第4話 避けられぬ戦い

「だから言ったでしょう、弾が無駄になるだけって」

「生身の人間相手ならこれで十分でしょうが、僕たちは違います」


 砂埃が晴れたと同時に警備隊長の確信は焦りに変わった。いつも夜逃げを企てた村人どもには通用した方法が、こいつらには効いていない、体どころか奴らのバトルスーツさえ傷一つついていない。おかしい、おかしい、おかしい・・・


「・・・ど、どうなっているんだ、あいつらは!人間じゃないのか!」

「圧縮空気弾が・・・効いてないなんて・・・!」

「当たり所が良かっただけかも!もう一発、よく狙ってぶち込んでみる!」

「やめろ!撃つんじゃない!指示を待て!」

「今度こそは命中させてやる・・・くらえ切断者!」


 ボヒュン!


 顔一つ変えない切断者に向かって、一人の兵士が圧縮空気弾をよく狙ってぶっ放した。だが、彼はそれを避けるそぶりも見せずに、弾を体に受け止めた。むなしくも空気弾はひしゃげてポロリと地面に転がり落ちる。


「なんで・・・どうして!確かに当たったはずなのに!」

「私たちはサイボーグよ。それもそんじょそこらのサイボーグとはわけが違う。生身で大気圏突入が出来るくらいの、特別製よ。もっともそんな機会ありっこないけど」

「僕たちは戦いたくない、と先に言いましたよ。忠告を破ったのはあなた達の方ですからね。利かなかったとはいえ、攻撃を加えた責任を取ってもらいます。では・・・」


 キュイイイイ・・・


「ギロチン、久しぶりに大暴れするわよ。準備はいい?」

「・・・ああ」


 ブウゥン!!


 すでに赤い光を帯びていた高熱度振動剣を、ギロチンは隊長機の方向へ大きく薙ぎ払った。発生した大きなエネルギーの波こそが、送電線をぶった切った原因だと隊長が気付いたのは、それなりに堅牢な戦車の装甲をいとも簡単に切断し、自分の腰から下の感覚がなくなってからの事だった。


「ぐっ・・・あああ!!」

「隊長!・・・このぉ、よくも!!」

「攻撃再開!攻撃再開!」

「奴の武器を狙え!奴自身は固くても武器はそうでもないはずだ!」


 都市警備隊は3人に対しての攻撃を再開した。


 ババババババ!


 ボヒュン!ボヒュン!ボヒュン!


 再び圧縮空気弾の嵐。それによって巻き起こされる土煙。

 土煙の中から上に勢いよく飛び出した3人の影・・・

 この戦いに生き残った兵士で、この先の出来事を明確に記憶しているものは少なかった。断片的に覚えていることは・・・


 ブゥン!ブゥン!ブゥン!ブゥン!


 加速。

 接近。

 切断。

 離脱。


 超高速度で繰り返される切断者の攻撃ルーティンを兵士の誰もが目視できなかった。振動剣を振り下ろす音がする頃にはもう彼は別の狙いを定めている。


 ボトッ・・・ボトッ・・・ボトッ・・・


 地面に鈍い音を立てて転がり落ちる兵士たちの頭”だったもの”。

 この恐怖の光景が、こいつらが自分たちの到底かなう相手ではないという事を都市警備隊にようやく気付かせた。もう戦力の半分がやられている、全滅する前に早く都市に撤退しなければ・・・


「そ・・・総員・・・退避!!・・・ぐ。・・・」


 下半身を切り捨てられてもかろうじて生きていた隊長が、自らに残った最後の力を振り絞って、都市警備隊に撤退の指示を出し、息絶えた。彼は最期の最期まで隊長としての仕事を全うした。

 指揮系統を失った都市警備隊は一目散に3人から退散した。だが、逃げ切れたのは浮上騎兵隊の一部のみ。戦車隊はというと・・・


「戦車隊!全員の搭乗確認を確認次第、直ちに緊急加速して戦線を離脱せよ!・・・おい、戦車隊、どうした!応答せよ!」


 騎兵隊の一人が戦車隊に命令するも、戦車隊は不気味なほどに押し黙っていた。

 不審に思った騎兵隊員が、戦車の一つに近づき、後方の搭乗口を開けて様子を確認する。


「戦車隊、どうして応答しないんだ!騎兵隊はとっくに・・・!!な、なんだこれは・・・!!」


 都市警備隊の現在の武装の中で、一番防御率の高いはずの高速浮上戦車。その車内は今、地獄と化していた。そこら中から太い針のようなものが戦車内に生え散らかし、戦車の搭乗員を全員串刺しにしていたのだ。騎兵隊員はとっさに飛びのいた。


「い、いったい何がどうなってるんだよ!なんで針がそこら中に・・・」


 ジャキン!


「え・・・?」


 グサッ!


「っ・・・ゴボッ!!ゲボッ・・・!!」


 後ろから数本の鋼鉄針アイアンニードルに心を貫かれた騎兵隊員は、思わず血反吐を吐き出す。

 そして消えゆく意識の中、語りかけてくるのは女の声・・・メイデンだ。


「戦えるのがギロチンだけだと思わないで頂戴。私たちも一応それなりの戦闘術は身に着けてるのよ?」


 体を貫いた鋼鉄針はゆっくりと引き抜かれ、騎兵隊員は自分の指の間から生やした大きな針を収納しつつあるメイデンの姿をその目にとらえて息絶えた。


「さて、さっきのが最後の一台のようね・・・」

「あーっ!ひどいよ、僕の分も残しておいてと言ったのに!!」

「あら、ごめんなさいファラリス」

「今回僕全然活躍できなかったじゃん!ギロチンとメイデンだけずるいや!」

「分かったわ、次に戦う時はファラリスにとどめを譲るわ。約束よ」

「絶対だよ!嘘ついたら、だからね!」

「それを私に言うの・・・?」


 気が付けば、3人と戦った都市警備隊の殆どは、逃げ帰った僅かな生き残りを除いて壊滅状態と化していた。死屍累々。それもどこかしら体の一部分が切断されており、五体満足の死体はどこにも見当たらなかった。・・・が、その死体を隠れ蓑にして、ごそごそとうごめく――ギロチンの最初の斬撃を運よくかわし、戦線をあちらこちらと逃げ回って、どうにか生き残ろうとする哀れな――局長の姿があった。


「(頼む・・・このまま気づかないでくれ・・・早くどっか行ってくれ・・・頼む・・・!)」

「・・・」

「・・・はっ!!・・・せ、切断者・・・!!」

「・・・立て。」


 光を帯びた高熱度振動剣を片手に、恐怖を小刻みな震えに変換して局長を見下ろすギロチン。死体を隠れ蓑にしたせいで全身を血で、股間をで汚していた彼に、切断者はくしゃくしゃになった一枚の紙きれを突き付ける。汚れを拭き取れというのだろうか?いや、違う。この紙は何度も何度も突っぱねた見覚えのある紙・・・納電軽減請願書だった。


「・・・なぜ、願いを聞き入れなかった」

「は?」

「・・・なぜ村長や村の人々の願いを聞き入れなかった」

「そ、そんなことをお前が知ってどうする!」


 キュイイイ・・・


「・・・この星は滅びなければならない。・・・だが、滅びるその瞬間まではお互いに助け合って生きなければならないはず・・・」

「け、軽減請願を受理したらそれだけで俺の地位が危うくなるんだ!せっかく都市のヒラ局員から成りあがってここまでやってきたのに、努力もしねえ愚民どもの為に自分のポストを犠牲にできるかってんだ!どうせこの星は滅びるんだったらできる限りおいしい思いをしたい!俺のもその権利があ」


 ブウゥン!!


 ボトッ・・・


「・・・」


 局長”だったもの”の首は、恐怖の表情のまま固まって胴体から落ちた。そして、首とつながっていたものが覆いかぶさるようにして倒れた。


「・・・気は済んだかい?ギロチン」

「・・・ああ」

「良かったのファラリス?まだ活躍してなかったんでしょう?」

「人の取り分を横取りするほど、僕は卑しくないよ」

「そう。・・・じゃあそろそろ行きましょう。だいぶ道草を食ったわ」

「待って、徒歩で山越えは時間がかかるから、そこらへんの使えそうな浮上二輪ホーバーバイクを使おう」

「といっても使えそうなほど状態のいいものあったかしら・・・」

「使えそうな部品だけ一回ばらして、もう一度組みなおせば一台か二台くらいは・・・」


 3人は次なる目的地、ジークダムへとむけて旅立つ。

 だがその前に、山越えの手助けとするために、騎兵隊が使っていた浮上二輪の残骸を修理して使うことにした。


「・・・俺がやる」

「えっ?・・・大丈夫だよギロチン、修理くらいなら僕たちだけでも・・・」

「・・・もとはと言えば、全て俺の不始末。俺が責任を取らなければならない。・・・いつも俺はみんなを振り回してばかりで・・・」

「・・・謝るなんて、ギロチンらしくないよ、君の人情にもろくて義理堅い所は自慢していいし、何より君と一緒の方が同じ任務でも数倍やりがいがあるよ」

「貴方と一緒だと、いつも何かしらのトラブルが起こるわ。・・・でも、それをどこか楽しみにしているというのも事実だし、何よりなんだかんだ切り抜けてこれたのは、ほかならぬギロチンのお陰だものね」

「・・・みんな、すまん・・・そして、ありがとう」

「さあ、早く浮上二輪を整備して、水力発電所に向かおう!」


 こうして、3人の惑星安楽死任務遂行の旅は始まった。




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