邪神ちゃん 生活す 2
「ほら、アルカちゃん。動こうよ」
「しかしだな、やっぱり……」
食事を終えた後、部屋に戻った私たちは湯浴みの用意をしていた。
しかし、元が邪神ということもあって、私の歩みは遅い。
サラはそんな事を全く気にした様子はないのだが、やはりここは気を使うべきではなかろうか。
「お風呂に入れる時間は決まってるし、まさか男の子のお風呂に入るわけにもいかないでしょ?」
彼女が言っていることは正しい。だから私は魔法でなんとかしようと思っていたのだが、結局サラに連れ出されてしまった。
最初のころの怯えた雰囲気はどこへやら。邪神をここまで引っ張り回すなど、下手な勇者よりよっぽど肝が据わっているのではなかろうか。
「それに、神様なんでしょ? 細かいこと気にしちゃダメだよ」
「いや、気にするのは私ではなく周りの者だと思うのだが……」
「? 今は可愛い女の子だから、分からないよ」
その言葉はあまり嬉しくはないのだが。彼女なりの励ましと受け取っておこう。
確かに言う通り、気にし過ぎれば余計なボロがでるというもの。
ここは大人しく従っておくべきだろう。
半ば引きずられるようにして辿り着いたのは、一際大きな扉の前。
開けて布の仕切りを通りこせば、そこは脱衣場だ。
ここまでくれば、覚悟も決まったようなものだ。
手早く着ている者を脱いで、準備を整える。
「うわ〜、おっきいねぇ〜」
その後もサラに引っ張られるままに浴場に出る。
そこは湯気に覆われているが、まさに大浴場という言葉がふさわしいほどの場所だった。
恐らく魔道具をふんだんに使っているのだろう。潤沢な湯はまさに贅沢の一言だ。
「こっちこっち、洗いっこしよ?」
引き連れられた先は洗い場だ。こちらも贅沢なことに魔道具つきの水栓だ。
それだけこの学園に入れる人間には期待がかけられているということだろう。
「アルカちゃんの髪は綺麗だね」
「そうか?」
背後から私の背中を流すサラの声が響く。
その声に背後を伺うと、三つ編みを解いた彼女の髪は、湯気に当たって僅かなウェーブを描いている。
水色のつやつやとしたその髪はよく手入れされているのだろう。
「私はアルカちゃんの髪がうらやましいな」
確かに私の髪は、母からも褒められる程に整っている自信はある。
だからといって彼女の髪が私に劣るものではないだろう。
汲み上げられた湯が、何を言うべきか悩んでいる私の頭から一気に被せられた。
少し熱めの湯は体と頭をさっぱりとさせてくれる。
「私はサラを美しいと思うがな」
「ほあっ」
サラが私の声に変な声で応える。
振り向いてみれば、彼女は真っ赤な顔で首を左右に振っていた。
「サラの水色は透き通った青空のようだからな。育てば人の心を惹くに足る美の持ち主になるだろう」
「な、な〜にを、いうの、のかなぁ。もぅ」
べちんと音を立てて、サラの平手が背中に叩きつけられる。
恥じらい故だろうが、中々に響く痛みだ。
うむ、恥じらう少女は華であるな。
「では替わろう」
座る位置を入れ替え、今度は私がサラの背中を流す。
その細い体のどこに、先ほどの平手打ちの力が詰まっているのだろうか。
「本当はね、ここに来るの不安だったんだ」
サラが背中を向けたまま、ぽそりと呟く。
「ただスキルがあるからってだけで、お父さんともお母さんとも離れた場所に来ることになったから」
なるほど、確かに私も形を見れば同じようなものだな。
たまたま中身が邪神であるから平然としているが、本来の年頃の子供であれば寂しさや不安なども強いだろう。
「でも、同室がアルカちゃんみたいに優しい子でよかったなって」
「邪神を相手に優しいとはな。邪神が優しければ、世界に悪意などなかろうよ」
なんだ、こう。優しいなどと言われると小っ恥ずかしいものがあるな。
その恥ずかしさを振り払うように、サラの頭から湯をかける。
湯が水色の髪と、白い肌を流れて飛び散る。
「えへへ、それでも。きっとアルカちゃんは、優しい邪神さまだな」
そんな言葉と共に、彼女は微笑んだ。
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