命からがら
基本的に
先人が残してきた歴史。そして
一節には神の試練とも言われ、一部では悪魔の末裔とすら揶揄される、
中には
──ともかく今知るべきなのは、残酷なまでに絶望的な一つの真実。
冒険者でもない小僧二人にどうにか出来るほど
草木などお構いなしに、無我夢中で駆けていく。
一歩でも止まれば捕まってしまう。確信とも言える恐怖に囚われぬよう、ただがむしゃらと。
「──っ!!」
四方八方、あらゆる方向から迫る獣。
砲弾のように迫る一匹を身を捩って避けながら、進む方向を見失わないよう必死だった。
情けないことだが、
全体を見る一瞬すら作れない。
庇ってもらっておいてこんな様な自分が嫌になるが、悲観している暇すら今はなかった。
「──くそっ」
体を丸め、自らを大玉にして地を転がる針獣。
当たれば必死、串刺し圧殺の猛威。走りながらもとっさに飛び上がり、真上にあった木の枝を掴み体を反らすことで回避する。
……くそったれ、一体いつまで逃げればいいんだよ。
未だ見えない扉に歯痒さを覚えながらも、未だ抜けることすら叶わない現状。
急速で減少する体力。いかに体の調子が良いとはいえ、命の危機を感じながらの全速がいつまでも続くわけがない。
強化を使って一気に抜ける? それとも覚悟を決めて剣を抜く?
……駄目だ。三秒程度しか保たない俺の魔力量じゃ、好転の糸口にもなりやしない。仮に一体狩れたとしても、自ら足を止めたのでは袋の鼠になるだけだ。
いつまで走れるか……いや、いつまで攻撃を浴びずにいられるか。
上とは違う質で迫る、直接的な暴力の恐怖。
生き残るためには走り続ける道はない。そうわかっているからこそ、存在すら定かではないゴールを目指し、死に物狂いで体を動かし続けることしか出来なかった。
あれほど慎重に歩いていた
少しずつ、ほんの僅かではあるが変化していると、直感は切に告げてくる。
確認の術はない。何なら大小関わらず、どこが変わっているかの区別を付ける余裕もない。
ただそれでも、不思議とそんな中ですら。
目的の場所に近づいているとだけは、どこか確信めいたもの抱きながら足を動かし続けていた。
「──ぐっ!!!」
「──
だがそんなとき、背後で呻きを上げた男の声が耳に届いてしまう。
足にぐっと力を込め、急停止ながら振り返り、
手で肩を押さえ、息を絶え絶えに荒くしながらふらつく
「大丈夫か? まだ走れる──」
「ば、馬鹿野郎っ!! 早く行かねーと追いつかれちまうぞ!!」
体に触れて確かめれば、魔力は既にガス欠。今も意識を保っていられるのが奇跡と言って良いくらい、限界以上の消耗をしているのがわかってしまう。
魔力は生命力から連なる力。体力と同様、尽きれば当然死は免れない。
ここで助けようとも、こいつが助かる可能性はほとんど皆無。この先生き残れる確率なんてほとんどなく、俺の足を引っ張る置物にしかなり得ない。
見捨てるべきだと誰かが囁く。
目の前でそう言われたのだから捨て置いても大丈夫だと、背後からの誘惑が手を招いてくる。
悩める時間は砂粒より小さい一瞬のみ。怪物達は今にも追いつき、俺たちに牙を剥くだろう。
さあ決断しろ、足を動かせ。さもなくば、こいつどころか俺の命も失ってしまう。
元々そういう約束で冒険を始めたはずだ。なら別に、それを躊躇う理由はどこにもない。
「な、おいたかみ──」
「煩い! しっかりしがみついてろよっ!!」
だというのに、自分でも驚くほど躊躇いなく
何か文句を言っているが聞いてやる気はない。鞄があるから死ぬほど気持ち悪い感触だろうが、そんなことをいちいち気にしてやる時間はどこにもない。
これからやることは勝率一割未満、一世一代の大博打。
一般的な
……わかっている。かすかに抱けていた希望の一切を芥と化す、生を放棄した愚行だと理解している。
一瞬だけの強化に価値などない。それが許されないからこそ、俺は冒険者になれないと断定されたのだから。
けれども、二人共助かれる道なんて他にはない。一瞬で詰めれる範囲内にゴールがあって、謎解きもなく俺たちだけがくぐり抜けれる奇跡に掛けるしかない。
……助けないなんて自分で約束しておいて、結局自分で破っちまうとか本当に度し難い。
けどごめん。守れないのは俺の方だ。
助けられたからとか関係なく、友達を見捨てられるほど強い心を、俺は持ち合わせていなかったよ。
「
唱えたのは基礎強化魔法が一つ、強さよりも速さを優先する身体強化。
使用者が注ぐ魔力の量で大きく差の出る強化魔法。
欠片程度の魔力しか無い俺は、その全てを凝縮し、ただの一瞬で解き放つのみ。
瞬間だけは最速な歪な強化。
その僅かな間だけが俺は最弱を捨てることが出来る、唯一にして絶対の限界突破。
色すら掠れた何かを通り過ぎながら、目の前すら目もくれずに足を動かし続ける。
音も、後ろの気配も、思考すらも。
感じる全てを置き去りに、淡く青い光は閃光へと姿を変え、ただ無尽に加速し続ける。
だがまだだ、まだ足りない。もっと速く、もっと遠くへ。
足がもつれるまで。歩みが止まるまで。──この身に限界が訪れるまで、ただ夢中で駆け抜けろ──!!
「──い、てっ」
そうして死に物狂いで走り続け、限界は急に体へとのし掛かる。
体に宿った淡い青光は失せ、支えを失ったかのように、足を動かしていた力は一気に抜けてしまう。
──まずいと思い、
速度を抑えきれず、地面に投げられた体は速度のまま、固い地面を転がり滑らされる。
中途半端に頭を守ることしか出来ず、勢いのまま全身を打ち付けられていく。
痛いと感じることすら生温い。備えなく車に轢かれればこういう風になるのだろうと、この光景を遠目で眺めていればそう思うのだろう、引き千切るような衝撃で。
そうしてごろり回転を続けた後、やがてゆっくりと静止し、体は地面へ打ち捨てられる。
体の至る所が軋み上がる。全身に激痛が走り、思考が痛みで塗りつぶされ、頭がどうにかなってしまいそうになる。
だが、そんなものに苛まれている暇はない。
ここが安全かもわからないし、今一番優先しなければいけないのはそんなことではないからだ。
足に力は入らず、立ち上がることは出来ない。
だから残りの力で手を動かし、もぞもぞと這いずって
冷たく固い地面。最初の迷路のようなただ無機質な石の感覚が、先ほどとは違う場所であると想像させてくる。
だがそれを確認する余裕などない。例え近くに涎を垂らす獣がいたとしても、最早構っている猶予はないのだから。
「……か、
ようやく側に辿り着いた俺は、そこでようやく狩屋の現状を視認した。
背を地面を付け、仰向けになって倒れている
顔色は死人のように青白く、肩に空いた穴から出たであろう血が制服を赤黒く染め上げている。
まさに瀬戸際。精利の境界に立っているのだと、医療を知らぬ素人でも理解できてしまうほど、容体は悪化していた。
俺は節々に感じる痛みを食いしばって堪えながら、急いで背にある鞄を降ろし、中から一本の小瓶を取り出す。
出来れば使う機会がなければ良いと思っていた
「──ぐっ」
上手く口内に入ってくれたのか、
これでいい。安売りの市販用ならどうにもならないが、二級なら一滴でも入れば効果はあるはずだ。
まずは一つ。だが、まだひとまずの安堵に浸る余裕はない。
依然重傷な肩を治すべく、再度腕に力を入れ、穴の開いた肩に手が届く位置まで近づき、傷口の真上で瓶を揺らした。
「──ぎやあああッーー!!」
ぽたぽたと落ちる何滴かの雫が、穴の縁に触れて奥へと染みこんでいく。
それと同時に、意識のないはずの
だが効果は覿面。その苦悶の量に比例くらい、急激に変化は始まる。
まるで
──耐えろ、耐えてくれ
何秒経っただろうかは定かではないが、気が遠くなるほど膨大に感じたの時間の後。悲惨な光景に終わりが訪れた。
電池が切れたかのように動かなくなった
一体どうしたのだと固まってしまうが、すぐに最悪の事態が脳裏を過ぎり、
……止まっていない。よく見れば、少しだが口で呼吸できている。
「……よ、よかった……」
ひとまずは何とかなったはずだと、確証のない安心に大きく息を吐く。
そして同時に視界が歪み、糸の切れた人形のように地面へ崩れ落ちていった。
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