第10話 追放処分

「子供一人死んだくらいで任務に支障をきたすような兵士は、銀河連邦軍には不要よ。貴方もそれをよく理解しているでしょう」

「・・・」


 ギロチンは、目を合わせることはなかった。


「・・・そうやってずっと落ち込んでなさい。たった今から私たちと貴方は他人同士。どうしようと好きにするがいいわ。ファラリス。行くわよ」

「め、メイデン・・・ギロチンは」

「ファラリス」

「・・・わ、分かったよ・・・」


 二人は浮上二輪で次なる目的地、ジークタウンへと向かっていった。・・・立ち直れぬ心の傷を負い、そして今再び傷の深さを増してしまった切断者、ギロチンを置き去りにして。


「・・・」


 もうすぐ夜が来る。今宵は彼一人でここで野営しなくてはならない。野営に必要な道具は全て二人が所持していた。この幅広い荒野の中を明かりもなく過ごすことはサイボーグの彼にとって微塵も危険を感じることではなかったが、それでもたった一人で野営というのは、どことなく心細い。なんだかんだで彼は自分単独の任務をしたことが無かったのでなおさらその感情は思考回路の中で増幅された。


「・・・」


 ぱたり、と彼は大地の真ん中に寝転がる。天に向かって投げかけた視線の先には、煌々と輝く満天の星空が広がっていた。この星空を眺めながら、彼は物思いにふけった。この星空の向こうから、使命を帯びて自分はやってきたのだ、惑星安楽死任務という、重大な使命を。自分はこの使命を果たすために、全力を尽くすと誓ったのだ。


「・・・」


 だが今の自分はどうだ、二人は自分の為に親身になって精神鍛錬を手伝ってくれたというのに、完全に自分の負の記憶を乗り越えることもできず、その上勝手な行動ばかりして二人に苦労をかけさせている。その結果がこれだ。愛想をつかされて、滅びゆく惑星のど真ん中に放り出されて、こうしてむなしく星空を眺めることしか出来なくなった。


「・・・」


 ・・・自分は、なんてみじめなんだろうか。自分は何故こうなってしまったんだろうか。彼の投げかけた無言の問いに、星空は答えることもなく、ただただ煌々と輝いていた。そのうちに彼は一方通行の問答を諦め、省電モードに切り替えて今日の所は休むことにした。




 同じころ、メイデンとファラリスも野営を張って、明日の予定を確認している所だった。既にジークタウンは目と鼻の先であり、明日の朝にも都市への侵入を試みる。目標は当然、都市とその周辺の村の電力管理を一手に担うジークタウン総合納電管理局だ。


「おそらく火力村と水力村がやられてから、都市の納電管理局の警備網は相当強固になっているはずよ」

「うん・・・」

「ただ、都市内の戦闘ではおそらく浮上戦車は使えないだろうし、これまでの戦闘でだいぶ人員を消耗させたから決して難しいことではないわ」

「そうだね・・・」


 明日の予定を伝えているが、どうにもファラリスの返事には気がこもっていない。

 道中に置いてきた彼の安否が気がかりでしょうがないのだ。


「・・・まだ彼の事について考えてるの?もう忘れなさい」

「メイデン、やっぱりギロチンともう一度合流しようよ!今からなら夜明けまでには間に合うかも・・・」

「言ったはずよ。彼はもう私たちの班ではないわ」

「あいつは無口でぶっきらぼうだけど、本当はとても寂しがり屋なんだ、特に精神が不安定になっている今こそ、みんな一緒にいて、支えてやるべきだよ!」

「私たちは療法士セラピストではないわ。ファラリス。仮にも銀河連邦の秩序の維持のために働く、軍人よ。軍人はどんな時でも任務遂行が大前提、彼はそれが出来なくなったから追放した。ただそれだけの事よ」

「でも・・・ギロチンは・・・」

「これは班長命令よ」

「う・・・」


 ファラリスはそれ以上何も言えなかった。メイデンの言う事は決して間違ってはいない。班員全員の命を預かる以上、規律には特に気を付けなければならないからだ。そしてその規律を守れないものは、班長として厳しく処罰する。たとえ元エリート部隊からの転入であっても、死線を何度も潜り抜けた仲間であっても。そして・・・それが本心でなくても。

 第415班が編成された当初から、彼女は心底仲間思いであると知っているからこそ、心を鬼にしてギロチンを罰した彼女にこれ以上意見する気にはなれなかったのだ。


「(ギロチン・・・せめて・・・生きていてくれよ・・・)」


 ファラリスはただ、遠く離れた仲間の無事を祈るしかなかった・・・。




「・・・!」


 突然、自分の身に異変を感じたギロチンは省電モードから急速復旧した。だが・・・


「・・・!・・・!」


 いつの間にか、彼は身体中に行動制御鉄鎖を何重にもジャラジャラと巻き付けられていた。省電モード状態の間に何者かに捕らえられたのだ。だがこれくらいの鎖ごとき、これさえあれば簡単に・・・


「・・・?」


 いつも右腰に装備しているはずの自分の得物が、ない。

 彼は自分の体と、その周辺をよく探索してみたが、ないものはなかった。


「ねーねー」

「・・・!」

「お兄ちゃんが探しているのって、これ?」

「・・・!!」


 拘束されたギロチンに、どこからか赤と青の斜めストライプが入った白いコートを着ている少女が歩み寄ってきた。しかも、その手には自分の得物、高熱度振動剣が握られている。


「・・・そうだ、それは俺のものだ。・・・その剣を返してくれ。・・・この鎖を断ち切るために必要だ・・・」

「・・・はぁ、やっぱり」

「・・・?」

「こいつが・・・切断者だよ!ひっとらえて!!」


 バサァッ!!


 突然、暗闇の中からまるでカーテンを払うように現れた集団に取り押さえられたギロチン。無防備な状態で拘束されたまま襲撃されてはさしもの切断者もいろいろな意味で手も足も出なかった。


「・・・ッ!」

「あはははは!!火力村と水力村を襲撃した切断者と聞いて大勢で出陣してきたのに、寝込みを襲われた上自分の武器を奪われて何もできないまま捉えられるなんてばっかじゃないの?あはははは!!」


 ギロチンはこの高らかに笑う少女をにらみつけた。そして、自分を組み伏せている者たちがジークタウンの都市警備隊であるという事を今更ながら認識したのである。そして、これらの兵隊を統べるこの少女こそ・・・


「・・・何?その生意気な顔。こんな状況でよくそんな顔できるよね~」


 キュイイイ・・・


「この剣、すごくいい形してる・・・ちょっと一回試し切りしてみよっかな~」

「・・・ッ!!」


 エネルギーを充填した自分の得物が、今地べたに組み伏せられている自分の首筋に紙一重の距離で添えられている。超硬度合成樹脂はこの剣のエネルギー波に耐えられない。もし今ここで振り下ろされたら・・・


「いけませんクジナ様。クジナ様の御手をこのような男の汚らわしい体液で汚すわけにはまいりませぬ。そのような役目は我々の仕事です。」

「ちぇー、分かったわよ、でもその代わり、こいつが処刑される時には私に処刑装置のボタンを押させてよね!切断者は絶対このクジナ・N・リアスの手でとどめを刺すんだからね!」


 ギロチンの首筋から高熱度振動剣は離れ、クジナと呼ばれる少女の側近が預かることになった。とりあえず最悪の事態は免れたようだ。


「これで、お兄様のリアス王やお姉さま方を見返せるわ!私の事をさんざん辺境の末っ子扱いしてバカにして!切断者をとらえたと知ったらさぞ悔しがるだろうなぁ・・・ふふっ、あはははは!!」


 クジナは高らかに笑ってギロチンの元を離れた。そして都市警備隊は切断者を無理やり立たせると、浮上牽引車ホーバートレーラーのコンテナ部分に無造作にぶち込んだ。


「さぁ入れ!」


 ドンッ!


「いいか、変な気を起こすんじゃないぞ切断者。もし逃げようなんて考えたらお前は自分の武器に殺されることになるんだからな!・・・まあ、このままジークタウンに向かったところでお前は結局お前は死ぬことに変わりは無いがな。はははは!!」


 バタンッ!!


「切断者、拘束完了。これより全員ジークタウンに帰還する!」


 切断者を捕獲し、浮上二輪と浮上戦車を飛ばして意気揚々と本部に帰還する都市警備隊。彼らはこれで枕を高くして眠れる、今宵は飲み会だなどと歓喜しているが、彼らはギロチンが追放されているといった事情など知るよしもなく、むしろ捕まったおかげで彼を奇しくも次の目的地であるジークタウンへと簡単に入れてしまったのだ。

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