第11話 カエル仙人

 ずっと黙って河童の話を聞いていたカエルが口を開きました。


「ふーん。お前は本当に、その娘が好きだったのだな。毎日欠かさず三年も、経を唱え続けているのだから。」

そう言うと、カエルはまじまじと河童を見ています。


「あぁ、そうかもしれない。もう三年も経ってしまったのに、まだあの娘が恋しいよ。もう一度会いたいと思ってしまう。もう会えないのなら、せめて極楽で蓮華の眠りに就いていておくれと願ってしまう。」

「やっぱりお前は優しいやつだ。あいさつしかした事のない他人の蓮華の眠りを、そこまで願うなんて。だけど、自分の身はどうなのだ? 人間の僧侶から突然、河童になってしまった自分の身は、これからどうするんだ?」


カエルは心配して聞きました。

 河童は両手を後ろについて、流れ落ちる滝の水を見上げながらぽつぽつと話しだします。


「どうもしないさ。他にする事もないし、したい事もない。もう、人間に戻りたいとも思わなくなった。戻ったところであの娘もいないし、寺も今じゃ小坊主たちが他にもいるから安心だ。

 これから毎日この滝壺で、あの娘だけじゃなく水の難に遭った人たちが、せめて極楽の蓮の花の中で眠れるよう願ってただ経を上げるだけさ。占太を見ていて、そう願いたくなったんだ。それに河童のままでも楽しくなってきた。何より気楽だしな。」


河童の話を聞いたカエルは、目の前で仙人に姿を変えました。


「そうか・・・ ならばお前を、この滝壺の守り神にしてやろう。毎日その慈しみの心で経を上げ続けることを約束するなら、村の人々が慕い敬うこの滝壺の守り神にしてやろう。」


カエルは持っていた蓮の葉の杖を振り、滝壺の脇に小さな祠を建て河童を祀る札を立てました。


「どうした? カエルよう。お前は、ただのカエルじゃなかったのか? 俺が滝壺の守り神ってどういう事だよ。」

驚いた河童は、仙人の姿に変わったカエルをまじまじと見ています。


「河童よ。お前は本当は、村の人々が大好きなのだろう? 僧侶だった頃のお前は、随分と慕われていたではないか。村の人々は、お前の事が大好きだったのだぞ。お前が恋しく想っているあの娘も、お前を好いておった。お前の健康や長寿を願っていた。

 その事をこの滝壺に祈り来ていたのだ。そして寺に届ける野菜をこのご神水に浸しては、祈っておった。


 あの日は、そのご神水に浸していた野菜が一つかごから飛び出して、それを取ろうとして娘は滝壺に落ちた。日頃からお前の説く経の話を大事にしていた娘は、大地の恵みを無駄にしてはならぬと思い、慌てて飛び出した野菜に手を伸ばしたのだ。」


「あぁ・・・ そんな事があったなんて。俺のせいだ。あの娘は、俺のせいで滝壺に落ちてしまったんだ・・・」

河童はうつむいてしまいました。


「河童よ、それは違う。確かに娘は、お前の説法を大事にした。だから大地の恵みの野菜を大事にしようとした。その結果として、この滝壺に命を捧げる事になってしまった。だが、その御霊はお前の経で救われた。お前の愛で救われたのだ。娘は今、極楽の蓮の花の中で次の生涯を待っているぞ。」


カエル仙人は、河童を諭すように静かに言いました。


「本当か? カエル仙人様、本当にあの娘は今、安らかに蓮の花の中で眠っているのか?」

「あぁ、心配ない。安らかに蓮の花に包まれて眠っておる。次の生涯が決まれば目覚める。」

「本当なんだな? あぁ、それなら善かった。俺の・・・ いや私の経が役に立ったんだな。善かった。よかった。」

河童の顔に明るさと笑みが戻りました。


「あぁ、そうだ。河童よ、お前の経が役に立ったのだ。それでどうする? 河童よ、これからもこの滝壺で経を上げ、水難の人々の蓮華の眠りを祈るか?」

「えぇ、もちろんそう致します。私の経で救われる人がいるのなら、ここで経を上げます。皆が蓮華の眠りに就けるよう祈ります。」

「よく言った。河童よ。ならばお前を、今すぐこの滝壺の河童大明神にしてやろう。毎日ここで経を上げ祈っておくれ。頼んだぞ。」


そう言うとカエル仙人は、姿を消してしまいました。















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