スタート

迷宮ダンジョンだって? んなことありえるわけがねえ! 国にある迷宮ダンジョンの出入り口が厳重に管理されているのは、お前だって知っているだろう!?」

「お前だって薄々は理解しているはずだ。少なくとも、ここに救助が来るはずがねえってことをな」

「……けどっ!! けどよぉ……!!」


 狩屋かりやは俺の結論を必死に否定してくるが、反論自体もただたどしいもの。

 俺だってこんなことは言いたくない。

 この場に俺より頭の回る奴がいて、そいつがこの結論を上げてきたとしたら、俺も間違いなく違うと言いたくなるはずだから。


 けれど、どれだけ考えたってこの結論は変わらない。 

 ここは政府の機密施設でも、地下に張り巡る宗教組織の本山でもない。

 どういうわけかは知らないが、俺たちは迷宮ダンジョンに──未だ人の届かぬ未踏の地に招かれてしまったのだ。


「俺の不安が杞憂なら別にそれで構わない。だがここが本当に迷宮ダンジョンだとすれば、俺たちが考えるべきは生き残るためにどう動くかってことだ」


 狩屋かりやの恐怖をこれ以上増やさないように慎重に、そして俺自身も恐怖に呑まれないために、言い聞かせるようにして声を出す。

 

「ここがどこにせよ、俺たちが取れる行動は二つ。ここでじっと救助を待つか、それともこのボタンを押して進むかの二択だけだ」


 このスイッチが本当に扉の開閉を操作する物かは知らない。

 もしかしたら罠で、押した瞬間に部屋に毒が充満するかもしれない。或いはさっきと同じように、突然地面に穴が開いて奈落へと落とされるのかもしれない。

 

 どちらにせよ、一つの選択を間違えるだけで命は容易く潰えてしまうのだろうと、言葉にするたびにそう実感してしまう。

 

 だが顔に出すことは許されない。だってこの場にいるのは俺だけじゃないのだ。

 できる限りの平静と配慮を、そうでなくては二人揃ってこの場を乗り越えることは出来ない。


「なあ狩屋かりや、お前はどうしたい? 進むか止まるか、どっちにしたい?」


 手を顔に当てて考え込む狩屋かりやに、俺は出来るだけ平坦に問う。

 隙間から覗ける揺れた瞳。どうして俺に聞くのかと、そう糾弾するかのような目。


 だが、選ぶのは俺だけじゃ駄目なのだ。俺一人でこの重みは背負えない。

 俺と狩屋かりや。どちらかでも生還するには、両者で納得し合えた選択を取るしかないのだ。

 

 ──だから選べよ狩屋かりや

 例えどちらになったとしても、自らの意志で選ぶことに意味があるのだから。


 俺の問いを皮切りに、しばしの静寂が場を包む。

 俺は何も言わず、そして少しも動くこともせずに、ただじっと狩屋かりやを待ち続けた。


「……高峯たかみねよぉ。お前は本当に、ここが迷宮ダンジョンだと思うか?」

「ああ。十中八九そうだと確信している」

「……そうか。……そうかよぉ、……よしっ!!」


 何度も何度も考え込み、そして狩屋は決断するように、手を顔から離し自らの頬を叩く。

 パチンと、子気味の良い音が部屋へ響く。

 こちらを向き直した狩屋かりや。その瞳にはもう、先ほどのように恐怖に揺れてはいなかった。


「決めたっ、もう悩むのはなしだぜ。ここが迷宮ダンジョンだってんなら、俺たち二人で踏破してやろうじゃねえか!!」

「……狩屋かりや。……ああ、そうだな!」


 勢いよく立ち上がり、鼓舞するように啖呵を切った狩屋かりや

 俺もそれに続いて腰を上げ、彼の言葉に賛成を連ねる。

 

 そうだ、それでこそ狩屋かりや。 

 夢破れた俺たちCクラス。その中で一番の伸び代、最もこれからに希望ある素人枠だ。 

 

「そうと決まれりゃあ、こんなとこでじっと何かしてられねぇ! とっととそのスイッチ押しちまおうぜ!」


 狩屋かりや掌に拳を合わせ、気合い十分に吠えながら、スイッチへと近づいていく。

 その気合いに置いていかれないよう、俺も負けていられないと頬を叩き、そして狩屋かりやの隣へ並ぶ。

 

「……押すぜ」

「ああ。……っとわりぃ、その前に一つ約束がある」

 

 勢いで壁のスイッチの手を掛けてしまいそうな狩屋かりやに、俺は思い出した言葉で彼の行動を妨げる。

 

 こちらを向き、決心に水を差された不満さを示してくる狩屋かりや

 

 ……悪いとは思う。

 けれどどうしても、ここから進むと決めたのなら、この場で取り決めておきたいことがある。


「約束ぅ? んだよ?」

「簡単だ。もし片方に死が近づけば、そのときは見捨てて逃げる。これだけだ」


 この提案に有無を言わせぬために、俺は出来るだけ淡々と狩屋かりやへと告げた。

 

「な、何でだよっ!? こういうときこそ助け合って二人で──」

「未熟で落ちこぼれな俺たちが、迷宮ダンジョンで人に気を遣う余裕は絶対にない。だからもし、片方が救えない場面で助けてと言っても迷わず進む。そうでなければ間違いなく全滅、それだけは何が何でも避けたい。……だから、わかるな?」


 納得できないと、大声で反論してくる狩屋かりやの言葉を遮り、話を続けていく。

 

 言葉の通り、二人揃って死ぬのだけは絶対にしてはいけないことだ。

 奇跡が起きて片方が生き残れば、もう片方の死亡だって帰りを待つ人達には伝えることが出来る。

 

 残された者達にとって、行方不明と死亡とでは情報に大きな差がある。

 生死が確定していなければ、そうと受け入れて弔うことすら許されない。だから、例え見殺しにしたとしても生き残った方は足を止めてはいけないのだ。


 ……ま、こんな提案を出せる薄情な俺と違って、善人であるこいつが助けようと足掻くのは目に見えている。

 だから事前に言っておかなければ。……俺としては、生き残って欲しいのはお前の方なんだから。


「……納得はしねえ。けどお前がそうしても俺は恨まねぇ。これで勘弁してくれ」

「……やっぱ馬鹿だよ、お前は」


 これ以上は断固として曲げる気は無いと、狩屋かりやは最大限の譲歩であると態度に見せながら、吐き捨てるように俺へと言ってくる。

 こいつの決めたことにいちいち首を突っ込む気はない。俺は俺が生き残るのに全力を注ぐだけだ。

 

 ──ああまったく。どうしようもないほど甘ちゃんでバカな奴だよ、お前は。


「……死ぬなよ。バカ狩屋かりや

「お前もだぜ、高峯しんゆう


 こつりと、互いの拳を軽く合わせ、それぞれの生存を誓い合う。

 狩屋かりやが僅かに出っ張る壁に触れ、そして強く奥へと押し込めた。


 ──ガタン。


 それがスイッチだと裏付けるように、何かが作動した音が部屋へと響く。 

 恐怖には呑まれまいと、震える手足を押さえつけるように力を込めながら、望んだ光景が訪れるのをただじっと待ち続ける。

 

 ガラガラと、大きな歯車が動くような音が続いた後、一瞬だけ静寂が戻る。

 そして目の前の扉はゆっくりと、そして重さを振動に変えながら、地を引き摺り開き始める。

 

 少しずつ見えてくる景色は、手に持つライトの光がなければ進むことすら許さない黒。


「……進むぞ」

「ああ。行くぜ」


 はぐれないように、決して見失わないように。

 僅かな無言が別れにならぬようゆっくりと、同じ速度で扉を抜けて歩き始める。


 ──突如として始まった、長く苦しい地獄の幕開け。これはその最初の一歩だ。

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