邪神ちゃん 奮戦す 1
「ぐぬ……」
「だめだよ、アルカちゃん。ちゃんとしないと」
「しかし、だな……」
学園の休日、私とサラは約束通り街に出かけていた。
天気が雨であったため、それを口実に渋ったものの、結局連れ出されてしまった。
着いた場所は、所謂ランジェリーショップだ。並べられているものは、私にはどこか派手に思える。
中には邪神時代に私を籠絡しようと、迫ってきた奴が着ていたようなものもある。
「私は、場違いではないか?」
「そんなことないよ。いつまでも同じの着ているわけにもいかないでしょ?」
「う、うむ。それはそうだが……。私は邪神であってだな……」
サラが入口でまごついている私の手をぐいぐいと引っ張る。
こやつ、意外なところで押しが強いというかなんというか。
歴戦の勇者ですら、我が前に立った時は恐れ慄き足を震わせていたというのに。なんという胆力だろうか。
「アルカちゃんは邪神の前のおーんーなーのーこー! ほら早く選ぼ?」
「うぐぬぬぬ、わかったわかった。落ち着け、そんなに引っ張るでない」
「アルカちゃんが動いてくれるなら、引っ張らないよ」
ここはもう諦めて従うしかないか。
突っ張っていた体をゆるめ、サラの手に従う。
「な? もう適当でよいではないか。そこらへんのを一つ二つ買えばよかろう」
「だーめ、ちゃんとサイズってものがあるんだよ。きちんと測って買わないと意味ないんだから」
そのまま手を引かれ、奥へ奥へと連れ込まれる。
「あの、予約してたサラ・ティネルですけど……」
「ん、あの嬢ちゃんのとこのか。それで、その子かい?」
「はい、まだ何にもみたいなので、一からお願いしたくて……」
店の奥に陣取っていたのは、店主らしきエルフ族の女だ。
長い耳に金髪、ほそい肢体。世界が傾いた時に真っ先に滅びる種族である。が、どうやらこの世界ではまだ滅びずに生き残っているらしいな。
若い見た目にも関わらず、口調からすると結構な年なのだろう。エルフ族は見た目だけでは年齢はわからんからな。
「いいよ、こっちにきな」
「はい、いってらっしゃい」
店主に向かって背中を押される。最早ここまで来たら逃げることは叶うまい。大人しく店主の後ろを付いて行く。
「んじゃ、測るからね。脱ぎな」
カーテンで囲まれた区画に入ると、店主はそう告げてきた。
その言葉に渋々従い、チュニックとズボンを脱ぐ。
「なんだい、子供の時のまんまかい。胸もそれじゃ押しつぶしてるだけじゃないか。そんなんじゃ形が歪むよ」
そうは言われてもだな。私にそんな経験はないのだ。だいたい着れるものを着ていて何が悪いというのだ。
怪訝そうな目で店主を見ているうちに、胸帯がはずされる。
「ほらじっとしてな」
言葉と共に細い紐のようなもので体をぐるりと測られる。
「身長のわりに良い身体してるじゃないかい。もうちょっと気を遣えば上玉になるだろうに」
生憎私は邪神であって、上玉とやらになるつもりはないからな。
ここにくるのだってそもそも不本意なのだ。何故私が他人に肌を晒しまでせねばならん。
「待ってな。合わせられるやつをもってきてやる」
一通り測り終わったあと、一人残された。
この一角の壁には珍しく、鏡が置かれている。だいたいの世界に於いて鏡は高級品だ。
しかも全身を映せるだけのものを置けるというこは、この店はそれなりに人気があり、儲かっているということだろうか。
『創造神的には邪神ちゃんには黒のスケスケがいいと思うな〜』
よもや、信託で下着について離してくる神が存在するなどと思いもしなかった。
馬鹿かこいつは。いや、馬鹿だな。よくこれで他の神が呆れていないものだ。
『でも赤とかもいいし……。あっ、ここは可愛らしくピンクとかもどう?』
頭の中の声は無視して鏡を眺める。
そこには確かに、幼いながらも女性の身体があった。
武技で鍛えているものの筋肉のつかない肢体。
括れた腰に、少しづつ豊かになりつつある胸と尻。
いくら頭で否定したとしても、変えられない現実がそこにあった。
「転生させるにしても、男にすればよいのに……」
思わずため息と共に声が出る、
『えー、だって邪神ちゃんが困るかなーって思って。いっつも涼しい顔してるから偶にはいっかなって』
全くもって良くない。とはいえ既に起こってしまったことは起こってしまった事。
諦めて受け入れはするが、納得はしたくないな。どうせ、この状態で自ら命を絶ったとしても、同じ結果に持ち込まれるだろう。
それに、そんな理由で肉体を殺めれば、母が悲しむだろうしな。
いくら邪神とはいえ、そのぐらいの感覚はある。
「ほら、これ試しにつけてみな」
カーテンの隙間から、一色が差し出される。
私の髪色に合わせてか、黒の一品だ。
ごそごそと付け替えてみる、が。
「この、胸着はどうするのだ。作りがよくわからんぞ」
「ほんっとーに初めてかい。ちょっと入るよ」
店主がカーテンを開け、中に入ってくる。
そして私の背後に回ると、何やら背中でごそごそしてくる。
その後脇周りをぐりぐりされたかと思えば、いつのまにか装着は完了していた。
「こんなもんさね。苦しかったり、緩かったりはしないかい?」
それは思った以上に身体にフィットしていた。
ふむ、確かにこれは今までのごわごわしていたものより良いものだ。
『きゃ〜! 邪神ちゃんの初々しいランジェリー姿! ちょ、カメラもってきてカメラ!』
やめろ、堕女神。余計なことをするんじゃない。
ええい、言っても聞かぬなら、強制的に切断するしかない。
以前と同じように強い意志を持って神託の接続を遮断する。
やれやれ、ことあるごとに苦労させてくれるものだ。
「なんか、気に食わないところがあったかい?」
思わず眉を顰めてしまっていた私に、店主が声をかけてくる。
それはそうだろう。接客業として目の前で不満顔をされたら気になるというもの。
これは悪いことをしたな。
「いや、なんでもない。流石のフィット具合だ。これで適当に何種類か詰め合わせて──」
「だめだよ、主だった奴をもってきてあるから、見て自分で選ぶんだね」
こうして私の、勇者との戦いより一層厳しい戦いが始まったのだった。
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