邪神ちゃん 餌付けされる
「さぁ、今日のデザートはこちらですわ」
「いつもすまないな、メーラ」
私の目の前に、タルトと呼ばれる菓子が差し出される。
提供主は以前私に接触してきたメーラ・シュティットフェルトという女だ。
碧眼に綺麗にうねる金髪はまさに御令嬢といって違いないだろう。
伯爵家の出だという彼女は、時折こうして私に甘味をもたらしてくれる。彼女がどう思っているかは知らぬが、私にとってはかけがえのない友人だ。
今日のタルトは見たところ、リンゴのシロップ漬けをメインにしたものらしい。うすく切られたリンゴが綺麗に並べられ、一種の装飾品のようにも思える。
テーブルには他にもメーラが手配した紅茶も置かれている。彼女のこういうものを用意する手筈は相当なものだ。外れた試しはない。
「さぁさぁ、好きなだけ召し上がってください。勿論サラもニャルテも一緒に、ね」
席に付いているのは私とメーラ、そしてサラともう一人。彼女はよくメーラを補助しているニャルテ・クリムヘン。
暗めの赤髪を肩で切り揃えた彼女は、どうにも目が悪いらしい。常にメガネを外さない。
さて、今はそれよりも目の前のタルトだ。
私は今までそこまで経験がなかったせいかわからぬが、甘味が好みらしい。
初めてメーラと話をした後に差し出された飴の味など、今も覚えているぐらいだ。
そんな私をみてメーラはなにやら鼻息を荒くしていた。恐らく私が喜んだことに対し、喜んでくれたのだろう。
「ところでなのですが……。邪神ちゃん、私服を新しくしませんこと?」
「今のもので特に支障はないが?」
「大有りですわ。下はまだしも上なんてぴっちぴちじゃありませんの。周りの男どもの目の毒ですわ」
「ふむ……」
以前も似たような事をサラに注意されたな。私自身、元が男性神であるが特に女性の胸元など気にしたことはなかったが。
どうやら人間の男はそういうわけにもいかないらしい。確かに私を見る視線がちらちらと顔ではなく、その下に向いているのは薄々感じている。
だが、別に私が困るわけではないのだから、構わないと思うのだが……
「サラにも一度言われているしな。一考しよう。今はこの間の買い出しで金を使ってしまって、そこまで余裕はないのだ」
「そこでですわ。私の口が効くお店がありますの。そこでなら予算に合わせた品をご用意できると思いますわ」
「伯爵家御令嬢の行きつけの店、となると金額が怖いがな。正直にいうぞ。私の手持ちは今、大銀貨3枚ほどしかないのだ」
「大丈夫ですわ。伯爵家といえど、常に着飾っているわけではありませんの。その金額で満足できるものをご用意できますわ」
なるほど、貴族とはいえ贅沢三昧というわけではないらしい。
メーラはそういうところに嘘をつかない人間だ。信用できるだろう。
しかし、服か。私はそういう美的観点に疎い。今だって所有している私服は家から持ち出してきた質素なもののみだ。
そんな中で選ぶとなると、壊滅的な結果になり得ることは想像に難くない。
「ただ、一つ条件がありますの。口を効くためというのもありますが、私とニャルテもご一緒させてほしいのですわ」
「む、サラではだめなのか?」
「もちろんサラも来ていただいて構いませんわ。ですが、一応は一端の店。私が顔を見せてはじめて割引をしていただけるかと」
「ぐぬ……」
安く服が手に入る機会は、確かに逃したくはない。
だがなんというか、私はメーラ自身は嫌いではないのだが、彼女の目がどことなく苦手なのだ。
時折見せる獲物を見るかのような目は、邪神でありながらも背筋を冷めさせたほどだ。
「更に、条件を飲んでいただけるのなら、今後の甘味の提供も保証いたしましょう」
「その話、乗った」
だが、甘味を対価に出されては背に腹はかえられぬ。
私は半ば彼女の言葉に被せるように返事をしてしまった。
それほどまでに、この身は甘味に慣らされ、そして飢えてしまっているのだ。
メーラの持ち寄る甘味に比べれば、学園の食事で提供される僅かな菓子など最早味のしないパンのようなものだ。
「決まりですわね。お店には予約を入れておきますので、またご報告いたしますわ」
そう言いながら彼女は優雅に茶を傾ける。
うむ、決まったものはいたしかたない。私も目の前にあるタルトに手を伸ばす。
「アルカちゃん……。餌付け、されてない……?」
そんな中、サラの呆れたような声が私の耳を掠めた。
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