邪神ちゃん 困惑す 1
「うーむ……」
「大丈夫? アルカちゃん」
なんてことはない日の朝。私は珍しく体調が悪く寝込んでいた。
サラが治癒や快癒の魔法を使ってくれたが、治るそぶりはない。
「まぁ寝ていれば治るだろう。サラ、すまぬが欠席の旨、連絡を頼む」
「うん……。安静にしててね」
心配そうな顔をしながら、サラが去っていく。
授業の出欠はある程度自由だ。私が授業を欠席するのはサラが病気の時の看病以来だろうか。
しかし、魔法が効かぬとはなかなか珍しい。軽い病であれば治癒や快癒で散らせるのだが……
じっとりとした脂汗が身体を流れる。あまり気分の良いものではないな。
ごろりと布団の中で身体を入れ替える。すでに寝間着は汗を吸って肌に張り付いている。
これは少し着替えたほうが良いだろうか。
そう思い、痛む身体に鞭打ちながらたちあがったところで、足に違和感が伝った。
足を這うように流れるは、血。怪我などした覚えはないのだが……
出血元を探ってみると、どうやら臓腑からの血のようだった。
「腹に一撃なぞもらったことはないのだがな……。何かが祟ったか?」
何にせよ怪我なり病なりを負っているのならば、治してしまわねば。
サラに余計な心配をかけるのはよくないからな。
「目の時以来か、血を見るのは」
独り言をいいながら。足にや床についた血を拭いていく。
邪神たるこの身、己の血を見る機会などそうそうあるものではない。
まったく何が元でこのような事態になったのやら。
着替えをすませ、恐らく原因であろう腹に手をあてる。あとはマナを多めに使って快癒をかければ──
「うむ? なぜだ。なぜ治らん」
魔法をかけても、身体の不調は治ることはなかった。ずきずきと痛む身体、流れる血。
全てが私に異常を伝えてくる。
「この肉体に何か不備があったか? いや、あの女神がやらかした事だ。身体そのものに不備があるとは思えない」
思い当たる節はない。こうなるとあと可能性は……
「どこかで臓腑を食らう病でも拾ったか……!」
治癒も快癒も身体の持つ回復能力を向上させるものだ。重篤な病気、例えば体力そのものを奪っていくような病気などでは効果が乏しいことはままある。
つまり、今回の病はそれと同等である可能性が高い。
サラに感染っていなければよいのだが。しかし病状が魔法で回復できなくなるほど進行しているとなると、いく末は一つ。
死だ。
死自体は恐るようなことではない。どうせあの女神の事だ。この肉体が滅びれば別の肉体に閉じ込めて、遊びを継続させるに違いない。
だがしかし、しかしだ。この肉体が滅びるということは、今まで出会った人間とのつながりをすべて失うということだ。
如何に私が新たな身体で邪神であると名乗ったところで、私が私であると認識される可能性は低い。
母も友も、全て失わなければならないのだ。
「せめて、何か届けなければ」
ここから母のいる地まで文を届けようとすれば、時間がかかる。使い魔の力で走らせてもだ。
既に出血するほどの異常、残された時間はあまり多くないだろう。
「にゃんくろー、いるな」
呼びかけるとサラが寝ていた布団から『なおん』と鳴き声が響く。
こやつ私の使い魔のくせに、サラにべったりだ。だが今そんな呪い言を吐いている場合ではない。
何故か震える手で母への文を遺す。まさか一体目の邪神を倒す前にこんな事態になろうとは、思いもしなかった。
受けた恩と、邪神である私を受け入れた上で育ててくれた感謝はせねばならぬ。
その恩を返さぬまま、このような形で潰える謝罪も込めて、文を書く。
ぽたりと、意識していなかった物が文へと落ちる。
精神がこの肉体の年齢に引っ張られているせいか、いつの間にか私の目には涙が浮かんでいた。
一度堰を破ったそれは、止めることができず次々と溢れ出る。
「なぜ……だ……」
それは涙が出ることへの問いかけではない。
何故ここまできて、病だなどと理由で潰えねばならぬのか。
何故母や友に支えられ、その恩に答えることすら叶わず消えなければならないのか。
その万感の思いがこもった言葉だった。
涙を腕で拭い、文の続きをかく。所々が涙で滲んでしまったが読むには事足りるだろう。
書き上げたそれをにゃんくろーに持たせ、故郷の村へと放つ。
これであと思うことは──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます