邪神ちゃん 怒られる 2
「もう! もう! もう! なんで気にしてないの!?」
「落ち着け、何が言いたいのかわからん」
廊下を半ば引き摺られるようにして歩く。私は体調が悪くはないというのに、なぜ保健室まで連行されねばならないのか。
力に逆らうことは容易だが、彼女のあまりの剣幕にそれができないでいた。
「あと、ちゃんと! 胸元かくして!」
「?」
そういわれて自身の体を見下ろす。そこは模擬戦闘でサラの剣が当たったところが大きく裂け、汗ばんだ肌が顔を覗かていた。
ただそれだけで、なんの変哲もない。
「いいから! かくして!」
「う、うむ」
強い語気に押されて思わず従う。邪神相手に言うことを聞かせるなどと、過去の誰もなし得ていない偉業だ。
それがまさかこんな形で成されようとは、人間とは恐ろしいな。
「せんせー! いますか!」
「はいはい、今回は何かな?」
サラがたどり着いた保健室のドアを勢いよく開ける。
中にはいつも通り、どこかやる気のなさげな表情をした男性が白衣を着て椅子に座っていた。
「予備でもなんでもいいんですけど、胸帯ありますか? あと縫い物用の針と糸」
「あー、あるよ。僕は用意しておくから、奥のベッドのとこでカーテン引いておきなね」
サラの形相と私の様子から何かを感じ取ったのだろう。ゆっくり立ち上がると、医師は棚を漁り始める。
その間も勿体無いといわんばかりに手を引かれ、奥のベッドへと連れ込まれる。
「上、脱いで」
医師から針と糸を受け取ったサラが、ベッド際に座った私に声をかける。
ここで逆らえば後が怖い。大人しく従って、上着を脱いてサラに手渡す。
「前から、ちょっと噂になってたんだよ。でもまさかあり得ないって思ってたのに……」
「何がだ?」
サラが呟きながら、上着の穴を繕う。
「アルカちゃんが! 胸帯も何もしてないって噂! 男の子の中ですっごい言われてたんだよ!?」
「それが、どうしたのか?」
私は体格は確かに変化したが、今まで通りに過ごしていたはず。
それをとやかく言われるようなことは何もないと思うのだが。
「女の子でしょ! もうちょっと、こう。恥じらいとか慎みとか……持たない?」
「母に生み出されたこの体に恥じるようなものなどあるわけもなし、邪神に慎みだと? 鼻でわら──」
言いかけた私に枕が叩きつけられる。何故だ。
「そういうんじゃなくて……。うー、どう説明していいかわかんない……」
大きく上を仰ぎながら悩んだ顔をするサラ。その間も繕い物の手が止まらないのは素晴らしい。
「アルカちゃん、お胸大きいでしょ? そういうの、男の子はよく見てるから……」
「それが、どうかしたのか?」
「うう、ちゃんと隠したほうがいいなって思うんだけど……」
「ふむ」
改めて自分の体を見下ろす。眼下に見えるのは一掴みほどの双丘だ。
僅かに固さを残したそれは、私にとっての最大の懸念事項だ。
なにせ動きに合わせて動くそれは、余分な反動を伝えてくる。それに一々服に擦れるのも厄介だ。
取り外しでもできれば楽なんだが……どうしてこうなったのやら。
『え、だって邪神ちゃんが困るかなーって』
唐突に考えなし女神の声が響く。神託の無駄遣いをしおってからに。巫女などがこれを知ったら卒倒するぞ。
『新たな体に困惑する邪神ちゃん。そして芽生える女の子としての心……だったはずなのに。なのに!』
叫ぶな叫ぶな。此奴の声はどうにも頭にキンキンと響く。魔法神程度の大人しさでも持ってくれれば良いのだがな。
これが遍く世界の創造主の姿だとしたら、いったいどれだけの人間が廃教するか見ものだ。
『無頓着に! ノーブラで闊歩して! 一体どれだけ男の子の視線と精を奪ったの!? この邪神!』
お前に言われなくとも、邪神として作ったのは貴様だろうが。邪神が邪神らしいということは、正解ではないか。
いっそのこと、回復の魔法をある程度習得した時点で──
『あ、もし切り取ったりとか考えても無駄だよ。それだけは絶対に治すからね。なんなら奇跡も使っちゃう』
治すのなら目の方をなんとかしてほしいものだが。この駄女神のことだ、うまいこと敷居を作るに違いない。
全く、この女神の所為で振り回されっぱなしだ。一度どうにかしてギャフンと言わせてみたいものだが……
『じゃあね〜。あ、創造神的には女の子同士もアリかなって最近思って──』
意志の力で無理やり神との交信を叩ききる。こんな芸当、宗教家からしたら絶叫ものだろう。
だがこれ以上奴のアホな会話を聞いていたら、こちらまで汚染されかねん。
うーむ、しかし私を困らせるためだけにこれか。
なんとはなしに、手持ち無沙汰だったので胸元に下がったそれに触れる。
なんとかおちつかせる方法はないかとぎゅむぎゅむと試行錯誤を繰り返す。
「デリカシー!!」
突如、頭に衝撃が走る。あまりのことに涙目になりながら見上げると、サラが手刀を私の頭に振り下ろしていた。
「お、おおおお女の子がそんなことするんじゃありません!」
まさかサラも母と同様に邪神に通じる拳の持ち主とは。やはり人間は侮れぬ……
痛む頭を摩りながら、サラを見上げる。
服は既に繕いおわったようだ。穴は見事に塞がれている。きっと彼女は良い母に育つのだろう。
「もうちょっと! 女の子らしく!」
「そうは言われてもな、私は邪神であってだな……」
「邪神でも何でも!」
さらにもう一度、手刀が振り下ろされる。おのれ、素手でここまで邪神にダメージを与えるとは。
もしかしてサラも神の加護持ちだったりするのだろうか。
「おーい、とりあえずの胸帯おいておくぞー」
そんなやりとりをしていると、カーテンの外から医師の気の抜けた声が聞こえた。
サラがカーテンをそっと開け、一枚の細長い布を持ってくる。
「とりあえず、今日はこれで凌いで。休みの日に一緒に買いにいこうね」
「う、うむ……」
サラの気配に押され、否とは言い難い。邪神をここまでたじたじにさせるのだ。きっと彼女こそ今代の勇者だ。そうに違いない。
胸に布を巻かれ、なれないごわつきと息苦しさに難儀する。
だが、サラの満足げな顔をみて文句は言えまい。
あとは保健室の医師に礼を言い、私たちは修練場へと戻った。
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