いた次第であった。

 と言ってもここにいるリアスと、その弟でありカーマインタウンの君主でもあるカマイ・C・リアス以外は自分の都市を離れるわけにはいかないので、ホログラムによる参加となる。


「リアスお兄様のせいじゃないよ!悪いのはクジナちゃんだよ!マイもあんなに注意したのに・・・でも・・・なにも殺すことしなくたっていいのに・・・うえええん!!」


 弟、と言ったがカマイはなぜか女の立ち振る舞いをするのが好きな弟であった。男がにしてはあまりにも女々しいしぐさにはもう三陸王もすっかり慣れたものだが、他の兄妹たちは未だに受け入れられないのだろうか、ホログラムの上からでもはっきりと渋い顔をしているのが見て取れる。


「うるせえこの野郎ッ!!ホロ会議とはいえ公的な場ではふるまいを正せと言っただろうに、その女々しいしぐさいつになったら治るんだ!!」

「フナート、落ち着きなさい。怒っても何もならないわ。」

「ミャコナ姉貴は甘すぎるんだよ、その甘さがクジナをこんな目に合わせたんじゃないのか、ええ?」

「フナート!慎みなさい!仮にも血を分けた妹が死んだのですよ!」


 血気盛んなフナート・O・リアスは姉のミャコナ・Y・リアスにたしなめられてしぶしぶ矛を収めた。いつも見慣れている光景だからだろうか、他の兄妹たちは特に気にせずに会議を続ける。次に発言したのは双子のケセンナとサカリナである。


「切断者たちは我々の発電ネットワークを何の目的で切断するのでしょうか?」

「この星を滅ぼす目的できたのなら、やり口が少々回りくどいように思えますが。」


 ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らしたフナートがその質問に同調する。


「全くだよなぁ、この星に滅びてほしかったら惑星ごと破壊しろってんだ、それを田舎の発電所村からちびちびちびちびと、まあ臆病なやつらだこと」

「お兄ちゃん、この星はまだ風邪をひいてるんだよ?下手な破壊を行えば銀河中に惑星風邪が飛び散ってとても面倒なことになることくらい、流石に銀河連邦も分かってると思うけどな」

「う・・・うるさい!!それくらい俺もしってらぁ!」

「フナート兄ちゃんはいつも考えが浅はかなんだよね~、こんな調子じゃ、もしかしたらクジナの次にぶった切られるのは、お兄ちゃんかもしれないね」

「こっ・・・・この野郎っ!!ホロ会議じゃなかったら今頃ぶん殴ってるところだぜ!!」


「やめろ!!二人とも!!」


 王宮から遠く離れた所からでもまるでその場にいるかのような会議が出来る立体映像ホログラフィ会議だというのに、すでに臨戦態勢になっていた二人は兄リアスの一喝で我に返り、場を乱したことを皆に謝罪しながら自分の席に戻った。結局、切断者対策としてそれぞれの都市警備隊の強化と、発電所の防衛網の強靭化というさもありきたりな結論が出てホロ会議は終了した。重納電の件については誰も話題にさえしなかった。


「・・・して、カマイよ。例の温度差発電所についてだが・・・」

「もう視察に行くの?いつでも準備は出来てるけど・・・」

「いや、視察の件はもういい。今は緊急事態だ。・・・少し、私のきまぐれに付き合ってくれるか?」

「?」

「実は・・・」




 ・・・



「・・・切断者への対策になれば、と無理を言わせて作らせたこの放射凍結銃、試験もせずに撃った割にはなかなかの効果だな。」

「リアスお兄様、すごい!切断者があの通り手も足も出ないよ!!」


 放射凍結を喰らった密使たちは、じわじわと広がる氷に体の自由を奪われていく。三陸王とその弟はそれを発電所のバルコニーから高みの見物としゃれこんでいる。


「くっ・・・あなたが、リアス王・・・っ!」


 メイデンが余裕そうに構える男をにらみつけて言った。


「いかにも余がリアス王だ。先のジークタウンではクジナが世話になったな。これはその心ばかりのお礼のつもりだったのだが、喜んでもらえたかな?」

「これくらいでひるむほどっ・・・銀河連邦は甘くないわ!ファラリス!」


 こういう時こそ彼の超熱伝導波が役に立ちそうな所だが、当の本人はクノナシの助力を借りて自分の拘束を解くのもやっと、の状態であった。そしてその解凍を手伝っているクノナシの手もだんだん白ばんでいく。


「いけない、関節の潤滑油グリスまで凍り付いてきた!!」

「メイデン、ダメだ!これはただの冷却現象じゃない!!」


 それもそのはずだよ、と高らかに言い放ったのは三陸王の弟たるカマイだ。


「温度差発電に利用するために開発した特殊なナノマシンを使ってるんだから、そう簡単に溶けるわけないじゃん。それは熱を与えれば与えるほどカチコチになるように設計した特別製だからね。でもまさかグリスまで凍らせるほどとは思わなかったよ、流石リアスお兄様!!」


 カマイは兄をほめたたえたが、当の兄はどこか不満足げだ。そこには失望の表情もにじんでいる。


「あの末っ子クジナに任せていたとはいえ、都市を一つ潰した切断者がどれほどれ程のものかと思えば、気まぐれで思いついた兵器一つにやられるとは。余は切断者を少々買いかぶり過ぎていたようだ」


 やれやれ、とため息をつくリアス王に一矢、いや一針報いようと。メイデンは比較的自由に動ける右腕をどうにか動かして、高速鉄針弾の狙いを定めた。


「決めつけるのは・・・まだ早いわ!!」ジャキン!

「おっと、どっこい!」


 攻撃の気配をいち早く察知したカマイはメイデンの動きを封じた。足の自由を奪っていた氷がするすると薄く広がり始めて、とうとうメイデンは顔以外の自由が利かなくなってしまった。特に手の部分は分厚い氷に包まれていて、針の発射はおろか造換もかなわない。


「思った通り、針は手から造換されるんだね、でもこの僕の指令通りに動くナノマシンを使って封じてしまえば、空気中の鉄分には触れることはできない。残念だったね、

「(こいつ・・・造換手の仕組みまで・・・!)」

「じゃあ、しばらくおねんねしててね。」

「くっ・・・・あ・・・あ・・・」


 とうとうメイデンは顔さえも生ける氷に包まれて完全に動かなくなってしまった。切断者たちのリーダー格が完全に行動不能になったところを見計らって、リアス王は身支度を始めた。この程度ならカマイ一人に任せても十分だと踏んだからだ。


「ではカマイよ。後は任せたぞ。余はここらへんで都(みやこ)に戻ることにする」

「うん!じゃあね、お兄様。後でこいつらの氷像を都に送って、都(みやこ)で祝勝会も兼ねた雪まつりやろうよ!!」

「分かった、楽しみにしておこう」


 いつの間にか用意していた専用浮上艇に乗り込んでこの場を後にしようとするリアス王。このままでは逃げられる。何とかして食い止めなければならない。


「・・・せめて、奴だけでも・・・!」キュイイイ・・・


 ガシャン!


「・・・ぐっ!!」

「ギロチン!!何をする気なんだ!!」


 なんと彼は、凍り付いた自らの膝から下を緊急パージし、その勢いで一瞬のうちにリアス王を直接斬れる間合いへと踏み込んだのだ。護衛の隊員たちはあまりの速さに体が追い付かない。カマイも反応するだけで精一杯だ。当のリアス王もまだこちらに振り向ききっていない・・・今なら・・・斬れる!!


 カチ・・・


 ブウゥン!!


「・・・!!」


 今、目の前にいたはずのリアス王は突如として消えた。こちらに気づいて避けたのか・・・?いや、この間合いで避けるには時間が足りなすぎる。だが疑似網膜には奴の姿は捉えられなかった。いや、存在自体が消えた・・・といったほうが正しいか?少なくともただ一つ確実なことは・・・この攻撃は外れた。それだけだ・・・


「なんとも、鈍い刀だ・・・切断者よ」


 奴は居た。それもギロチンの背後に。手には砂時計のようなものを持っている。どんな時でも背後を取られたことのなかったギロチンは、この時ばかりは流石に動揺を隠せなかった。


「やれ、カマイ!!」カチ・・・


 その声と共にリアス王は砂時計のスイッチを押して再び消えた。その後ろではギロチンに砲身を向けたカマイの姿がと、飛んでくるナノマシン搭載の砲弾・・・


「ギロチン!!避けろ!!」


 バゴォン!!


 全ては手遅れだった。黙々と立ち上る白煙が晴れるにつれて見えてきたのは、全身をまるで氷像のように氷漬けにされて倒れているギロチンの無残な姿であった。いつの間にか姿を現したリアス王は勝ち誇ったように切断者に言い放つ。


「ふん、他愛もない・・・浮上艇を出せ!」


 万事休す。リアス王には逃げられて、ギロチンとメイデンは死にこそしないもののまともに動けなくなり、ファラリスとクノナシもだんだんと動きが鈍くなって、とうとう倒れこんでしまった。既に解凍はあきらめて、警備隊をどうにか捌いたものの、先の二人に様に動けなくなるのは時間の問題であろう。


「すごいね切断者、手負いの状態ながらも警備隊のみんなをやっつけるなんて。・・・でも、もうこれまでだよ」


 冷酷な笑みと共に向けられた放射凍結銃の砲身を避けられるほどの力は、もう二人には残されてはいなかった・・・

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