5話
数日後、彼女は質素な服に身を包み会場に訪れた。そしてすぐさまオーディションは開始された。
彼女は真っ直ぐと瞳をこちらに向けて深呼吸した。私は、瞳を向けられ緊張をしてしまう。
演技をするのは私ではないのに、足がガタガタと震えはじめる。そんな私をよそに、彼女は「お願いします。」と挨拶をして演技を始めた。
その時のことは、あまり覚えていない。ただ覚えているのは聖母のような表情に、感情に溺れていく彼女の声だけだ。
あの空気感を、あの彼女の演技を映画館で体験できると思うと、居ても立っても居られなくなった。
私の心で酷く波打ち、湧き出るこの激情をどう静めればよいのだろう。
落ち着いた私は、彼女に合格という言葉と来月から映画を撮るという言葉を贈った。はしゃぐ彼女の笑顔は、とても素敵でさっきまであんな演技をしていた子とは思えないほどかけ離れていた。
月日が流れ、ようやく映画撮影が始まった。
カメラのファインダーから覗き込まれる風景がフィルムにゆっくりと写し込まれていく。私の夢が映画になりつつある。あと少しの辛抱だ。
撮影は順調に進み、いよいよ最後の撮影に差し掛かる。永遠の希望の象徴となった彼女は地中深くに眠っている剥製の動物たちに命を授ける。
そして大地に花を咲かせ、空に彩りを与え、雨を降らし、水平線まで広がる海を再生させる。
彼女の記憶の底に残っている思い出の景色がいつまでも続くように。
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