邪神ちゃん ダメージを受ける 2
「悪いけど、眼球自体の破損は魔法じゃ治らないんだ」
医者の声が無常にも響く。
傷の痛みから嫌な予感はしていたが、的中したか。
「欠損部位の修復については、第七階級の奇蹟じゃないと……。とにかく傷の後始末をするから、ベッドに横になってね」
青ざめた顔のサラの手を借りて、医務室のベッドに横になる。
第七階級か。邪神であった頃であれば奇蹟系統は苦手ではあったものの、使うことはできた。
しかし、今の私にはその能力はない。死生神ノルデリカントを呼び出せれば話は早いのだが、下界での私事に手を貸すとも思えない。
まったく面倒なことになったものだ。ふとため息をつく。
そんな私の手をサラがずっと握ってくれていた。
「魔法かけながらやるから、痛みは少ないと思うけど。ないわけじゃないから、我慢してね」
麻痺の魔法がかけられ、体が弛緩する。魔法が完全に機能したことを確認した医師は、私の右目を押し開いた。
感覚が鈍麻しているおかげで痛みや感触がないものの、奇妙な感覚だ。
「付き添いの君は見ない方がいいよ。ちょっとショッキングな絵面になるからね」
かちゃりという音に左目を動かせば、医師が何やらハサミのような器具を手にしていた。
「悪いけど、潰れちゃった眼球をそのまま残すと感染症の元だから。痛かったら、言ってね」
「何、問題はない。手早くやってくれ」
視界のない右目に器具が近づく。頭蓋の中でごりごりと動いた感触が響いた。
やがて、完全に切り離しができたのか、銀色の膿盆の上に赤と白の塊が置かれる。
「瞼の方も、傷が残るだろうね、これは」
癒しの魔法が傷を塞いでいく。だが第三階級の癒しの魔法は治癒力の促進だ。
傷跡が鋭ければ何も残らず癒えることはありうる。が、木剣で削り取られるような傷跡ではそれは望むべくもない。
「せ、先生。どうにかならないんですか?」
「ごめんね、僕も人並みの才能しかないから。これも傷跡なく癒すとなれば、第七階級だからね。コントーレの聖女にでも伝手があればいいんだけど」
「サラ、気にしなくてもよい。これは己が油断が為した事。戒めと受け取っておくさ」
「でも……」
私の手を握っているサラの顔はまだ暗い。確かに塞がった右目の瞼に触れてみれば、わずかに傷跡の感触がある。
瞼を開いてみても、右側の視界は完全に失せてしまっていた。
「はい、とりあえず処置は終了。授業での負傷なら木剣とかかな? 清潔なものとは言い難いから、あとで熱がでたり、傷口が開いたりするかもしれない」
医師ががさがさと戸棚を漁る。取り出されたのは包帯と薬袋だ。
医師は私を起き上がらせると、右目を覆うように手ぎわよく包帯を巻いていく。
「熱がでたら、この薬を飲んで。痛みが辛いようなら、また医務室にくるといいよ」
「ありがとうございます。アルカちゃん、立てる?」
サラが私の体を支え、立ち上がらせる。
麻痺の魔法の効能が少し残っているせいか、足元が僅かにふらつく。
「ああ、問題はない。助かった。あー……」
「コルドンだよ。この学園の医者の一人」
「コルドン、礼を言おう」
医師に礼を告げ、医務室を出る。
再び沈黙と、遠くから聞こえる喧騒が辺りを支配する。
「傷、残っちゃったね」
ぽつりとサラがつぶやく。
致し方あるまい。この場で奇蹟を求めるほど世間知らずではない。
第七階級の魔法を人間で扱えるのは一握り中の一握り。
その中でも奇蹟系統ともなれば、死生神を信仰する連中の極々一部だ。
それにあの医師はなかなか手際がよかった。痛みを抑える魔法もなしに頭の中を抉り回されることを思えば、十分な結果だったといえよう。
「まぁ傷があるからどうこうという事もあるまい」
「女の子の顔に傷は一大事だよ!」
私の言葉にサラが珍しく反発する。とはいえ、こちとら邪神なのだから別に傷などどうでもよい事なのだ。
片目が見えぬのは不便だが、これは金をかければ解消手段もある。それに視界が欠けていても、魔力の流れは読み取れる。
何も問題はないのだ。
「あの男の子。なんだっけ。絶対許さないんだから!」
まさに怒り心頭といわんばかりにサラが足を踏み鳴らす。
別に私が構わぬと思っているのだから、彼女が怒っても仕方ないと思うのだが……
不如意な足元をサラに支えられつつも、私たちは修練場へ戻った。
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