邪神ちゃん 試験を受ける

「それじゃ、適度にがんばってきなね」

 

 王都についてしばらく経った日、ついに試験当日が訪れた。

 それまではグリザリア侯爵邸での逗留が許され、そこで試験対策を行っていた。

 といっても大層なものではなく、国の歴史や算学、魔法についてを齧った程度だ。

 歴史はともかくとして魔法や算学は邪神としての過去を持つ以上、できて当然というもの。

 特に何事もなく過ごすことができた。

 そして今は学校の門前でランドルフと別れ、試験会場へと向かっているというわけだ。

 

「アルカ・セイフォンだ」

「グリザリア侯爵領からの方ですね。こちらに記載の会場へ向かってください」

 

 受付で名乗れば、試験会場への道のりを示した地図が手渡される。

 この学園は様々な学業を推進するためか、やたらめったら広い。

 ランドルフから聞く話では、下手な城よりよっぽど広いとかなんとか。

 

 世界の運営に携わる身としては、斯様に人が発展への道のりを歩んでいるのを見るのはどこか心が浮き立つものがある。

 

 ゆっくりと学園を確認するように歩く。

 見ていると、行き交う人々は大凡3種類にわけられた。

 

 一、おそらく試験を受けにきたであろう者。これは服装がまちまちなところから予測がつく。

 二、学園の職員らしきもの。どの者も胸に紋章のような飾りをつけているのでわかる。

 三、そして生徒だ。おそらく試験の運営に駆り出されているのだろう。制服らしき統一された服装に腕章をつけて誘導などを行っている。

 

 私も当然、試験を受けにきた者として誘導に従い、学園の一室へ向かう。

 そこには既に受験者が多く席につき、試験開始に備えて準備などをしているようだった。

 机の端に記された自身の番号の席に着く。

 あとは時を待つのみだ。

 

「それではソラール王立教導学園の試験を始めます」

 

 言葉と共に、試験用紙が配られる。贅沢なことに羊皮紙でもない、紙だ。

 羽ペンとインクつぼもすでに机に配られている。

 問題内容はランドルフのところで学んだ通りのもので、特に苦労することもなかった。

 むしろ魔法については途中で問題文上の過ちを発見し、指摘もしておいた。

 これで筆記については何も問題はないだろう。

 

「実技試験B組の人、先頭からどうぞ」

 

 次は実技試験。どうやら簡易な防御術式を施した目標にたいして防御を突破できるか否かを見ているらしい。

 私より前の者達も突破するもの、できないもの様々だ。

 

「次、アルカ・セイフォンさん。どうぞ」

 

 そしてついに私の番が回ってくる。周囲の視線に晒されながら前にでる。

 目標は第一階級の防御術式が付与された鉄鎧。

 この程度、いくらスキルに制限がかかっているとはいえ、邪神の敵ではない。

 

着火Tanio

 

 ごう、と一瞬で地面に打ち付けられた杭と共に鎧が燃え上がる。

 炎はそこにあった全てを呑み込み、舐め尽くす。

 しばしの後には黒く焼け焦げた地面しか残っていなかった。

 

「バカな、あの若さで第三階級魔法の『Ystormfflam』だと!?」

「防御術式を突破しただけでなく、あそこまでの火力……。あの小さな身体に一体どれほどの魔力を……」

 

 周囲が何やら騒ぎ立てているが、私の知ったことではない。

 それよりも防御術式を突破する程度にしか力を込めたつもりはなかったのだが、どうにも人間の体にまだ慣れていないらしい。

 

「うむ? 火加減を誤ったか?」

 

 残りの魔力量的には使用した魔力は適正だ。だとすれば、この肉体自体がもつ魔法適正が高いということだろう。

 それはそれで望ましいことだ。

 

「それと、一つ言っておくが、今のはYstormfflamではない。着火Tanioの魔法だ」

 

 背後、私の魔法に対して誤った見識をとなえていた人物を指差し、訂正する。

 自慢などというつもりはないが、邪神の魔法をこの程度と安く見積もられるのは癪なものがある。

 驚愕とも取れるざわめきを背後に残したまま、次の会場へ向かう。

 そこでは魔法ではなく物理的な能力を見るようだった。同じく防御術式がかけられた鎧に皆、剣や弓・斧などで立ち向かっている。

 

「得意な武器を選んで、あの的に攻撃してくださいね」

 

 樽に並べられた武器の中から手頃な剣を掴みとる。

 まぁどれであっても変わらないだろう。何せ体力の値は邪神の頃と変わらない。ぶちかませば終わりだろう。

 軽く素振りをしながら的へ近づく。そして──

 気合いと共に振り抜かれた剣は、手から離れ的へと飛び、見事に突き立った。

 

「投擲で一撃? しかしあの間合いからなぜ?」

「手加減ではないのか? あのまま切りかかれば木っ端微塵だったやもしれぬ」

 

 何も握られていない手の中を確認する。その手は傷もタコもない、柔らかい子供の手だ。

 

「いかん、すっぽ抜けた」

 

 体の大きさの違いから間合いを読み違い、ただなんの技量もなく全力で振るった剣は、見事なまでに私の手から吹き飛んでしまっていた。

 手加減でもなんでもない。ただの見誤りと勘定違いでしかない。

 だがまぁ、いい方向に勘違いしているのならば、それでいいだろう。

 何にせよ的には当てたのだから問題はないはず。

 

 これであとは結果を待つのみだ。

 

「アルカちゃん。会場の試験道具壊しちゃったんだって?」

 

 ランドルフの屋敷に戻り夕食の時、そう声をかけられた。

 

「壊した、ではない。壊れたのだ」

「どっちも一緒。苦情とはいわないけど、学校から連絡きてたよ」

「ふん、あの程度で壊れる防御術式と物が悪い」

 

 ランドルフが私の返答に渋い顔をする。

 そんな顔をされたところで、私は遠慮などということをするつもりはない。

 なにせ早々にスキルを身につけ邪神役をどうにかせねばならんのだ。

 

「まぁ別にいいけどね。施設を壊さなかっただけオッケーってことにしておくよ」

「なんだ、壊したほうがよかったか?」

「一応何かを壊すってのはできるだけ止めてくれると嬉しいなぁ」

 

 そう答えるランドルフは呆れ顔だ。壊すことの何が悪いのやら。

 

「おかげで今回の神の加護持ちは優秀だって噂になってるよ。あまり派手に動くと後が大変だと思うけど」

「そう簡単なしがらみ程度で私を縛れると思わんことだな。なに、優秀だのと評判が広まればお前にとっても良いのではないのか?」

「しがらみが僕だけならそれでいいんだけどねぇ……。政治とか色々絡むと面倒くさいんだよ。主に僕が」

 

 なに、私を抱え込むことに決めたのは自分だろう。それぐらいは受け止めてほしいというものだ。

 

「まぁ約束通り、アルカちゃんの行動について僕はとやかくいうのは止めておくよ。でもまぁ、程々にね」

 

 こうして私はランドルフと共に食事をこなしながら、今日の試験について話し合った

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