第11話 処刑祭り前夜

 ジークタウンなどの都(みやこ)の周りに配置された城郭都市の主な発電方法は、太陽光発電だ。火力村や水力村とは違ってあまり土地の空白がない都市では、都市の住宅や公共施設などの屋上部に設置されている高効率度太陽光集光板ソーラーパネルにて発電する。ただ、この発電方法は天候状況にとても左右される為、他の発電方法と比べて発電量に大きな”むら”が発生することがある。だが、このジークタウンなどをはじめとする太陽光都市はいつも晴れの日が多かった。


 ジークタウンの中心部に存在する総合納電管理局。この白いレンガ積みの建物こそがこの都市の事実上の「本丸」である。その真下には都市警備隊が管轄する地下牢獄があり、悪さを働いたものはみなここに収監される。が、ここに収監されているものの中には、”本来の意味での悪人”は殆どいなかった。無論、昨夜この都市を収めるーーそれにしてはあまりにも幼すぎる出で立ちのーークジナ率いる都市警備隊に捕縛されてここへ連れてこられたギロチンも例外ではない。


「・・・」


 昼でも薄暗く、体にまで寒々しさが伝わってきそうなほど殺風景な灰色の部屋。典型的な牢屋らしい堅牢な構造をしているが、これくらいの構造なら彼はいともたやすく自分の得物一つで脱獄することが出来る。問題はそれが本来あるべき自分の手元にないことなのだが・・・しかし、例えそれを持っていたとしても、今の彼は自らの記憶領域に深く刻まれた負の記憶トラウマの影響で人を切れなくなっているので、結局同じことであった。


「・・・」

「捕まって一日もせずに”処刑祭り”にて死刑執行なんて、あんたも災難だねぇ」


 聞こえた声の方を向いてみると、自分が収監されている牢の向かい側に一人の赤い短髪の女の姿が確認できる。女は鉄格子に、露出が多く動きやすそうな服装をした体を持たれかけ、どこかうつろ気な表情でギロチンに語り掛ける。


「・・・死刑執行・・・?」

「そう。この牢屋は死刑囚専用の部屋なのさ。ここにぶち込まれた囚人の中で生きて出てきた者は一人もいない・・・そんな部屋へ、あんたは不幸にもぶち込まれたんだよ」

「・・・」

「ねぇ、あんたは何やったんだい?本当ならここに入れられるまでに裁判も含めて最低三日はかかるはずだよ、それさえもすっ飛ばして執行直前にぶち込まれるなんてあんた、相当デカいことやらかしたんだろ?どうせすぐ死ぬんだ、あたいにだけ教えておくれよ」

「・・・俺は、この星を滅ぼすために・・・発電所を、破壊して回った。・・・」

「へぇ・・・発電所の破壊・・・って、ええっ!?」


 女はその言葉を聞くなり驚愕し、思わず声を漏らしてしまう。ここにギロチンとこの女以外には、けだるそうに地下牢を見張っている数名の警備隊員以外に人はいなかったのは幸運だった。女は咳払いをしてギロチンに向き直る。


「じゃ、じゃあ、巷で話題の”切断者”っていうのは、あんたの事なのかい?」

「・・・ああ。そうだ。・・・」

「はは、こりゃあたまげたねぇ・・・まさか今際の際に有名人様と死を共に出来るなんて、あたいはとんだ幸せもんだよ」

「・・・お前は、何をしてここへ・・・?」

「あたいかい?あたいはねぇ・・・」


 ・・・


「・・・よろしいのですか?クジナ様。」

「何度も言わせないでよ!切断者はこの私が捕まえたんだから、もう納電管理局の緊急警備体制は解除しても問題ない。それにもし、途中で変な気を起こされたらいけないからそっちの人員を処刑祭りの警備強化に回せっていうの!」

「ですが、切断者は報告では確かもう二人ほどいたと聞いております、念のため、切断者処刑直前までは厳戒態勢を解除しない方が・・・」

「私がいいと言っているじゃん!・・・それとも貴方、処刑祭りの「主演」として参加したいの?」

「い、いえ・・・クジナ様がそういうのであれば・・・それでよろしい・・・かと・・・」

「じゃあ、私のいう事に従ってよね。今日の処刑祭りで首切り台にかけられるのは例の切断者と、”盗電族の女首領”の二人で変更ないわ。今宵の祭りは盛り上がるよ!ふふ、あはははは!」


 死刑執行を町の人に”祭り”として見てもらおうというのはこの小さな暴君、クジナのアイデアによるものだ。月に一度、この都市に住む人にわざとこの光景を見せつけることで、自分への反逆など変な考えを起こさせないようにさせるために行われている。

 だが、リアス王をはじめとするクジナの兄妹たち、即ち他の都市の統治者たちはそれをせずとも強固な統治体制を敷けているため、恐怖による支配しかできないクジナは彼らにとっては永遠の”末っ子”扱いであった・・・


 ・・・


「・・・電気の盗賊・・・盗電族・・・。」

「あたいだって、好きで盗電族になったわけじゃないさ。・・・もともとはあたいも一介の村人に過ぎなかったんだよ。納電量が生活に支障をきたして、都市から盗まないとまともに暮らせなくなるくらい、重くなるまではね・・・」

「・・・」

「・・・でもあたい達盗電族の殆どは、都市で盗んだ電気バッテリーを全部自分たちの為に使ってるわけじゃない。自分たちが必要な分だけを差し引いたら、あとは重納電に苦しんでいる発電所村の人たちにくれてやる。そして、村からは絶対に盗電はしない。それが盗電族絶対の掟さね」

「・・・つまり、義賊・・・。」

「久しぶりに聞いたねぇ・・・その言葉。気に入ったよ、出来ればあんたとはここに入る前に会いたかったね・・・もしも、ここを生きて出られたら、あたいと二人で盗電やるかい?いいコンビが組めそうだよ、あんたとなら」

「・・・いや、俺は・・・駄目だ、役に立たない。・・・」

「そりゃあ、またどうしてだい?」

「・・・」


 ギロチンは、これまで自分に起ったことを全て女首領に話した。水力発電所破壊の時に村の唯一の生き残りを不注意で死なせてしまったこと。そのせいで乗り換えたはずのトラウマに苦しめられて人を切れなくなったこと。そして、そのために二人の仲間から追放されたこと・・・


「・・・挙句に都市警備隊に捕らえられて、ここへ入れられた・・・。」

「・・・ふふっ、なんだ、そんなことで自分は役に立たないと思ってたのかい。」

「・・・?」

「天下の切断者様も、になるときがあるんだねぇ、ますます気に入ったよ。・・・まあ、あたいらのように汚れ仕事を生業とするものは、駆け出しのころだと必ず一度は通る道だから、よくわかるよ。あんたの気持ち。」

「・・・」

「あたいもあんたみたいに落ち込んでた時があったねぇ・・・」


 ・・・


 盗電族をまとめ上げる地位にまでたたき上げたのはいいけど、それでもなりたての頃はあたいだってよくへまをやらかしたもんだよ。


 もちろん、こういう仕事柄、死人の一人二人は覚悟の上だったしみんなも文句は言わなかった。でも、ある時ほぼ全滅に追い込まれたときがあってね・・・。


 都市警備隊の策略にまんまと引っかかって、ほぼ全員が死んでしまった。あたいもその時に死ぬはずだったんだけど、たまたま通りすがった同業者の男が助けてくれたおかげでどうにか生還出来たよ。その男、今思えばあんたみたいな服装をしていたような気がするねぇ・・・


 自分が罠を見抜けなかったせいでみんなを死なせてしまったのに、自分だけ生き残って申し訳なくなって、あたいは大泣きさ。そのまま自分も死のうとさえ思ったよ。


 でも、そんなあたいに、その男はこう言ってくれたんだ。


 ~~


「あたいのせいだ・・・あたいのせいで・・・みんな・・・ううっ・・・」

「泣いたってお仲間は帰ってこないぜ」

「ううっ・・・でも・・・でも・・・」

「いいか、嬢ちゃん。もう過ぎてしまったことはしょうがない。いくら悔やんでも過去は変えられないんだ」

「・・・30人の仲間を、あたいは・・・あたいは・・・」

「30人死なせたのか。なら、60人救えばいい」

「・・・え?」

「1人死なせたら2人救って、2人死なせたら4人救う・・・そうやって死なせた数の倍、人を救えば、ここで死んだ奴らも少しは報われる、と俺は思うけどな」

「・・・」

「嬢ちゃんは盗電の技術だけでこの義賊連中の頭にまで上り詰めたんだろう?その腕ならきっとここで死んだ者たちの2倍、いや3倍の数の人たちを救うことが出来るはずだぜ?」

「あたいに、そんなことが出来るの・・・?」

「ああ。嬢ちゃんが生き残ったのは、きっとその為だ。死んだ仲間もきっとそう思ってるよ。きっと」

「・・・」

「だから、もう泣くなよ。きれいな顔が台無しだぜ?」

「・・・うん!」


 ~~


 あの時の言葉があるからこそ、あたいはここまでやってこれたのかもしれないねぇ・・・まあでも、結局この通り捕まっちまったら、意味ないけどさ。


 あんたもその銀河連邦とやらを救うために、発電所を破壊してるんだろう?重納電に苦しんでる今の村人からすれば、発電所なんてぶっ壊れればいいと思ってるのがほとんどだよ。あんたは少なくとも都市以外では英雄みたいなもんさ。本当によくやったよ。


 落ち込んでるあんたの助けになるかどうかわからないけど、もしまたそういう時が来たら、さっきの言葉、「死なせた数の倍の人を救う」を思い出してごらん。少しは楽になるはずだよ。・・・といっても、そんな機会もう一生来ないだろうけどねぇ・・・


 ・・・


「・・・死なせた数の倍の人を救う・・・か」


 ギロチンは女首領の語った言葉を頭の中で反芻したが、その時間はすぐに中断された。都市警備隊の連中ががやがやと二人の牢屋の前までやってきたのだ。


「切断者、そして盗電族の首領。出ろ。いよいよの納め時だぞ」


 既に日は落ち、都市には明かりがともり始めていた頃だった。これからこの二人はいよいよクジナとジークタウンの民衆や、都市警備隊の目の前で首切り台に立たされて処刑されてしまうのだ。



 しかし、ギロチンを絶対に逃がさない為にクジナが処刑祭りの会場に都市警備隊の9割を集めたのは失敗だった。

 切断者は、一人だけではなかったことを思いっきり忘れていたのだ・・・




















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