黒の迷路
一寸先すら碌に見えない暗黒の中を、俺たちは左壁に沿って無言で歩いていく。
ライトで照らした場所以外に捉えられる情報は、こつこつと響く足音とたまに落ちる水滴の音、そして三分に一回の安全確認のみ。
空気は生暖かく、けれど時に肌寒くなる不定期な緩急。
着ているのがどちらの季節にも対応出来る制服で助かったなと、普段は欠片も抱かないくせに、都合の良い学校への感謝が湧いてくる。
冷暖房を交互に動かしてもこうはならないはず。……ったく、どんな理屈で変化しているんだかな。
「ここも行き止まり、か」
「……またかよぉ。これで何回目だよぉ」
何度も進路を正面を阻む
圏外で通話の出来ない携帯を取りだすと、丁度セットしていたアラームが鳴り響く。
……また二時間経過。これでもう三回目、六時間は歩いたわけか。
進歩など微塵もない。だが先はまだまだ長そうだし、休める時に休憩を入れるべきか。
「……少し休もう。菓子でも食いながら、情報の整理でもするか」
「……おー賛成ー」
休憩中は一つで充分だろうと、自分の懐中電灯を消してから、
ふうと一息だけ吐きながら、鞄からちょっとだけ柔らかくなったチョコレートを取り出した。
「……自分の食うよ」
「面倒い。お前が出したときにちょっと分けろ」
返却を受け取る気のない俺に、
渡したのはチョコレート。板状ではなく、一つずつに分けられた一口サイズの安物だ。
栄養補給にうってつけのチョコレート。溶け始めたのかちょっとだけ柔らかくなってしまっているので、早く娼婦しておきたかったのだ。
「……また絵があるな」
「ん? ああ、壁のかぁ? 行き止まりの旅にあるけど、何なんだろうなぁ」
チョコに舌鼓を打つ
何のためにと言えば特に意味はない。ただなんとなく、何か一つでも見落とせば致命傷になる、そんな不安が過ぎって仕方ないからだ。
携帯の写真機能を使わないのは、既に僅かな電池残量を考えてのこと。もし見返さなきゃいけないときがあるとして、そこで電池切れでしたで終わりにならないようにだ。
「これで八箇所目だっけ? 行き止まりばっかで嫌になってくるっつーの」
「……まあな。一応壁に傷は付けているとはいえ、こうも広いとさっぱりだよ」
記録を終え、ペットボトルの水を一口だけ含みながら、今の状況を整理していく。
といっても、特別な行動なんて一つもない。暗闇の中を歩いて行き止まりにぶつかる、ただそれだけの繰り返しだ。
それ以外の何もない、それは恐ろしく不気味なことだと感じてしまう。
何か妨害があったわけでもないし、道の至る所に
──虚無。ゴールの見えない、あるのかすらわからないレースに参加させられているようだ。
「……何か、思い描いてた
「そうか? ……まあ確かに、直接の害はねえしな」
俺が弱いだけかもしれないが、体の疲労以上に神経が擦り減るのを感じてしまう。
今は何もないとはいえ、いつ
今はライトがあるからいいが、このまま電池を使い切れば、完全な闇に包まれる。そうなれば一時間も経たないうちに訳も分からなくなり、発狂するのは明白だ。
ただ明かりを出すだけなら俺も
「……どちらにせよ、このまま闇雲に進むだけじゃ駄目かもしれないな」
探索の仕方を変えるべきかもしれない。
けれど具体的な案は出てこない。変えるといっても、指針にするものは何もない。
こうして考えている間も刻一刻と電池の残量──タイムリミットは迫っている。
考えろ。頭を回すのは俺の仕事だ。例え力尽きようとも、せめて活路だけでも開かなくては──。
「なーあ、北ってどっちだ?」
なけなしの頭を必死に回していると、隣から突拍子のない質問が飛んできた。
「……いきなりどうした。方角なんてわかるわけねえだろ」
「そうだよなぁ。……いや、コンパスがぐるぐるしてねえし、もしかしたら方角くらいはわかるかなってよぉ。ほらっ」
微弱な魔力を帯びた方位磁石は、確かにぶれることなく北を示している。……まあ方角なんぞわかったところで、だから何だって話なんだが。
「にしてもそれ、
「……んん? 懐中電灯はお下がりで貰ったからそうだけど、コンパスは違うぞ?」
Cクラスには似合わない上等な道具に興味を持ってみれば、返ってきた答えはまるで別のものだったので少し驚く。
大きな理由は二つ。
コンパスは特にわかりやすい例の一つであると聞いたことがある。
……曖昧な知識故に、俺も詳しいことはよくわからない。
……だいぶ思考が逸れた、いつもの悪い癖が出たな。
今大事なのは
「
「……んん? あ、
持ち物の変化に驚く
まあ俺も荷物確認の時に気付かなかったし、今じっくり
「ちょっと借りていいか?」
「?? ほらっ?」
優しく投げられた方位磁石を右手に収め、目を凝らして観察してみる。
学校でも何回か見たことのある方位磁石。外見は以前と変わりなく、やはり変化は微弱な魔力が宿っていることだけだ。
中の針がぶれることはなく、固定されたように一点を向き続けている。
普通はもうちょい揺れるもんじゃねえのか。まるで矢印のように、真っ直ぐ伸びているかのよう──。
──矢印? ……何馬鹿なことを考えてんだ、んなことあるわけねえだろうが。
「……いっそのこと、赤い方に歩いていくか?」
「お、いいなそれ。そうしようぜ」
うっかり口に漏らしてしまった馬鹿みたいな考えに、何故か
「このままやけくそに歩くよりはいいじゃねえか」
「……まじで言ってんの?」
「応ともっ! これも
ヒント、ヒントねえ……。
何とも都合の良い捉え方だが、確かにそうじゃないと否定しきれない部分もなくはない。
方位磁石だけにたまたま魔力を帯びることがあるんだろうか。
材質か、それとも何かしらの要因か。……いや、それなら俺の方位磁石だって魔力を帯びているはずだ。
一応確認だと、自分の鞄から方位磁石を取り出して二つを見比べてみる。
メーカーは違えど、ほとんど変わりない二つの方位磁石。けれど魔力を帯びているのは、やっぱり
これっぽっちの法則がわからない。或いはもしかしたら、法則なんてないランダムでしかないのかもしれない。
考えれば考えるほど思考の糸はこんがらがる。駄目だ、このままじゃあど壺に嵌まって抜け出せなくなりそうだ。
「……案外そうかもな。よし、進んでみるか」
「おっし、んじゃあ休憩終わり! 時は金なり、だぜ!」
バッと勢いよく立ち上がり、こちらに手を差し伸べてくる
……思えばこの前向きさに助けられている。一人だったらもうとっくに諦めていたかもな。
「よしっ、じゃあ行こうぜ! 案内よろしくな!」
「おう。後ろまかせるぞ」
「任せとけ!!」
親指を立てて意思表示をする
俺は左手を剣の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます