水力発電所編
第5話 惑星風邪
惑星だって生き物だ。
生きている限り、病気になることもある。
調子が悪ければ風邪になり、ゴホゴホと咳き込んだり大きなくしゃみをして何とかして体の中に入り込んだウイルスを追い出そうとする。人間レベルなら薬で治るのでお大事に、と他人ごとにできるレベルだが、これが惑星レベルならどうなるかというと・・・
「50年前の急激な海面上昇も、やはり”惑星風邪”が原因のようね」
「その時点で早急に処置しておけばまだ何とかなったんだけど、銀河連邦の治療措置申出も断ってそのまま50年もこじらせたら・・・もうどうにもできないな・・・」
「それまで惑星の3割を占めていた大陸の内、3分の2を失っても銀河連邦に助けを呼ばない、申し出ても応じないなんて、変な所で頑固なのよね」
「頑固と言えば、この峠道もなかなかの曲者だな・・・仮にも水力発電所への資材運搬道なら、バイパス道路の一つくらい作っておけばいいのに・・・」
水力発電所へはこの山を越えたほうが近道であったが、山道の整備状況は決していいものとはいえず、浮上二輪――ギロチンたちが都市警備隊から鹵獲して修理した――を最高速度で飛ばすことはできない。何より険しい山肌に沿って敷かれた道路の悪線形でさらに減速を強いられて、峠道の頂上に頃にはもうすっかり日が暮れてしまった。今夜はここで野営だ。焚き火の設営はファラリスが行う。本当はこの能力を先の戦闘で使いたかったのだが・・・
「・・・はっ!」
ボウッ・・・
「いつも助かるわ、便利ね、その能力」
「・・・僕はライターやマッチの代わりになるためにこの
「もう、悪かったわよ、その節は」
「ギロチンがばっさばっさとぶった切って、メイデンがぐっさぐっさとぶっ刺してるのに、僕はただの焚火の火付け役・・・」
「そんなに拗ねなくても・・・ねぇ、ギロチンもなんか言ってやりなさいよ」
「・・・」
「ギロチンならもう省電モードに入ってるよ。」
本当なら火なんて起こさなくても備品の重光子灯を付けるだけで事足りるが、彼らはは野営の時は火を囲んで夜を明かすことを欠かさない。サイボーグとはいえ一度は人間として生を受ける以上、たとえ銀河連邦の高度に進んだ技術でも拭い去ることの出来ない”本能”が、生身の肉体から
ポツッ・・・
「ん?」
「あら・・・」
ポツ、ポツ、ポツ、ポツ、ポツ・・・・・・
「雨か・・・」
「雨ね・・・」
火が消えないようにこれまた備品の野営用防雨膜を頭上に張り、火と自分たちの安全を確保する。ふと見上げてみれば雨は次第に激しさを増していき、膜を今にも貫かんとしそうな勢いではじける。まるで機銃掃射だ。絶対に貫けやしないとはわかっていても、容赦なく襲い掛かる水の弾丸の銃声には、そんな機能を付加した覚えは無いのに、つい固唾を飲んでしまう。
「この雨も、やっぱり”惑星風邪"の影響なのかな・・・」
「ええ、間違いないわ。そうでもなければ何もない空に線状降水帯なんて発生しないもの」
「よくそうだとわかるね・・・って、メイデンは疑似網膜に気象観測機能を付けてるんだっけ」
「晴れ、曇り、雨、雪、雷雨・・・それらの気象がいつ発生して、いつ収束するかを常に把握しておけば、それを利用してより効率的な作戦を立てることが出来るわ。だけど、天気はいつも私たちの思い通りに動いてくれるとは限らないから、あくまでもこう動くだろう、と予想しかできないわ。でもこれらを完璧に制御できれば、核や重光線よりも強力な大量破壊兵器として扱うことが出来る・・・」
「その考えのもとに作られた気象制御装置こそが、この星を蝕む”
惑星の気象を完璧な管理の下で制御するために作られた善意の気象装置。だが、悠久の時を経て善意は狂い、感染した惑星で異常気象、海面上昇、気候変動を頼みもしないのに次々と引き起こす「ウイルス」に変異した。さらには星間連絡ネットワークを利用して銀河連邦の各惑星に伝播し、戦争以外では史上最悪の犠牲者を記録してしまったのだ。
今日、銀河連邦の星々が惑星風邪をほぼ収束させられたのは、
「銀河連邦は、この星が感染していることはとっくに突き止めていたけれど、何もしなくても滅びることが分かっていたから、あえてこの星には対策をしなかったのよ」
「でもこの星は思っていたよりも、生かされてしまった。50年前の海面上昇ですら、この星に巻き付けられた無理な延命装置を断ち切れなかったんだ・・・」
「感染星を延命する為に延命装置からエネルギーを与えることは即ち、惑星風邪にも栄養を与えることになるの。移民を拒否してまで故郷の星を宇宙全体の時限爆弾にしているのは、ほかならぬ彼ら自身なのよ」
「エネルギーを蓄えた惑星風邪が、何かのはずみでまた再び銀河連邦中にばらまかれたら・・・それこそ宇宙全体の危機だ。なおさらこの星は、」
「この星は滅びなければならない・・・」
省電モードに入っていたはずのギロチンは、いつの間にか2人と共に火の回りで集っていた。
「!・・・ギロチン、起きてたのね」
「・・・雨音が激しくなってきた。・・・いつから降っている?」
「火を起こしてすぐだから、もうかれこれ4時間以上は降ってるね。・・・この分だとダムへの下り道絶対ぬかるんでそうだな、まいったなぁ・・・浮上二輪の進みがまた遅くなるじゃん・・・」
「それだけじゃないわ、わかってはいると思うけどダムへの近道で絶対に通らなければならない川沿いの生活道路、もしかしたら冠水して通行できなくなってる可能性もあるわ」
「えー!という事は万が一の時は徒歩でダムへ向かう必要があるのか・・・困るなぁ、この浮上二輪、結構便利だから出来れば直接乗り入れたいんだけど・・・」
鹵獲品であるはずの浮上二輪に、チューンナップをほぼファラリスが担当したこともあっていつの間にかずっと前から使っていた愛機のような感情が芽生えていた。
「ん?でも待って、メイデン。ダムがあるのにどうして冠水なんて起こるのさ。ダムは水力発電の他に河川の水量調整の役割も担っているはずだよね?」
「ダムも完全ではないのよ。特に今回みたいな激しい豪雨の場合、雨天の前にあらかじめ行っているダムの放流量よりも流入量の方が上回ることがよくあるの。その状態がずっと続いたら、ダム湖は短時間ですぐに満杯になる。最悪の場合湖の水圧に耐え切れず決壊してもおかしくないわ」
「どうせぶっ壊しに行くんだから、決壊してくれた方が僕らは手間が省けて助かるけど・・・」
「・・・ダムの下流には、小さいが集落がある」
「あ、そうだった・・・そういう意味で言ったわけでは無いんだ、ごめんよ」
ファラリスの言う通りなのだが、不必要な犠牲はなるべく避けたいというのがギロチンの信条であるため、すぐさま謝罪した。メイデンは話を続ける。
「ダムは一度決壊したらおしまいよ、その最悪の結果を少しでも回避するために、ダムは貯水量が一定値に達したら、今までよりもさらに放流量を上げて貯蔵量を調整する特例操作を行うの。それが所謂、緊急放流ってやつね。当然量が増えた河川は水があふれ、冠水してしまう。でも、ダム決壊よりはマシよ。何よりタイミングが調節できるから、避難誘導もスムーズだしね」
「・・・じゃあ今頃、緊急放流で道路や集落は水浸し、止んでも道はぬかるみ塗れの泥まみれ、到底浮上二輪は使えないね・・・」
「まあ、ずっと考えてもしょうがないわ、明日のことは明日考えましょう」
「・・・ああ。」
結果的にいえば、緊急放流が行われていたのは事実だった。
だが、それはギロチンたちが考えるものとは似ても似つかぬものだった。
その凄惨な出来事は、全て今夜のうちに行われていた。
それらは無情にも豪雨の音にかき消されて、ギロチンたちの耳には届かなかったのだ・・・
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