邪神ちゃん 噂される

「サラ、ほんとにちゃんとやってきたんでしょうね」

「う、うん。約束もしたよ……」

 

 ランプの明かりのみがテラス部屋の中、少女たちの声が響く。

 ここは寄宿舎の一室、そこにサラは呼び出されていた。

 周囲には気の強そうな金髪碧眼の少女や何事をも見通しているかのようなメガネをかけた少女などがいる。

 サラはその気配に気圧され、入口で縮こまってしまっていた。

 

「そ、ならいいの。あとは全部あなた次第ですわ」

「わ、わかってるよぅ……」

「毎回思うけど、なんでそんなに怯えていらっしゃるのかしら?」

  

 声をかけられるたびに肩を震わせるサラ。その状態を見咎めた金髪の少女が声を重ねる。

 そこには若干の怒気が含まれているのだろうか。少し鋭く部屋に響いた。

 

「あ、あの……まだ慣れないなぁって……」

「なにいってますの、あなたがこの邪神ちゃんファンクラブの筆頭。シャキッとなさいませシャキッと」

「ううう、バレたらどうしよう……」

 

 そう、ここは女子の中で密かに結成された邪神ちゃんのファンクラブ。

 魔法の授業での様、武技の授業で男をものともしないその姿に魅せられたものは少なくない。

 彼女たちは時折、自分達の部屋でこうして会合を開いているのであった。

 

「バレたらバレたですわ。邪神ちゃんのことだから『ふむ、好きにするがよい』って言ってくれるに決まってますわ」

 

 ベッドの上でふんぞり返っているこの金髪の少女もまた、アルカの姿に魅せられた一人。

 サラに向ける言葉が少々キツいのも、アルカの側にいられる羨ましさからだ。

 

「それより、聞いて。この間、家からもらった飴をね邪神ちゃんにあげましたの」

「それでそれで?」

 

 続けて語り出した彼女に、周囲の少女たちが耳を寄せる。

 

「お菓子ですわといって渡したら、不思議そうにしてそのまま噛もうとしてましたの。それで舐めるものですわと教えたら」

「うんうん」

「そうか、って言って、口尖らせながらモゴモゴしてましたの。もう小動物みたいで可愛くて可愛くて!」

 

 この金髪の少女は、アルカの魅力を美しさと同時に垣間見える子供っぽさに見出していた。

 貴族生まれの彼女は、家からお菓子を受け取る度にアルカに貢ぎ、その様を観察していたのだ。

 

「わかる、クッキーあげた時もかわいかった」

「スコーンあげたときも、ぽろぽろこぼれるの気にしながら食べてて、キューンってなっちゃった」

 

 アルカの意図しない行動は、彼女たちの心を捉え離さないでいた。

 主にここで喋っているのは3名だが、他にも数名が言葉に出さぬとも頷いている。

 

「でもサラのお陰でこれで一安心ですわ」

「そうね、男子連中の噂、すごかったもん」

「直接聞くのも憚られますし、サラがいてくれてよかった」

 

 続いての話題はアルカの胸帯事件についてだった。

 彼女たちも薄々勘づいていたものの、それを正面から指摘する勇気はない。

 だからこそ悶々としていたところで、今日の一件が起こったのだ。

 サラによって心配が事実だと発覚し、対策は練られた。

 まさに不安の種は解消されたというわけだ。

 

「で、サラ。行くなら、分かっているでしょうね」

「う、うん……でも……」

 

 金髪の少女の厳しい声に、サラの答えが詰まる。

 

「そのためなら店を貸切にすることも、何もかも手配してさしあげましょう」

「でも……多分アルカちゃん、下着の趣味とかってないと思う……」

 

 そう、彼女は家の権力と金でアルカとサラの買い物先を決め、その内情を知ろうとしていた。

 それに対しサラは揉め事を抑える協力をしてもらえるのは嬉しいが、内情を漏らすには気後れしている。

 第一、いままでアルカの着替えや風呂などである程度事情は知っている、

 が、彼女はここにきた時から同じものをずっと愛用している。愛用というか、他のものに興味がないのかもしれない。

 その状態で金髪の彼女が満足するような答えが得られるとは思えなかった。

 

「邪神ちゃんなら、黒とか紫とか似合いそうですわね……。いえ、ここは意外性を持って純白や薄青なども」

「メーラ、一人で盛り上がるのはいいけど、大丈夫なの? それ」

 

 そんなサラの心配を代弁するかのように、一人の少女が声をあげる。 

 メガネをかけた赤髪の少女だ。

 

「大丈夫か大丈夫じゃないかは後で考えればよろしいじゃありませんの。ニャルテは気にしすぎですわ」

「いや、ふっつーに下着の色を調べるとか、変態そのものだからね? 止めはしないけど……」

「あの澄ましたお顔の下にどの様な下着かとおもえば……。想像が捗りますわ!」

 

 ニャルテと呼ばれた少女は、どこか諦めたような達観顔だ。

 彼女とメーラは貴族同士、見知った中ではあった。

 まさかメーラにこのような趣味があるとは思っていなかったものの、なんだかんだで行動を共にしている。

 とはいえ、類は何とやら。アルカにクッキーを与え、黙々と食べ続けるのをずっと観察していたのは彼女だ。

 アルカは普段の行動に似合わず、口が小さい。そんなアルカがクッキーを両手に持ち、ちまちまと食べている姿に心打たれたが故にここにいるのだ。

 

「うう、大丈夫かなぁ……」

 

 熱のある彼女たちに囲まれ、サラが独言る。

 恐らくアルカは下着の色がどうこうだとかを人に漏らされても気にはしないだろう。

 ただ、それを万が一知られて、引かれでもしたらどうしよう。

 そんな考えがサラの頭の中を支配していた。

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