最悪の考察

 声が聞こえる。暗闇の先から聞こえる音が、俺の鼓膜を揺らしている。

 

「──い。──い──ね!」


 ……何だ、頼むから起こさないでくれ。あと少しくらいは寝かせてくれよ。

 そんな俺の意思に反するように、誰かが俺を揺さぶっている。

 ああくそっ、一体何だってんだよ。……この声は、確か狩屋かりやかぁ?


「──おい! おい起きろよ、高峯たかみね!!」

「……ああぁ? ……狩屋かりや?」

「っ!! やっと起きたかこの野郎!! 心配させんなって!!」


 瞼を手で擦りながらゆっくりと起き上がるも、未だぼんやりとした意識の俺に、狩屋かりやが安堵と興奮を醸しながら飛びついてきた。

 何が何だか分からないが、とりあえず暑苦しいので狩屋かりやに離れてもらう。

 

「無事で良かった!! 死んでるんじゃねえかって肝を冷やしたんだからなぁ!!」


 眠気を振り払おうと頭を振っていると、周りの暗さにふと違和感を覚える。

 灯りと言えるのは、狩屋かりやが持つ懐中電灯の光のみ。

 

 ……どこだここ。……いや、そもそも俺はどうして寝ちまっていたんだろうか。

 確かいつものように、放課後にこいつの稽古に付き合って帰ろうとして……それで確か。


 ──そうだ穴。急に現れた鉄板みたいな地面が抜けて、その中に落とされたんだったか。


 ようやく思い出し終えたと同時に、咄嗟に腰に手を当て剣がそこあることを確かめる。

 ……よかった、なくなってはいなかった。 

 こいつは師匠から貰ったもの。どこまでいっても剣だし替えは効くが、できれば無くしたくはないからな。


 どんどんと心に募り続ける不安だが、剣のおかげで少しだけ安心できた。

 俺も灯りを出そうと、背中に背負っている鞄を下ろし、ファスナーを開けてがさごそと漁る。

 狩屋かりやが持っているのと同じような棒状の懐中電灯。違うとすれば、魔動式まどうしきではなく電池式なことくらいか。


 二回ほどスイッチを切り替え、壊れていないことを確かめる。

 動作不良もなく暗闇へと照らされる光。……良かった、どうやら問題なく使えるようだ。

 

「……確認するけど、落ちてたのは合ってるよな?」

「ああ。俺も夢じゃねえかって思ったけど、こんな知らねえ所で目覚めちゃ否定できねえよ」


 戸惑いを孕んだ狩屋かりやの声。

 それを聞いてしまえば、あれが夢ではないのだと判断せざるを得なかった。


 狩屋かりやの方に向けていた灯りを動かし、周囲を確認する。

 

 光の届く範囲に壁はなく、俺等を除けば物音一つとして存在しない空間。

 外の明かりが差し込まないことを考えると、恐らく窓の類は一つとして存在していないのだろう。

 だが不思議なことに、汚い部屋や湿った場所にあるような臭いはなく、埃まみれの薄汚い部屋というわけでもない。

 そもそも、この石のようでもあるし鉄のようにも感じ質感の床から考えるに、ここがそんな素材で出ているか定かではないのだ。

 

 ……そこまで考察して、一つの可能性が浮かんでくる。

 だがそれはあり得ない、……考えたくない。

 俺の考えが的中するということ。それはつまり、この状況からの生存を否定することになるのだから。


「さっきぐるっと一周してみたけど、あっちに扉が一つあるだけだぜ」

「……扉?」

「ああ。巨人でも住んでんじゃねえかって思うくらいでっけえ奴だぜ」


 狩屋かりやは扉を指し示すかのように、手に持つライトの光を俺の背後へと向ける。

 立ち上がって光の示す先に歩いていくと、そこにあったのは言葉通りに天井につくぐらいに大きく、そして壁よりも黒く重厚そうな扉。


 確かにでかい。というより、これはちょっとでかすぎる。

 これが唯一の入り口なら、ここはいよいよ人のための施設ではないと確信できてしまう。

 人のためならず、そして未だ理解の及ばない神秘空間。……また一つ、嫌な予想が成果へと近づいた気がしてくるよ。


「……なあ狩屋かりや。出口ってここしかないんだよな」

「そうだぜ。……何を言うかの見当は付くけど、当ててやろうか?」

「……言ってみ?」

「ずばりどうやって開けるか、だろ?」


 親指を立てながらのどや顔が多少うざいが、まあおおむね考えていたことと一致している。

 俺たち二人ではどうやっても動かせなさそうな扉。まずこれを開けなくては、難しいことが始まることすらなく飢え死にしてしまう。


「合い言葉とかねえかなぁ。開けごまっ! 的なやつとかさぁ」

「……俺は人間用のスイッチがある方に賭けたい。合い言葉だと一生開く気がしないからな」


 話しながら扉の近辺をライトで照らし、生存への希望を探していく。

 もし人間用の仕掛けがあるのなら、起動するための仕掛けは人に届く位置にあるはずだ。

 

 造った奴らの背中に羽が生えていた可能性とかは全て無視。

 正直全然あり得る。けれどそれをちょっとでも考えることは、せっかく結ぼうとしている細い糸を自分で切るくらい愚かなことでしかない。


「こっちはねえぞー。そっちはー?」

「ちょい待てー。……お、多分これかな」


 狩屋かりやの声に雑に返事しながら、俺の胸当たりの高さにある凹凸に気付く。

 軽く触れてみると、予想通り奥へと推せそうな感触を感じる。

 これが本当に扉のスイッチかは知るよしもないが、これを押せば状況は動き始めてくれるに違いない。


「それがスイッチか? ならとっとと押しちまおうぜ」

「その前に状況の確認だ。……推測が正しければ、この後に話し合いをする時間がないかもしれないからな」


 急かす狩屋かりやを宥めながら、スイッチから少し離れた位置に腰を下ろす。

 狩屋かりやは早く行動したいのか、ちょっと不満そうな表情をするが、それでも俺の正面にどさりと座り込んでくれた。


「……んで何からやんだ?」

「まずは荷物確認。互いの持ち物を把握しておきたいからな」


 鞄の中に手をいれ、取り出した物を次々と床に並べていく。

 水の入ったペットボトルや少しのお菓子とタオル、それに課題に使うダンジョン史の教科書が一冊など。

 どれも普通の学生でも持っていそうなありきたりな物。──ただし一つだけ、このピンク色の小瓶だけは普通は持ってはいないだろうけどな。


「……なんそれ。化粧品?」

回復促進剤ポーションだよ。入学記念に父さんが買ってくれたんだ」

「へー。んなもんよく持ってんなー」


 俺と同じように物を広げていた狩屋かりやからの問い。

 どうせ聞かれるだろうと思っていたので、小瓶を持ち上げ容器を揺らしながら、簡潔に答える。

 

 回復促進剤ポーションとは字の通り、服用した者の傷や体力を癒やす薬だ。

 純度や作用の速度なんかで細かく分類されるのだが、こいつは二級──市販で売られている中では最高品質のものだ。


 二級と言っても、これ一本で十数万くらいはする貴重な代物。

 災害でもなければ使うことはほとんどなく、一般的な家庭に備蓄があることすらまれなのがこの薬だ。

 じゃあなんでそんなものを持っているかといえば、それは両親の好意と願いだからだ。


回復促進剤ポーションは苦いんだ。だから冒険者になりたいのなら、まずはこの味に慣れなくちゃな』


 脳裏に過ぎるのは、これを受け取った際に言われた父親の言葉。 

 魔力なしノンマギである俺が、冒険者になることに賛成もせず反対もしなかった両親。

 叶わないと知っていながら、それでも無謀な夢など見るなと、叱ることなく応援してくれた優しい二人。


 けれど俺は、彼らが胸の内にしまっている本当の気持ちを知っている。

 俺がどれだけ親不孝なことをしているか、それは他ならぬ俺自身が重々理解している。

 

 この薬だってそうだ。

 何かあったときへの心配、そして飲むことの苦痛で冒険者を断念して欲しいという気持ち。

 愛故に抱かせてしまっている、相反した二つの感情で贈られたに違いないのだから。


「水はともかく、食料は二人合わせりゃ二日は待つくらいか。……いっそのこと、ここで救助でも待つか?」

「……来れるなら、な」

「ああ? どういうことだよ?」


 どういうことだと、濁した言葉に説明を求める狩屋かりや

 こうは言っているが、恐らくはこいつも見当自体付けているはず。いつもより多い軽口がその証拠だ。

 

 だが俺もこいつも、いつまでも逃げるわけにはいかない。

 思いついた複数の候補。その中で最も可能性の高く、そして最も生存の難しい場所。


「なあ狩屋かりや。ここが迷宮ダンジョンだって言ったら、お前はそう信じるか?」


 ここは迷宮ダンジョン

 古代から残る未知、只人が踏み入ることの許されない超常の世界だと、俺の頭ではそう結論づけることしか出来なかった。

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