邪神ちゃん ダメージを受ける1

「オラオラオラ! いつものは口だけかよ!」

 

 ただっぴろい訓練場に男の声が響いた。

 がつがつという木剣がぶつかり合う音と衝撃が私を襲う。

 

「無能の癖に、調子乗ってんじゃねぇよ!」

 

 今は武技の訓練の時間。その相手にたまたま猿が当たってしまったのだ。

 奴の言葉は腹立たしいが、本気を出して大怪我を負わせるのも具合が悪い。

 一時的に自身のステータスに制限をかけて防戦に回っているが、それが奴には心地よいらしい。

 何せ奴はスキルで武術Ⅲを保有している。少々程度のステータス差では、武術Ⅰの私に勝ち目はない。

 それほどまでにスキルというのは大きく影響するのだ。

 

「きゃんきゃんと五月蝿い猿だな。まともに当てられもせぬ癖に、よく吠えたものよ」

 

 だが今の所、この身に一撃たりとも攻撃は受けていない。

 さすがに少々受け手は痺れるが、この程度ならまだ造作もないというもの。

 歴戦の勇者の剣戟を防ぎ、いなしてきた私にそう簡単に剣が届くと思わないでほしい。

 

「ふっざけやがってぇ! 俺は猿じゃねぇ! ザメルだ!」

 

 私の言葉に激昂したらしく、攻撃の手が更に強まる。

 大ぶりの攻撃を一歩下がることで避ける。

 受けると思っていたのだろう、猿が大きくたたらを踏んだところに、首元へ剣を突きつける。

 

「これで突き出せば、お前の死だな。力に任せて振り回すだけで、早々に剣が届くと思うなよ」

 

 ザメルの動きが止まる。だが、その視線は憎々しげに私を睨んでいた。

 

「そこまでだ。ザメル君はスキルに甘えずに武技を──」

 

 審判役の教師の声に合わせて剣を下げる。それは確かに、私の油断だった。

 

「くそがっ!」

「危ない!」

 

 一瞬のことだ。ザメルが未だ手に持っていた剣を、私に向けて突き出した。

 咄嗟に私も剣でそれを防いだが、それこそが運の尽きだったのだろう。

 ザメルの剣は跳ね上がり、私の顔面を捕らえていた。

 

「……つっ」

 

 右目に走る衝撃、生暖かい感触と脳にまで届くような痛み。

 思わず膝を付く。

 

「お、俺のせいじゃねぇぞ!」

 

 遠くでザメルの声が聞こえる。慌てたようなその声は、どこか滑稽だ。

 

「アルカちゃん!」

 

 サラが傍観していた生徒の輪から飛び出してくる。

 彼女の表情は恐怖と焦り、だろうか。

 右目に走る痛みと顔面を伝う生温い液体の感触に、そこそこのダメージであることが予測できる。

 この肉体を得てから、まともな負傷はこれが初めてだ。

 

「アルカ君は医務室へ。君は同室の子かな? 連れていってあげてくれ」

 

 サラに肩を支えられ、立ち上がる。

 痛む右目を抑えていた手を見てみれば、それはべっとりと赤黒い血に塗れていた。

 

「アルカちゃん、大丈夫?」

「ふむ、血のせいか右目が見えん。それ以外は問題ない」

「大問題だよ! 早く医務室行かないと……」

 

 焦りと心配のせいか、彼女からほんのりと熱が感じられる。

 彼女から借りた体拭き用の布も、どんどんと血に染まっていく。

 ぐるぐると校舎を動き回ったあと、私たちはやっとの思いで医務室へ辿り着くことができた。

 

「先生、剣が顔に当たったみたいで、怪我を……」

「どれどれ。あぁ、こりゃちょっと具合悪いねぇ」

 

 医務室で寛いでいたのは、メガネをかけた赤髪の若い男だ。

 恐らく彼が医者なのだろう。抑えていた布をとり、私の右目を覗き込むと難しい顔をする。

 

 

「うん。これで傷は塞いだけど──」

 

 癒しの魔法がかけられ、痛みが引いていく。

 だが、私の右目に光が戻ることはなかった。

 

「悪いけど、眼球自体の破損は魔法じゃ治らないんだ」

 

 医者の声が、無常にも真実を告げた。

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