邪神ちゃん 入学す

「それじゃ、僕はここまでだから。でもなんかあったら屋敷まで手紙出してくれていいからね」

 

 学園の門の前でランドルフと別れる。私の手には入学に際しての荷物の一切合切が詰め込まれたトランクが二つ握られている。

 中身は大半ランドルフのところのメイドが取り揃えた私の服だ。ランドルフの一族に今の所女は生まれておらぬらしく、やたらめったら構い倒されたのが記憶に残る。

 

 学園の敷地を進めば、私と同じように荷物を抱えた子供がそこかしこにいるのが見てとれる。

 まぁ私も側から見ればその内の一人なのだろうが。

 さて、合格の通知に書かれていた集合場所は学園の奥、寄宿舎だ。

 

 地図を見ながら人の流れに合わせてその場所へ向かう。

 たどり着いたのは歴史を感じさせる、レンガ作りの焦茶で尖った屋根の建物だ。

 縦にも横にも広く、大人数がそこに暮らしているであろうことが窓の数から読み取れる。

 扉を開けて中に踏み入れば、濃い茶色の床板に、角が削れて丸くなった階段が目に入った。

 

「はい、新入生はこっちですよー」

 

 廊下に並んだ扉の群れの奥、一際大きい戸の前で一人の学生が声を上げている。

 建物の威容に見とれていた新入生の塊が、そちらへ向かって動く。

 

「今から寄宿舎の鍵を渡します。受け取ったら部屋で着替えた後に大ホールまで来てくださいね」

 

 戸を抜けた先、広い講堂のようなところの中心で大人が一人一人名前を確認して鍵を渡していた。

 

「アルカ・セイフォンだ」

 

 その列に合わせて、私の手に赤い木札のついた鍵が渡される。

 

「赤はこの講堂を右にいったグリフォン寮です。あなたの部屋はその4階ですね」

 

 案内を受けて説明通りの場所へ向かう。

 寄宿舎とはよくいった物で、廊下に並ぶ扉の数々を傍目に、通り抜けていく。

 やがてたどり着いた自室となる扉には、私の名前ともう一人の名前が書かれたプレートが下がっていた。

 

「同室のアルカだ。入るぞ」

「ど、どうぞぉ」

 

 ノックをすれば中から鈴が転がる様な小さな声が聞こえてくる。 

 戸を抜けた先には水色のかみを三つ編みに結った子がどこか怯えるようにこちらを見つめていた。

 こう、私を見て怯える人間というのは久々だな。

 

「なにを怯えている? 同室となる友だろう」

「い、いえ。びっくりしただけです」

 

 こちらの一動作ごとに肩を跳ね上げる姿を見ていると、まるで小動物が部屋にいるようだ。

 まぁそちらはさておき、手早く荷物を広げ制服へと着替える。

 成長を見込んでということで僅かに大きめに作られたそれは、各所を押さえて着込んでもぶかぶかだ。

 袖も腕の長さが足りないせいで、手先が僅かに隠れるようになってしまっている。

 

『制服邪神ちゃんか〜わ〜い〜い〜』

 

 そしてこういう要らない所でバカ女神の言葉が聞こえてくる。

 その発言に思わず顔を顰めれば、となりからはひっという息を呑む声が聞こえてきた。

 

「いや、なんでもない。一々そう怖がられてはな」

「ご、ごめんなさいぃ」

 

 眉根を揉みながら、そう伝えても彼女の表情からは怯えの色は取れない。

 ううむ、性格だと思えば致し方ない。

 

『ほら、みんな見てこれ! 可愛くない!? 可愛くない!?』

 

 あんの駄女神! まさか他の連中に見せてたりしてるのか!

 

『ぶふっ』

 

 聞こえた吹き出す声は、まごう事なき戦神のものだ。

 あの野郎、戻ったら覚えていろよ。

 

『やーん、可愛い女の子なのに睨んじゃだーめー』

 

 毎度思うのだが、この会話もいい加減着信拒否などはできないものだろうか。正直にいって私の頭痛の種にしかなっていない。

 それ以前にこんなおちゃらけた奴が上司だなどと、頭抱えたいほどだ。どこかに相談窓口でもあれば即座に駆け込んでやるものを。

 

『こちらの通話は〜拒否できませぇ〜ん』

 

 毎度毎度言い方が腹の立つ奴だ。だいたい今回はなんの用だ。

 トランクの中身の服をクローゼットへ放り込み、空いたトランクはベッド下に放り込む。

 

『いや〜見てたらぶかぶかの制服をきた邪神ちゃんが可愛くてついつい』

 

 思わず舌打ちをしてしまう。視界の片隅で同室の少女の目に涙が浮かぶ。

 怖がらせるつもりはないのだがな。どうにも頭の中に響くボケ女神の声の所為で態度が荒くなってしまっているのは否めない。

 そも、人に対してはほぼ奇跡とも呼べる神託を、この様な形で職権濫用する神がかつていただろうか。

 いたとしたら、即刻クビにすべきだと私は思うが、何ぶん奴はこの世界に於ける最高神だ。裁ける奴がいないからタチが悪い。

 

『用がないなら、一々神託で繋いでくるんじゃない』

 

 やっとの思いでそれだけ告げると、できる限りそちらへ意識をやらないように気をつける。

 

「すまないな、少々頭痛が響いてな」

「は、はいぃ」

 

 少女の方へ向き直って詫びるが、その顔は完全に捕食者を前にした小動物のそれだ。

 これは完全に近づく術を失ってしまっただろうか。

 

「挨拶が遅れた。同室のアルカ・セイフォンだ。よろしくたのむ」

「さ、サラ・ティネルです。よ、よろしくおねがいします……」

 

 差し出した手をびくびくとしながら、一回り小さな手が掴みとった。 

 

 

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