邪神ちゃん 生活す 1

「──ちゃん、アルカちゃん!」

 

 ぐいぐいと揺り動かされる感覚と声に体を起こせば、サラが必死な顔でこちらを覗き込んでいた。

 どうやら教師の説明に飽きた私は、いつの間にか寝入ってたらしい。

 

「途中で寝てるの見えたけど、なかなか起きてくれないから……」

 

 ふむ、どうやらずっとこっそり起こそうとしてくれていたらしい。だが、私の眠りは深い。

 これで邪神時代であったならば『我が眠りを妨げしは誰ぞ』などと曰い、呪いでもかけてやるところだ。

 しかし、今はそういう場面でもないし、必死に起こそうとしてくれた彼女を呪うことなどできるまい。

 ぐいと体を伸ばしながら辺りを見回せば、講堂には誰もいない。

 

「初日は案内だけだーって先生が。もうみんな部屋に戻ってるよ?」

「そうであったか。わざわざすまないな」

 

 配られていた紙束を一纏めにして、立ち上がる。

 外は既に夕暮れだ。

 しかし彼女も大分私に慣れてきてくれたらしい。最初の頃に見えていた怯えは、今やもうない。

 邪神としてはどうなのかとは思うが、今後の生活でずっと怯えられっぱなしというのも具合が悪い。

 今ぐらいがちょうど良いのだろう。

 

「ね、もどろ?」

 

 言葉と共に差し出された彼女の手を取る。

 

「部屋に戻って荷物置いたら、ご飯食べてお風呂入らなきゃ」

「待て、風呂だと?」

 

 思わぬセリフに足が止まる。

 

「よもや合同の風呂などではないだろうな」

「何いってるの? 個別のお風呂なんて贅沢なものお貴族さまじゃなきゃないよ?」

 

 ぐいぐいと手が引かれる。

 その力強さは私に抵抗を許さない。

 

「待て、私は邪神だ。邪神アルガデゾルデは男性神であると記載されているだろう? だからだな──」

「邪神がどうかは知らないけど、アルカちゃんはアルカちゃんで、女の子でしょ?」

「待て待て待て、だから言うなれば女の体に男が宿っているものでな? そんなのお互い具合が悪いだろう」

「お風呂はちゃんと入らなきゃダメだよ?」

 

 彼女に私の話を聞くつもりはないらしい。

 出会ったばかりの頃と打って変わったその勢いは止まることをしらない。

 

「いいか、私と風呂に入るということは、男に風呂を覗かれるのと同義だぞ」

「でもアルカちゃんは女の子でしょ? もしかして見られるの、恥ずかしい?」

「そういう問題では……。もう良い、後悔するでないぞ」

 

 気持ちが重くなれば足取りも自然と重くなる。

 私のそんな気持ちを知らぬまま、サラは私を部屋まで引っ張っていった。

 

「まずはご飯だね。ここって王国からお金が出てるだけあって、豪華なんだって」

「そ、そうか……」

 

 豪華な食事とやらには心惹かれるものがある。

 だが、そのあとに待ち受けてるのは風呂、風呂か。

 時間をずらして一人で入る、というわけにはいかんのだろうなぁ。

 

 初日の課題と生活についての書類を机に片付け、食堂へ出向く。

 見渡す限り机と椅子が並べられたそこには、数多の料理が所狭しと並べられていた。

 確かにサラが言う通り豪華らしい。

 一つ一つとっても結構な量になるし、好みの分だけ食べても十分なくらいだろう。

 

「わ〜ほんとにすごい! ね、アルカちゃん。あっち座ろ?」

 

 出会ったときの怯えた雰囲気はどこへやら。今や私を積極的に引っ張っていくほどにまでなっている。

 目の前を水色の三つ編みがぴょこぴょこ跳ねる。その様はどこか小動物を思わせた。

 

「今日の糧を、見守る十一神に感謝いたします」

 

 席に座って料理を取り終えたサラが食前の祈りを捧げる。

 もちろん、この祈りの対象に邪神たる私は入らない。

 私は須く──

 

「あ、違った。アルカちゃんもいるから十二神に感謝しないと」

 

 サラはそんな私の思いを感じ取ったのか、祈りを訂正する。

 邪神に食を感謝してどうするつもりなのやら。だが、人にこうして世界の運営者として受け入れられるのは心地がよい。

 

「うむ、糧たる命に感謝して食べようではないか」

 

 私もごまかすように祈りを捧げ、食事に手を伸ばす。

 表面をカリッと焼き上げた鶏のローストは、その肉汁を失うことなく身に纏っていた。

 付け合わせの野菜も柔らかく仕上げられており、甘辛いソースに絡めれば爽やかさとこってりさが味覚を攻めあげる。

 パンも白パンほどの贅沢ではないものの、柔らかく焼き上げられた上等なもので、この学院にどれだけお金がかけられているかがよくわかる。

 

 並べられた料理に舌鼓を打っていれば、いつの間にか机の上の料理は平らげられていた。

 

「アルカちゃん、よく食べるね……」

「うむ、我ながらよく食べたものだと思う」

 

 サラの食べた量に比べて私が食べた量は何倍だろうか。

 不思議と胃に収まるのだから怖いものだ。それだけ食べても、私の腹が膨れ上がるなどということはなかった。

 

 

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