邪神ちゃん 怒られる 1

「それじゃあ、今回の授業は今までの訓練とは違って、模擬戦だ。評価の対象になるから真剣にやるように」

 

 教師の一声で場が引き締まる。今の私たちは、シャツに短いズボンといった出立ちで地面に座っている。

 かの者が言う通り、私たち学生にとって評価は大きな課題だ。

 良ければ卒業する時に王宮への推薦などもありうることも考えれば、皆必死になるのは当然だろう。

 

「なお、今回は飽くまで武技の修練を見るから、魔法の使用はダメだからな」

 

 ふむ、それでは私の視界は欠けたままということか。なかなかきつい条件を出してくれるものだ。

 さすがにあの魔法の補助なしではうまく立ち回ることはできない。サラにとっては幸運かもしれないがな。

 

「では名簿順に、アルカ・セイフォン。前へ」

 

 何の因果か、このクラスで私の名は一番に並ぶ。あまり無様なところは見せたくないが、やるしかないな。

 

「サラ、いくぞ」

「う、うん……」

 

 ペアであるサラはどこか緊張した面持ちだ。今まで何度も授業を一緒に受けてきていても、戦うとなるとこれが初めてだからな。

 

「安心しろ。右側から攻めれば、私は後手に回らざるを得ん。あとは日頃の修練を見せるがよい」

 

 彼女の肩を叩き、闘技台へ上がる。向かい合って立ったサラと剣を合わせ、一礼する。

 

「では、はじめ!」

 

 掛け声と共にサラが駆ける。右ではなく左に。

 私の不利を突くつもりはないという意思表示だろうか。

 

「だが、それでは我が身に剣を届けることはできんぞ」

 

 目を瞑りながら、それでも裂帛の気合いとともに突き出された剣を払い退ける。

 その隙を突こうかとも思ったが、それより先にサラは一歩後ろへと下がっていた。

 剣を持つ手は緊張からかぷるぷると震えているが、眼差しは真剣そのものだ。

 

 引き下がられた一歩を大きくまたぎ、彼女の剣を狙う。

 一撃を与えなくとも、剣を弾き飛ばせれば勝ちなのだ。できれば彼女に怪我など負わせたくないからな。

 だが、その攻撃は詠まれていたのか、ぎりぎりで向きを変えた剣でいなされる。

 怖がっていても、二年武技を磨いた身。それなりのことは染み付いているらしい。

 

「──せっ!」

 

 存外彼女は私の攻撃を防ぎ、そして真っ向から向かってきていた。

 どこぞの猿とは大違いだな。

 周囲からは事の成り行きが気になるのだろう、視線がいくつも突き刺さる。

 今日ばかりは珍しく男勢も静かだ。

 場の真剣さに押されているのだろう。

 

「……あれ?」

 

 幾度か、そんな競り合いをしているうちに、彼女の顔が怪訝そうな顔へと移り変わっていった。

 そして今までと違い、一気にこちらへと駆け込んでくる。このまま一撃を決めるつもりだろうか。

 その剣を胸元で鍔迫り合いの形で防ぐ。しかし、剣を押し込んでくる彼女の手には不思議なほど力が感じられなかった。

 

「あの、アルカちゃん。もしかして、もしかしてなんだけど……」

「?」

 

 そんな最中、サラが顔を近づけて囁く。

 その顔は熱気のせいか、少々赤みが指しているように感じられた。

 

「ぶ、ブラ忘れて、ないかな?」

「? なんだそれは?」

 

 聞きなれない言葉に思わず聞き返したところ、サラの顔は驚きに染まる。

 

「ちょっ、えっ……アルカちゃんだめ! だめだよ動いちゃ!」

「何故だ、動かねば対戦もできぬだろう」

 

 力が引き気味になったところを一気に押し飛ばす。

 離れた場所に着地した彼女の顔はもう真っ赤だ。

 その手の剣はどこか闘う気力を無くしたように地面を指している。

 ここは一気呵成に攻め切るか。

 

「ふっ!」

「ダメダメダメ! 動いちゃだめだってばぁ!」

 

 近づく私に、我武者羅に剣が振るわれる。

 間合いや力加減を考えてないその攻撃に思わず歩みを止める。

 が、今一歩判断が遅かったらしい。

 サラの剣の切っ先が服の胸元をかすめ、布が裂ける音が響く。

 肌に外気がふれ、戦闘の熱を覚ます。

 その瞬間。

 

「ダメェぇぇぇぇぇぇ!」

 

 予想外の行動であった。私の胸元にサラが抱きつき攻撃をしてきたのだ。

 思わず押し倒され、その衝撃で剣が手を離れる。

 なんと、サラに負けぬであろうと思っていたのだが、想定以上に彼女は成長していたようだ。

 

「アルカ君の負けだな。相手の行動が常に想定内だと思わないように。サラ君は意表を突いた良い攻撃だった」

 

 ぽかんと空を眺めていると、教師から声がかかる。

 うむ、確かにサラの捨て身の一撃は良いものだった。

 

「うん? どうかしたのかね? 次が控えているから──」

「あ、アルカちゃんは体調が悪いので保健室連れて行って来ます!!」

 

 サラが教師の声を遮るように叫ぶ。

 なんだ、私は体調なぞ悪くはないというのに。

 

 だが、言うが早いか私はサラにがっちりと捕まり、そのまま保健室へと連行されるのだった。

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